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剣に捧げる願い  作者: 滸 いろは
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第十八話 羽化した人形の密かな想い

な……難産でした……。



 あの女性(ひと)達に出会わなかったら、僕は完全に壊れていたと思う。


 僕は旅芸人一座の子供だった。座長を務める父に裏方を纏める母。歌い手、踊り子、大道芸人。蛇使いや軽業師。総勢で10人程の一座はいつも賑やかで、楽しかった。

 僕自身もナイフ投げから始めて、仲間達に色んな技を習った。その中には剣舞もあったし、旅をするために最低限身を守れるように実践的な剣も教わった。

 でも実際は。

 付け焼き刃の護身程度じゃ、数で押し切られたら何の意味もなかった。


 大人数の野盗に襲われた一座はひとたまりもなかった……。父と、副座長だった大道芸人の小父さんは目の前で斬り殺された。母や、年の離れた兄姉のようだった若い青年や女性、そして僕は、野盗に囚われた。

 母を含む女性達は囚われたその日に、僕の目の前で野盗達に犯された。

 そして僕はーー。


『随分綺麗なガキじゃねぇか』

『でたでた、お頭の悪い癖ですぜぇ』


 ゲラゲラと、四肢を投げ出し抵抗する気力を失い、人形のようになった母達を嬲りながら、その男は僕を品定めするようにねっとりとした視線を向けていた。


『こんだけの上玉だ。仕込んで売りゃ良い値になるだろ』

『……っ!!』


 目の前で行われた行為から、男が何を僕にしようとしているかを予想することなんて、造作もなかった。


『いや、だ……』

『さっさと言うことを聞け』


 言うなり男は僕を引き倒した。

 そして僕の地獄の日々は始まった…ーー。


 僕は野盗の頭だという男の慰み者として留め置かれた。野盗達が拠点としている廃屋の一室に監禁状態だった僕は、その間に母や仲間の女性達、僕と同じように捕まっていた青年が人買いや娼館に売り飛ばされていたことさえ、知らなかった。

 半年程経った頃、男は僕を連れてとある(・・・)貴族の元を訪れた。

 その頃には、僕の自我は殆ど壊れていた、と思う。

 頭のどこかでこの貴族に売られるのだということも理解していたが、どうでも良かった。母も姉と慕った仲間も同じように売られたのだと直前に知らされれば、自分だけがそこから逃げられるなんて考えが浮かぶ筈もない。


 その貴族は、でっぷりどうか肥え太った豚のような、醜悪な男だった。

 男は僕に衣食住を約束し、確かに衣食住は満たされるどころか贅沢ですらあったが、この男は過度の苛虐趣味だった。

 毎夜身体を鞭打たれ、時には首を絞められることさえあった。

 物言わぬ、ただ呼吸するだけの人形だった僕を、そいつは着飾らせては一人悦に入っていた。

 そうして、また半年が過ぎた頃だった。


『やっと見つけたわ。貴方がティルトね』


 それは、貴族の男が夜会で外出した夜。

 帰宅は明日の夕方になると告げられていた僕にとっては、数少ない平穏を享受できる夜。

 久々の安眠は、突如窓から現れた二人の女性によってあっさり破られた。


『姫様。まずは非礼を詫びるところです』

『そうなんだけどね。この人、言葉わかってるのかな?』


 銀髪の少女は、幾分年上らしき女性に窘められ眉を顰めて、僕の目の前に手を翳し……左右に二度三度と振った。思わず視線が掌を追い掛けた。


『うん、ちゃんと意識はあるみたいね。でも正気じゃないのはちょっと困るわ』

『連れて行きますか?』

『んー……それは現状じゃ得策じゃないから、とりあえず正気に戻ってもらおう』


 そう言った少女が微笑んだのが見えた。少女はベットに座る僕と目線を合わせるように立ち、僕の頬に手を添えた。


『ーー守れなくてごめん。弱くてごめん。どうか諦めないで欲しい。強く生き抜いて。(女将さん)も姉達も、貴方を思っています。私達も、諦めない。いつかの再会を求めて生き続けるから。ーー以上。グァルディオラ帝国が帝都が誇る最大の花街で、その生涯を閉じた稀代の舞姫シェリアからの伝言よ。彼女は娼館に売られて僅か一年で最高位の妓女と名を轟かせ病に倒れたわ。私はその最期を看取った。だから貴方を探した。貴方は家族の願いを叶えるか?』


 彼女の言葉は、僕に正気を取り戻させるは十分だった。


『私に言葉を託したのは、チェリクという妓女よ。誰より美しく、誰より華やかで、誰より気高く生きた最高の舞姫』


 チェリク……姉と慕った六つ上の娘の名前だった。

 一座の中でも群を抜いて魅力的な女性(ひと)で、面倒見が良くて細かいことには拘らず、姉御肌な女性の顔が、胸の内に、記憶に蘇る。


『……泣いて、泣き尽くしたら立ち上がれ、誇り高き舞姫(チェリク)の弟。貴方の姉は、どんな苦境にも誇り高く笑顔で立ち向かっていたぞ』


 言われて、僕は気付いた。

 あの襲撃の夜以来、涙目一つ流れなかった僕は、今になって漸く泣いていることに。

 父を殺され、母と仲間(家族)を奪われた僕は、あの悪夢の始まりの夜でさえ、涙一つ流せなかったのだ。それが今、僕の中の言葉に筆し難い、あらゆる感情の全て吐き出すかのように、滂沱と流れ落ちて行く。


 ……″一番″が大好きだった姐さんらしいや。


『姫様。そろそろお時間です』


 どれ位僕は泣いていたのだろうか。

 瞼が腫れているだろうな、と思いながら僕は控え目に声を掛けてきた女性を見ーー驚いた。


『姐さ…ん?』

『残念ですが、私はチェリク殿のような舞は踊れません』


 至極冷静に言われたが、それでも彼女は一座の舞姫、チェリク姐さんによく似ていた。


『ほらーー! やっぱりイアリナはチェリクさんに似てるんだよ』

『畏れ多いことです。それより、本当に時間の限界です』

『もぅ!……分かったわーーティルト。貴方がここから抜け出したいなら手を貸しても良いわ。但し、これは取引よ。もし貴方が私と取引しても良いと思ったなら、このリボンを窓の外から見える場所に飾って』


 そう言った少女は、僕の手に深い青色のリボンを手渡して、さっと立ち去った。


 今思えば、僕はチェリク姐さんに恋をしていたのだ。幼い子供の幼い初恋。

 チェリク姐さんの輝くような笑顔に恋をしていた。


 願いは……もう叶わない……。

 貰ったリボンを握りしめて、僕は一歩踏み出した。


 リボンを結んだ僕を、彼女達は約束通り迎えに来てくれた。更に『行きがけの駄賃よね!』と笑って、僕を人形にした貴族を犯罪者として処刑台送りにした。ーー笑顔なのに怖いのは何故だろうと思ったが、ぼくに尊厳を取り戻してくれた恩人だから、黙っていた。本当は、どんな代償を要求されるかも怖かったのだけど、彼女達の要求は、僕にとって何一つ不利なものではなかった。


 僕を救ってくれた女性(ひと)の名はリューシディアとイアリナ。国を奪われ、自由を奪われて尚、日々楽しく笑いなごら困難に立ち向かい、生きることを諦めない。

 その姿が、かつての旅仲間(陽楽恋座)を彷彿させて、僕が愛おしく思っている事は、内緒。

 だって、そんなことを言えば彼女達は僕の為に過去まで遡って関係者を断罪するとわかっているから。


 ーー僕は今、幸せだよ。チェリク姐さん。


一応、ティルトは絶世の美少年設定です。


……そういや、リューシディア以外の年齢を公表していないことに気付きました。

ここまでの登場人物で、リューシディアが最年少なことだけは、確かです。

アバウトですみません……

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