第九話 ある暗殺者の独白と決意
シリアスって難しい。
物心付いた頃には、既にナイフを手にしていた。
名前さえ呼ばれず、私は大人達から「黒四番」と呼ばれていた。
何処で産まれたのかさえ知らない。知る必要も感じなかった。
育ったのは人里離れた山奥の孤児院。
なぜそんな場所に孤児院が建てられたのか?
まともな生活をしていれば、生活に不自由極まりない山奥なんて場所に孤児院があること自体に疑問を持つ。けれど、私にとってはそれが生まれた、いや、物心付いた頃からの“当たり前”。
疑問など、何一つ持っていなかった。
衣食住は満たされ、勉強も貴族の子弟並のもの与えて貰えた。だがその高待遇の代償が、自らの身心を削ることだったと気付いたのは、随分後の話。
もう一度言おう。
物心付いた頃には、ナイフを握っていた、と。
その孤児院は工作員の養成所という顔があったのだ。(もちろん、それはずっと後になって知ったことだけれど)
どの国かが出資しているかはわからない。だが、今ならわかる。あれは幾つかの国が共同で運営していたのだろう。
それは兎も角、暗殺者に名前は必要ない。故に私は「黒四番」と呼ばれていたのだ。
黒は、暗殺を主とする者。他には諜報を主とする「白」、護衛を主とする「青」があったが、「黒」は尤も過酷な訓練を強いられる。
期日までに課題を熟せなければ、食事抜きは当然、手酷く痛めつけられた。使えないと判断されれば容赦無く切り捨てられる。
切り捨てられた子供の行く末は、考えたくもなかった。
「黒四番。旧レフェト王国の生き残りである王女の暗殺依頼だ」
成長し、一人でも任務を熟せるようになった頃にその依頼は来た。
対象の歳は十一。まだ子供と言って良い姫君の暗殺だったが、そのことに抵抗はなかった。
子供とは言え相手は既に戦場を知っている。ならば殺されることも覚悟しているはずだ、と。
けれどーーーーーー。
「腕は悪くない。でも、弱い」
暗殺対象に出くわした瞬間、そんな言葉と共に私の意識は吹っ飛び、次に目覚めた時には、知らない天井に柔らかな羽根布団の敷かれたベッドの上だった。
孤児院の教官が太鼓判を押した暗殺計画は、わずか十一歳の少女にあっさり見破られていた。それどころか、少女はこちらの動きを読み、万全の体制で待ち伏せていた。
それを知ったのは、その少女自ら懇切丁寧に説明してくれたからだが。……殺意を覚える程度には、馬鹿にされたように思う。
だが、その少女から語られる孤児院の話は、どれもこれも知らなかったことばかり。
暗殺集団無垢なる廃人ーーー通称「ラ・サロメ」
私が育った孤児院は孤児院なんかではなく、世間ではそう呼ばれて恐れられていることも、少女から聞いた。
そうして意識を取り戻してから3日目の夜、少女に問われた
「このまま日陰を進むか、陽を浴びて生きるか。選んで」
問われた意味は、咀嚼し飲み込むまでもなく理解した。孤児院の規則では、失敗は死と同義。このまま、この少女が主人である、この広い屋敷を出れば、私に待っているのは孤児院から派遣された処刑人に追われる日々。
少女は、その日々から逃れたいかどうかと問うてきたのだった。
「わからない……」
私は孤児院しか知らない。
判断材料が何もないのに、何を選べば良いのだろうか。まして私は何も持っていない。そんな私がこの先生きて、一体何を得られるのだろう? だから正直に答えたのだが、その答えに少女は首を傾げた。
「なんで? 生きるか死ぬかの二択よ?」
「………は?」
「名前を持ち、その名を呼ばれて過ごしたら、それは存在を認められたことになるよね? それって生きてるってこと。でも、名前さえない存在は存在として認識されない。居るのに居ないなんて、幽霊じゃない。それって死んでるってことでしょ」
「……そう、なのかな?」
「そうなの!」
むぅ、と少女は愛らしく整った顔の、その頬を膨らませた。
「仕方ないから、もう少しだけ時間をあげる。これからどうしたいか、しっかり考えてね! 生きたいなら、生きる場所を用意するから!」
先程までのふくれっ面が嘘のように、少女は屈託のない真っ白な笑顔を私に向けていた。
ーーー 思えば、あの笑顔で私の心は定まったような気がする。
そしてその少女は、私の目の前をただ只管に、己の目指すものの為に真っ直ぐに進んだーーその結果。
「なんで夜会に出て、ドレスが泥だらけになるのですか」
「いやー……将軍と会ったらつい……」
「…………」
「えーっと?そのー…ね? ごめんなさい」
叱られた子猫のように項垂れる、あの頃より成長し、より美しくなった少女。
「姫様に期待した私か愚かでした。次からはコルセットをもっと強く締めさせていただきます」
「ちょっ……それは勘弁して! お願い、イアリナ!」
その昔「黒四番」と呼ばれ、生きていながら死んでいた人間は、ここにはいない。
私の名前はイアリナ。イアリナ・ロエラ・マルグナード。
あの夜、死を待つだけだった暗殺者に手を差し伸べ、名前を与えた恩人ーー旧レフェト王国第二王女リューシディア・シェナ・レフェトに真実の忠誠を捧げる護衛侍女。
この方が望むのなら、どんな難題も解いてみせましょう。どんな道でも歩いてみせましょう。どんな未来があろうと、その横に立ち続けてみせよう。
唯一無二の貴女を護る為に、私はここに居る。
リューシディアの腹心、イアリナのお話。
何も持たざる者だったイアリナはリューシディアに会って初めて自分を自覚しました。




