序章
拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
指摘、アドバイス諸々、歓迎です。
二人は嘗てないほどの緊張感に見舞われていた。
ーー気を抜けば殺される。
それは幼い二人にとって絶対に避けなければならない事態であり、何より、本能的に嫌だと感じた。
「……ふん。少しは怯えて見せれば可愛げもあろうに」
幼い二人の前には、まるで森にいる大熊のような大きな男が、金で飾られた豪奢な椅子に腰掛け、二人を睥睨している。
その姿は大帝国の皇帝に相応しく堂に入っている。威圧されながらも、幼き二人は必死にその大熊のような至高の存在を必死に見つめた。
まるで睨み合いのような時間は、皇帝にとっては一瞬。幼子にとっては永遠のような時間。しかしどちらも目をそらすことはなかった。
やがて、皇帝は嘆息した。
「幼くとも王の子か……。で? そなたらは我が国に何を齎らすのだ」
凍り付くような緊迫感と威圧感が和らいだ。ーー幼子の片割れの少年はそう感じた。
「……勝利、です」
それでもこのひと言を音として発するには、その少年にとって恐ろしく勇気のいることだった。けれど少年には守らねばならない、護りたい存在がある。
この小さな腕に抱える、自分よりも更に幼き子。
大切な、残された唯一の家族。
「笑わせてくれる。そなた、満足に歩けぬ足で、どうやって我らに勝利を齎らすというのだ? 第一、そなたにその力があらば、今、ここに居ないだろうに」
必死の思いで告げた言葉は届かない。
それは遠回しに「敗戦国」と言われたことと同義。そして、少年自身わかっていた。もはや杖無しに歩くことはできないであろうことも。
少年は必死に頭を巡らせる。
ここで呑み込まれて飼い殺しにされる訳にはいかない。ここで踏ん張らなければ、自分を、幼い妹を逃す為に失われた大切な者達の命に、どう報いれば良いのかわからなくなる。
未だ小さな手をぐっと握り締め、唇を噛み締めて少年は考える。ーーが。その握り締めた手にそっと寄せられた、更に小さな、暖かい手があった。
「こうていへいか。わたくしがたたかいます。だから、どうかわたくしに、たたかう力をかしてください」
ざわり。
それまで行く末を見守り、息を飲んでいた参列者達が呼吸し出した。
少年は目を見開き、思考が止まってしまった。
先ほどまで腕の中で震えていた妹。その妹が自分を護るように前に立ち、しっかりと上段の強者を見据えていた。
「わたくしが、たたかい、勝ちます」
幼さ特有の高い声は明らかに震えていた。
けれど、その目線は皇帝を見据え、一歩たりとも引くものか、という気迫に満ちていることに気付いたのは、至高の強者ただ一人。
「……ふっ……ふはははっ! これは愉快! 話すことさえ怪しい小娘が、戦い、勝つ、だと?」
豪快に笑った皇帝は、次の瞬間、それまでのどの瞬間よりも威圧と風格に満ちた態度と低い声で怒りを表した。
「笑わせるなよ、子供。女ですらない貴様ごときが大言を吐くな。不愉快だ」
その場にいた誰もが、強者に呑まれた。だがーーーー。
「たたかうと、決めました。だから、力がほしいです。力を貸してください。みんなを助けたいです」
幼き少女は、ただ一人そこに立ち、望みを口にした。
そこに威圧感などあるはずもない。けれど、その目に込められた気迫は、それを向けられた者だけに届いた。故に、誰も気づかない。
強者たる皇帝が、片手で足りる程度の歳でしかない幼子の気迫に呑まれたことを。
皇帝は瞠目したかのように一瞬目を見開いた。
そして参列していた帝国貴族達は、幼い少女の無謀な態度に、この後の展開を予想して息を詰め、ある者は目を背けた。
だが、その予想は裏切られた。
「……良いだろう。幼き王の子。そなたに力を授けようぞ」
皇帝の言葉に、今度は少女が目を見開いた。そして参列者達も。
「気に入ったぞ、その気迫。幼くとも王族であると、たった今、そなたは証明した。だが、ただ力を授けるわけにはいかぬ」
「……たいか、ですか?」
「ほう?難しい言葉を知っているな?」
「べんがく、はだいじだと言われました」
「益々気に入った。ーー幼くとも聡明なる王女であれば、わかるな?」
皇帝は愉快でたまらなかった。
これほど幼い子供と取引することになるとは、夢にも思っていなかったのだ。
「……にいさま」
幼い王女は、言葉を失ったままの兄王子を振り返る。しかし、兄王子とて王の子としての気概があった。
「恐れながら、皇帝陛下。 私めを皇帝陛下の臣下のどなたかにお預けください。我が妹が戦場に立つのであれば、私は別の戦場で、陛下のお役に立ちましょう」
それは自ら人質となると宣言したようなもの。
皇帝は益々面白くなって、破顔した。
「面白い! 実に面白いぞ、そなたら! ーーランチェッタ卿。そなたに兄王子を預ける。そして、王女よ。そなたは王宮にて預ろう。半年後、バルバディカへ出兵する。そこで我らが満足する結果を出せ。良き結果とあらば、我が国は、そなたに祖国奪還までの援助を約束してやろう」
「……こうていへいかの、かんだいなお心に、かんしゃします」
大陸歴852年。
ダラーム大陸の東で一つの戦争が起きた。
内陸国バルバディカ王国が海の玄関を求め、隣国の海運国家レフェト王国に攻め入り、これに勝利した。
レフェト国王並びに王妃、二名の側室が即日処刑された。成人していた第一王子と、成人間近の第一王女もまたその後を追うように近日処刑され、その短い生涯を終えた。
だが、第二王子と第二王女はその追尾の手を逃れ、ダラーム大陸屈指の大国グァルディオラ帝国へ亡命し、グァルディオラ皇帝の庇護を受けることとなった。
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