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血戒の心臓  作者: 天野地人
第一章
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第5話 ラグナロク

 城下の市街地は昼の時間帯を迎え、多くの人で賑わっていた。ルヴィスとレーヴァテインは繁華街の食堂でテーブルを囲んだ。


 二人は吸血鬼とその眷属であるが、一見するとその容姿は普通の人間と変わらない。おそらく仲のいい兄弟くらいにしか見えていない筈だ。その為、食堂に入っても特に騒がれることはなかった。


 注文をすると、すぐにウエイトレスがサンドイッチとスープ、サラダ等を運んで来る。混んでいる割に対応がいい。さっそく食べ始める二人。ユナは席には座らず、テーブル脇の壁際に立ち、二人を監視している。


「ん~~、おいしい! ですの~~‼」

 にこにことハムエッグを口に運ぶレーヴァテイン。一方ルヴィスはハムサンドを食べつつ、呆れ顔でユナを見る。

「お前、そんなとこで突っ立ってないで、座れよ。食いづらいだろ」

 ユナは見るからに不機嫌で、監視と言うよりはもはや仁王立ちで威嚇しているようにしか見えない。

「……私は『見張り』だ。慣れ合うつもりはない。お前こそ……どういう心境の変化なんだ。あれほど我々に従う気はないと言っていたではないか」


 ルヴィスは肩を竦めた。

「気が変わったんだよ。お前ら王都軍のレベルじゃ、とてもじゃねえが吸血鬼とまともに戦えるとは思えない。まあそれ自体は俺の知ったことじゃないが、お前らの実力が無いせいで死人が出るのは忍びないからな」

「……何だと⁉ 貴様、先ほどから黙っていれば好き勝手な事を……! 侮辱するのもい

い加減にしろ‼」

 ユナは大声を張り上げた。軍人の声は、本人が思っているよりもずっとでかい。


「いいから座れって。メシが不味くなる。目立ってるぞ、お前」

 ユナがはっとして周囲を見渡すと、食堂の客や従業員が訝しそうにこちらを見ていた。店員も困ったような表情でこちらを窺っている。明らかにルヴィス達ではなく、ユナを不審がっている。ユナは顔を真っ赤にし、慌ててルヴィスの前の席に座った。

「く……何故私がこのような……!」

 ユナは恥ずかしさと悔しさからか、すっかり小さくなってしまった。頭の耳がぺたんと伏せる。何やってんだ、と内心で突っ込みながらルヴィスは話題を変えた。


「……それで? これからどうするんだ」

 すでに予定は決めてあったのか、ユナもすぐに反応した。気分を変える様に一つ咳払いをすると、口を開く。


「王立ガラール紋章院へ行く」


 紋章院は魔術全般を扱う専門機関だ。紋章師及び紋章兵の育成や訓練はもちろん、魔術書の解析や吸血鬼の用いる血戒魔術の研究など、その活動は多岐に亘る。そして、大陸に数ある紋章院を統括するのが王都にある王立ガラール紋章院だった。


「……紋章院? 王都軍の紋章師は関わってないんだろう」

 ルヴィスは疑問を口にする。ユナもそれには同意しつつ、付け加えた。

「魔術学者に例のメッセールヴィス解析を頼む。情報が圧倒的に不足しているからな。少しでも取っ掛かりが欲しい」


 確かに紋章院は古代文字の研究も盛んに行っている。大抵の魔術書が古代文字で書かれている上に、一部の貴重な歴史書も古代文字で綴られているからだ。ルヴィスは頷いた。

「成る程な。じゃあそうするか」




 王立ガラール紋章院は大学のキャンパスを思わせる施設だった。緑化された広い敷地。門から丁度その敷地を真っ二つに裂く様に、直線にレンガ造りの歩道が設けてある。その両側には歴史を感じさせる重厚な建物が歩道を囲むように立っていた。 


 敷地の一番奥に、特徴的な尖塔を二つ抱いた一際大きな施設がある。そこのロビーで受け付けを済ませ、ルヴィス達三人は階段を登っていく。内部は簡素で、いかにも研究施設といった趣だ。学者然とした多くの人間たちとすれ違う。ユナは塔の三階まで登ると、ある部屋の前で立ち止まり、扉をノックをした。


「……はーい、誰?」

 中から若い女の物憂げな声が返ってくる。ユナは扉を開いた。


 そこは雑然とした部屋だった。多くの書物や文書が堆く積み上げられ、どれもうっすらと埃を被っている。

 奥に設えてある机に、眼鏡をかけた色っぽい金髪碧眼の美女の姿があった。見かけはちょうどユナと同じくらいに見える。ただし、実年齢も見た目通りとは限らないが。


(エルフ族……か。)


 彼女の尖った耳を認め、ルヴィスは僅かに目を見張った。おまけに、人間や他の種族の血が一切混じっていない純血種だ。こういった公の機関でエルフ族が登用されるのは極めて珍しいことだった。

 そもそも彼らは数自体がとても少ない。それに数百年前、アルフレイム領を巡って王都アースガルドとの戦争を経験している為、純粋なエルフ族の中には人間嫌いの者も多いと聞く。


 尤もエルフ族は魔術が堪能であるのに加え、優秀な人材が多いというのは、アースガルドでも有名な話だった。人間も含めた全種族の中で、最も長命であるので、知識も豊富だ。


 エルフ族の美女は訪問者に気づくと、立ち上がってこちらに近づいてきた。

「あら、ユナじゃない。そっちは……もしかして噂の吸血鬼王かしら?」

「……まあ、そんなところだ」

 ルヴィスの素っ気ない返事に、美女は微笑む。笑うとエルフ族特有の、匂い立つような妖艶さがあった。

「ふふ……お目にかかれて光栄だわ。私はフィーネ=セレスティア。魔術学を研究しているの。よろしく」

 二人の会話を聞き終えたユナがさっそく本題に入る。


「フィーネ、ヘルヴォル市場での話は聞いているか」

 フィーネは頷いた。

「妙なメッセージの事ね。紋章師達から聞いたわ。《惨劇は繰り返されるだろう》――だっけ?」

「どう思う? 手掛かりが無くて困っているんだ」


「正直、あれだけじゃ何とも言えないわね。ただ、悪戯の線は低いと思うわ。古代文字――正式にはルーン文字というんだけど、ご存じの通り魔術に関係のない人間には縁の薄い代物だもの」

「それは王も仰っていた。メッセージを残したのは魔術に詳しい人物ではないか、と」

 フィーネは優雅に両腕を組み、眼鏡を押し上げると、考える仕草をした。


「……そうね。この世には大別して四種類の魔術があるわ。王族の使う神聖魔術と、吸血鬼の操る血戒魔術。どちらも種類は違っても、ルーン文字を使うことに変わりはない。

 ……そして、三つ目はその身に血戒紋を宿した人間が使う紋章魔術ね。紋章魔術は、はっきり言って血戒魔術の劣化版よ。威力が劣るのは否めないけれど、魔術の全く使えなかった人間が魔術を使えるようになったという点では画期的な術だとも言える。

 残るは私達エルフ族の操る古代魔術。古代魔術は全ての魔術の雛型と言われるほど古い魔術よ。その起源は私達エルフ族でも最早たどる事が出来ないほどね」


「要するに、犯人は吸血鬼と王族、紋章師、エルフ族の中のいずれか――という事か」

 ルヴィスは口を挟んだ。ただ、どれもしっくり来ない、というのが感想だ。そもそも、メッセージの目的も未だ判然としない。


 ユナは何やら不審そうな目でルヴィスを振り返る。

「……まさかお前ではあるまいな?」

「あのな……だったらこんな面倒臭え事につき合う訳ねえだろ。大体お前、ずっと俺を見張ってただろーが!」

「む……それはそうだが……」


 言い争いを始めた吸血鬼と聖騎士を、フィーネは面白そうに見つめた。

「あらあら、喧嘩? ……ただ、他にもしっくりこないことがあるのよね」

「どういう事だ、フィーネ」

「アースガルド王は代々その人格や統治能力以上に神聖魔術に長けているかどうかが最重要視されてきたわ。……例外もあるにはあるけどね。

 例えば先代のジークムント王の時は奇しくもご兄弟が皆病気や事故で無くなられて、残ったジークムント王は神聖魔術の才が無いにもかかわらず、やむなく王座に就かれた。でも、そのせいで吸血鬼の襲撃を受け、《五十年前の劫火》を引き起こしてしまったのもまた事実ね」


 ルヴィスは苦々しい思いでそれを聞いていた。ジークムントの話題が上る度、吐き気が込み上げる。努力しようとも、そう簡単には忘れられない。フィーネは説明を続ける。


「何故それほどまでに、王に神聖魔術の才が問われるのか。それは王の神聖魔術がミズガルズ全土を吸血鬼の侵攻から守ると考えられているからなの。実際《エインヘリアルの書》にも、神聖魔術に長けた王の時代は吸血鬼の活動が低下し、治世も安定したと記されているわ。逆に神聖魔術の才の無い王の時代はどうだったか。……言うまでもないわよね」


「現王は……ジークフリート王は神聖魔術に堪能でいらっしゃる」

 ユナの言葉に、フィーネは頷いた。

「……そう。だから、しっくりこないのよ。ジークフリート王はアースガルド始祖王の再来とまで言われるほどの神聖魔術の才能をお持ちよ。歴史書が正しいなら、吸血鬼は活動を低下させる筈。それなのに、吸血鬼たちは寄りにもよって王都のど真ん中に姿を現したのよ。あり得ないわ」


「王位に就いたばかりでまだ効果が出てないんじゃないのか」

 《五十年前の劫火》の後にも、ミズカルズ大陸には吸血鬼が頻繁に出没していた。それがアースガルドにまで到達しなかったのは、出没した吸血鬼を逐一ルヴィスが倒していたからだ。大陸内にはまだそのころ侵入した吸血鬼が残っている可能性もある。

 

 しかし、ルヴィスの問いにフィーネは曇った表情で首を振った。

「確かにそれも考えられるけど……はっきりしたことは何も言えないのよね。そもそもアースガルドの歴史自体が不明瞭だと言っていい。《エインヘリアルの書》も失われた頁が多いし、外界――ヨトゥンヘイムに至っては名前以外の記述すら無い」


 ただ分かっているのは、ミズカルズ大陸は結界によって守られており、それが無ければヨトゥンヘイムによって滅ぼされてしまうという言い伝えだけだった。


 世界の終末――ラグナロク。それは絶対に起こしてはならない禁忌として語り継がれている。


「……何故、吸血鬼というものが存在するのか。ルーン文字や魔術が何処から来たのか。

 現状を一言で言い表すなら、結局研究中ってことになっちゃうのかしら」

フィーネは困ったようにそう言うと、お手上げのポーズを作った。


「そうか……時間をとらせてすまなかったな」

 これ以上の情報は得られそうになかった。ユナもそう判断したのだろう。

「こっちこそ……悪いわね。あまり力になれなくて」

「いいんだ。また連絡する」

 ルヴィスとユナは揃ってフィーネの研究室を後にしようとする。


 その時、不意にフィーネがユナを呼び止めた。

「そうだわ、ユナ。借りてた本を返したいんだけど……ちょっと待ってくれる?」

「本……?」

「先に出てるぞ」

 ルヴィスはユナを置いてさっさと廊下に出る。ユナは不思議そうに首を傾げた。


「フィーネ、本なんて貸してたか?」

「……ユナ、彼に気をつけて」

 フィーネはユナに顔を寄せ、鋭い声で囁いた。そのあまりにも真剣な瞳にユナは戸惑う。


「彼って……ルヴィスの事か?」

「そう。近づき過ぎては駄目。必ず距離をとって。でなければ彼はあなたにきっと破滅をもたらす。あなたは情の深いところがあるから……」

 どうやら、借りていた本とはこの忠告をするための方便だったらしい、とユナは悟る。それほどまでに、フィーネはユナを案じているのだろう。


「安心しろ、フィーネ。私が奴に情を掛けるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない」

「だったらいいけど……何も無いことを願っているわ」

 フィーネがこれほど心配そうな表情を見せるのは初めてだった。彼女はいつも冷静で理路整然としており、根拠の不明な不安や憶測などはむしろ嫌う方だ。ユナは意外に思ったが、相手が吸血鬼王であることを考えると、無理も無いことなのかもしれない。


「存外心配性なのだな。任せろ、私は聖騎士ヴァルキリーの長だ。その名に恥じるような事は絶対にしない。誓って、だ」

 相手を安心させる為、ユナは殊更力強く微笑んで見せる。フィーネはそんなユナをやや複雑そうな表情で見送った。



 ルヴィスは建物のロビーでユナを待っていた。隣にはすでにレーヴァテインも一緒だった。

「来ましたの、主様!」

「……本はどうしたんだ?」

 ユナの耳がピクリと跳ねる。本の事をすっかり失念していた。慌てて言葉を探す。

「あ、いや……結局、もう暫く預かって貰っておくことにしたんだ。持ち歩くには大きい書物だったのでな」

「ふうん? まあどうでもいいけどな。行くぞ」

「行くって……どこにだ?」

「情報収集だ。決まってるだろ。アースガルドにはエルフ族――異種族の者達が多く集まる場所が一か所だけある」

 ユナは何のことか分からず顔をしかめたが、次の瞬間に得心し、目を見開く。


「まさか……スラム街か!」

 ルヴィスはにやりと笑った。


 



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