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Silver・Road~銀色の軌跡~(更新永久停止)  作者: 和音しらべ
【イオタリア王国】
6/6

第4話【異変の始まり(下)】


 私がこの街に辿り着いて、既に二週間が過ぎた。


 悲しい事だが、もう私の財布は、諦めた方がいいのかもしれない。


(あのお財布、結構気に入っていたんですけど……)


 悲しんで、何時までもくよくよしても仕方ないと、頭の中を切り替える。


 私は今縁あって、行き着いた酒場で住み込みでのアルバイトをさせてもらえている。せめて、報酬以上の働きをしなくては。


 長い白銀の髪を二つの水色のリボンで縛る。

 たまたま持っていたシンプルな白の長袖のワンピースに青色のグラデーションと月と雫のワンポイントが素敵なエプロンを身に纏う。

 お気に入りの黒の靴を履いて、扉の外に出る。この店で働くのに必要ないから、剣はベットの上に置いていく。


 階段を降り、店内に入る。掃除道具を取ろうとして気が付いた。


「あら?」


 リズがいなかった。この店で一番遅くまで働いて、一番早く仕事に取りかかるリズがいなかった。

 少しだけ不思議に思ったが、特に気にせず箒とバケツと雑巾を用意する。

 いざ掃除を始めようと箒を手に取ると、階段がある方からドアを開く音が聞こえた。


「ルチアのおねぇーさん!おっはよー!!」


 出てきたのはロイルだった。今朝は何時もより早い。普段通りなら私が掃除を終わらせたと同じくらいに起きるのに。リズはまだ来ない。


「おはようございますロイルさん。今日は一段とお早いですね。何かありました?」

「えへへ~分かる?分かっちゃう~?今日ね、おとうさんが帰ってくるんだ~!」

「そうですか。よかったですね」

「うん!美味しいお菓子をね、たぁ~っくさん持って帰ってくれるんだって!」


 お父さん。

 私はロイルの父親とは会ったことがなかった。

 それも仕方のないこと。ロイルの父親は国外で働いており、滅多に帰ってこないと聞いていた。むしろこの店で働いて一週間という短い時間で会うことになるとは思わなかった。


 二人で掃除を始めて暫くするとと慌てたような足音が聞こえてきた。正体は分かっている。


「寝坊した─────!!」

「リズさんおはようございます」


 やはりリズだった。別にそんなに遅くないだから気にしなくても良いと思った。

 一体リズさんは普段どの位早起きなのだろうか。何時もは私より早いのは確定と言っても良いだろう。


「もぉ、おかあさん!いくらおとうさんが帰ってくるのが嬉しいからって、朝寝坊はダメだよ~」

「アンタは早いね。何時もより」

「まぁねぇ~!」


 どうやらリズとロイルは嬉しいことがある日の前日の様子も違うらしい。私はどちらかと言えばロイル派である。




「ふんふんふ~ん」

「おや、今日のお坊ちゃんはご機嫌だねぇ」

「そうですね」


 今日はジャック一人での来店だった。ジークは仕事だとかでいない。

 ジャックたちは、今日ロイルの父親が帰ってくることを知っていたらしい。


「兄貴は国外での生活が長いからな。やっぱり滅多に会えない父親に会えるのは嬉しいんだなぁ……」

「そのようですね」


 ロイルは誰が見ても分かるくらい、とてもいい笑顔をしている。私にはよく分からない事だが、きっと凄く嬉しいのだろう。


(私には、いませんからね。遠く離れて暮らす父親なんて……)


「ルチアの嬢ちゃん、どうした?」

「あ、なんでもないですよ。気にしないでください……」


 少しだけ、昔の思い出に浸っていたらしい。あまり思い出すべきものではないと仕事に頭を切り替える。


「ところでロイルさんのお父様ってどんな方なんでしょうか?」


 どのみち今日会うことになるのだから気にしなくてもいいのだが、なんとなく気になってきた。


「聞きたいか!?いいぜ……とびっきり長くなる俺たちの漢の物語を」

「注文お願いしま─す!」

「わかりました!少々お待ちくださいませ」

「……………………おーい」


 なんだかジャックが寂しそうな目でこちらを見ている気がするが今は仕事中。次の休憩の時にしよう。

 なんだか気になったものがあった気がするが今は関係ない。




 その後、次々と別の客がやってきた。ジャックは酒と料理の追加を。今日は一日中いるらしい。明日に響かないのだろうか。


「ウィ~!酒だ~しゃけもってこぉ~い」

「おじさん顔まっかっか~。昼間っから飲み過ぎだよぉ~」

「だまれぇ、じーく。漢にはなぁ、のまなきゃならねぇときがあんだよぉ~」

「ボクロイルだよぉ~!」


 ついに顔の判別が出来ない程になってしまった。

 これ以上は飲ませない方が体にいいのかもしれない。後でジャックさんをどうするか相談しよう。


「ねぇ。おねえさん。ジャックのおじさんお店の邪魔になるから二階に運ぶんだって」

「そうですか。どうやってですか?」

「おじさん重いしね。この袋でおじさん包むから手伝って」


 ロイルが引っ張り出してきたのは、飾り紐がついたとても大きな布だった。

 どんなものでも包める大きさならば、例え非力な子供や老人でも片手で運べるほどの重さになる袋【火事場の風呂敷】だった。神聖国で同じものを見たことがある。


「おとうさんが、お土産に買ってきてくれたんだ~。おじさん運ぶの楽になるんだけど、袋に包むまでが大変だから……」

「そうなんですか。わかりました」


 そう言って、ジャックを袋の上に乗せるのを手伝う。


 そして、袋に乗せ終わって、後は包むだけとなった時に、激しくドアを開ける音が聞こえた。

 振り返るとそこにいたのはジークだった。息が荒い。


「こんにちは!!ジャックさんは!?」

「あらジークさん。ジャックさんならいらっしゃいますけど……」

「ウィ~……ヒック!!」

「完全にできあがってますね……」

「そんな!こんな非常時に!?ジャックさ──────ん!戻ってきて──────!!」


 ジークはジャックの肩や背中を激しく叩きながら呼び掛ける。

 非常時、と聞こえた。何かあったのだろうか。


「ヒジョージ?」

「そうだよ!何せ通信装置が作動しなくて、船に避難誘導が出せない……」


 そこまで言った後、ジークははっとしたように口元を押さえた。そしてわなわなと声の方を見た。そこにいたのはしかし、ジークよりも顔を真っ青にさせて震えていたロイルがいた。


「ひなん……?ふね……?」

「ろ……ロイル君……」

「じゃあ……おとうさんたちは……?」


 その一言に、私はハッとする。

 ロイルの父親は、仕事で国外にいると言っていた。

 その父親の話を今すると言うことは、ここの港に来る船を使うということ。

 あれだけ父親の帰りを待ち望んでいたロイル。帰宅時間を予想するために船の時間を調べておいてもおかしくはない。


「ねえ……ジークのおにいさん。おとうさんは平気だよね?大丈夫だよね?」

「え……と。うん、大丈夫のはずだよ。大丈夫……」


 ジークは歯切れ悪く言った。恐らく海の上での非常事態を、船に伝えられていないのだ。

 ここにはロイルがいる。これ以上は刺激をしない方がいい。


「ロイルさん。すみませんが、少し用事が出来てしまったので少しだけ外しますね」

「え?」

「リズさんに上手く言っておいてください。終わり次第、すぐ戻りますので」

「え?ええ?」


 それだけ早口で言うと、すぐさま二階の部屋に行って、ベットの上に置いてある剣を手に取る。

 一階にはロイルがいる。今剣なんて見せたら、さらにパニックに陥ってしまうだろう。

 仕方なく、はしたないが窓を開けて飛び降りる。伊達に長年旅人をやっているわけではない。多少の衝撃は仕方ないが、無傷で着地することができた。

 街の人たちの視線が気になるが、気にしている場ではない。

 

 大急ぎで、船がある方向へ向かう。私がこの街に来るのにも使った港へと。


 港には沢山の野次馬で溢れていた。警備員が野次馬を帰そうとしている。

 私はその間を潜り抜けて前へと進む。こういう時は、この体も役に立つ。


「あれは……」


 その海には大きな生物がいた。この時期には滅多に姿を見せない筈の【ハクトバス】だ。

 白い大きな体に八本の足。白いタコのような姿だが決定的に違うのはその大きさ。一般的なタコの十数倍はある。

 柔らかい歯ごたえだが、それは食べる時であって、いくら柔らかいとは言っても重量があればそれなりに破壊力も大きい。


 確かに危険だ。


「でも普段は深海に棲んでいて出てくるのは半年ほど先だったはずですが……?」


 それが何故今現れて、今海の上で暴れまくっているのかは分からない。

 しかし、船に連絡を送れないこの状況。直せればいいのだが、直してもあの怪物が暴れている事には変わりない。


「ルチアちゃん!ここにいたのかい?」


 あれこれ考えていると、不意に後ろから肩を掴まれた。無意識に振り返るとそこにいたのはジークだった。


「……ジークさん?ロイルさんは?」

「……いないよ。いるわけ、ないだろう?さっさと戻った方がいいよ。リズさんも、ロイル君も、みんな心配してる」

「終わり次第戻ると、言い残しましたから。大丈夫ですよ」

「終わらせる?何を?まさかとは思うけど、あれを?馬鹿な考えはやめた方がいい。君はまだ子供で、危険に自ら首を突っ込むのは駄目なんだ」


 ジークは私の手を引っ張って、酒場に連れ戻そうとする。酒場に戻ってもよかった。私が余計な事をしなくてもいいのなら、自分から首など突っ込まない。

 だが長いこと旅人などやっていると、最悪な状況を真っ先に思い浮かべてしまう。私が子供だと言われたこと以上に、私の心に突き刺さった言葉があった。


「……やっぱり、危険なんですね」

「……そうだよ。だから、帰って。大丈夫だよ。今、警備隊の人たちで対策を考えているから。安心していいんだよ?機械の修理だってやっている。本当ならジャックさんがこういう機械作業は得意なんだけど、他の人でも何とかなるし、大丈夫だから」

「時間が、かかりそうですね」


 私は、静かにそう言った。やんわりと、ジークから手を離す。再び海へ顔を向けた。


「ジークさん。私は、大人の庇護を受けなくてはならない子供の女の子ではありませんからね」

「そうだろうね。君は旅人で、僕はそうじゃない。旅の危険性なんて知らないし、楽しさも辛さも分からない。その事に関しては僕の方が子供だろう。だけどね、君は僕よりも若いんだから」

「ジークさん」


 早くしないといけないのに、何をぐちぐちといっているのだろうか。

 少しでも時間を稼いでいるつもりなのか。全く持って意味がない。


 時間を稼いで私の邪魔をして何になる。通信装置が直るのか。直るのなら遠慮なく邪魔をすればいい。だが、そんなわけがない。

 例え直って、船に連絡が届いてもあの怪物はどうするのか。海の上にいる限り、あれの脅威にさらせれるのは目に見えている。

 それに直らなかったらどうなるのか。船はそのまま進むだろう。もしかしたら上手く回避して何事も起こらず上陸できるかもしれない。だが、もしもそうならなかったらどうなる。


 怪物はどうする。あれほど暴れまくっているのだ。活きはよさそうだ。ステーキにしても、神聖国のように生のまま食べても、美味だろう。

 ハクトバスは食べられるが、捕るのが大変でかなり高価な取引が行われると聞いたことがある。そんな高級食材をみすみす逃すとは思えない。

 それに海の上で暴れていて、ロイルの父親が危険にさらされる可能性があるのだ。行動する理由は揃っている。


 手に持っている剣の柄を握る。そうすると剣の鞘と柄に付いている宝石は、赤から青へと変化する。戦闘準備は整った。


 だが、まだ納得していない大人が後ろにいるのは気に食わない。しかも、理由は私が『まだ子供だから』だという。

 確かに本当の子供ならば、大人の庇護により護られるべき未来の宝だ。次の世代に未来を渡すための大事な架け橋であり、希望そのものだ。

 だが、生憎。私は既に護ってくれる大人は存在しないし、護られるだけのつもりはない。


 これくらいは言ってもいいだろう。子供子供、若いからと。そこまで言われると、こちらとしても腹が立ってくる。


 いくら、こちらの見た目がそうだとしても。


 ちらりと、顔だけ振り向く。ジークがどんな顔をしていたかなど、この際どうでもいい。ただ、これだけは言っておく。


「少なくとも私、貴方よりも年上です」


 それだけ言うと、鞘から剣を抜き、鞘は何時ものように腰に。ジークは全く止めなかった。止められなかったと言った方が正しいかもしれない。だがそのまま海へと駆け出し、跳躍する。


 高く跳躍するが体は重力に従い、海へと近づく。剣を海へと向け、静かに、何時ものように剣に魔力を込める。


「【追加(エディション)──(アイス)】」

 

 私はそのまま剣を海に突き刺す。

 そうすると剣に付加された氷の魔力が海へと流れ、海の上に凍りついた足場が出来る。それは私を中心にメキメキと広がってゆく。

 ある程度の所まで凍りつかせ、剣を抜き、暴れまわるハクトバスの元まで一気に駆け抜ける。

 足場の事など気にしていない。氷の道は、私が歩む度に広がっていく。私の持つ剣が、新たなる道を生み出す。


 数分ほどで、ハクトバスの元へと辿り着いた。近くで見る方が迫力がある。

 ハクトバスは私を含め、何も見えていないかのようだ。本来海の上で暴れる理由などないはずなのだ。

 理由は分からないが、完全に我を失っている。


 少しでもこちらに注意を寄せる為に、刃で背中を斬ろうとする。しかし、背中にできた氷は体に傷を付けることなく、砕け散る。


 だが少しばかりは感触はあったようで、ハクトバスは私に向かって大きな触手を振り回す。剣で咄嗟に防御の体制に入ったが、何メートルかは吹っ飛ばされてしまった。

 氷の床を作ったお陰で海に落ちることはなかったが。


 ハクトバスはこちらに向かってくる。注意を向ける事には成功したようだ。

 ハクトバスに氷は効かないかもしれない。ならばどうするか。


「【減殺(サブトラクション)(アイス)】【追加(エディション)(エアロ)】」


 魔力の質から氷を消し去り、変わりに風のイメージを流し込む。

 剣からは冷気の変わりに空気が流れ出た。その場から、剣を振るう。風の衝撃波が生まれ、激しい風が巻き起こる。


 それに怯んだ隙に剣を構え、一気に詰め寄る。風の力で体が軽い。そのままハクトバスの懐まで急接近する。


「【風流(ふうりゅう)鎌鼬(カマイタチ)】」


 剣から生み出される風の衝撃波は次々とハクトバスを襲う。

 やがて、傷だらけになって動かなくなったハクトバスはそのまま海の上に浮かんだ。


 それを見た私はほっと一息ついて氷の床の上に座り込んだ。


「【減殺(サブトラクション)(エアロ)】」


 魔力を消し去り、剣を鞘へと戻す。宝石は再び赤へと戻った。


 とりあえず、ハクトバスはもう動かないだろう。第一関門は突破した。後はこれをどうやって持って帰るかだ。


 そこに一隻の船が通りかかった。どうやら間に合ったらしい。

 甲板から一人出てきた。


「お嬢さん、こんなところで何してるんだい?」

「こんにちは。ハクトバス半分譲りますから私とこれ、一緒に乗せてくださいませんか?」

「随分いきなりだね。ん?何でハクトバス?時期が違うんじゃ?」


 どうやら連絡は届いていなかったらしい。行っておいてよかった。


 船から長く太いロープが落ちてきた。それを伸びているハクトバスに巻き付かせる。その後下りてきた梯子から上に登った。これで楽に帰れる。




 陸に戻った私を待っていたのは、ジークだけではなかった。


「ルチアの、おねえ、さん……」


 今にも泣き出しそうなロイルがいた。これには驚いた。酒場から飛び出してきたのか。


「おねえさん……!!」


 こちらを強く睨んでいる。相当怒っているらしい。

 何を言われるか怖かったが、言葉を言われる前に抱きつかれたのは予想外だった。


「よかったよ~!!こわかったよぉ~!!ふぇぇぇん!!!」


そして泣かれた。怒った顔は怒りではなく、涙を隠していたらしい。

 罪悪感などないのに、ロイルにわんわん泣かれるとこちらが悪い気がしてくる。余計な心配をかけすぎたかもしれない。


「おや?相変わらず君は甘えん坊だねぇ?」


 声をかけられたロイルがはっとした顔でそちらを向いた。後ろの方からなので、ロイルにしがみつかれている私は顔だけしか動かせない。


 そこにいたのは金髪碧眼で温顔の美青年だった。

 側に大きな鞄が置かれているのを見る限り、これから出掛けるのか、帰ってきたのかのどちらかであることは分かる。

 ロイルは彼を見ると私にベッタリだったのをやめて彼の方に駆けつけて行った。


「おとーさん!!」


 彼は、ロイルの父親だったらしい。似ていないと思う。見た目はほぼ全てリズの遺伝を受け継いでいるらしい。


「おやおや。いいのかい?折角のレディを放っておいて」

「おとうさん!おとうさん!」

「やれやれ。相変わらずの甘え具合……むしろ激化してないかなぁ?」


 彼は困ったように、嬉しそうに微笑みながらロイルの頭を撫でた。お互い満更でもなさそうだ。深い愛情を感じる。


「君はさっきの子だよね?僕に話かけてきた」


 そこでようやく甲板にいた男性と目の前にいる男性が同一人物だとわかった。


「はじめまして。僕はシュード。ロイルの父です」

「私は、ルチアです」

「ほう。君があの……」


 何故かシュードは以前から私の事を知っていたようだ。特に目立った行動はしていないはずなのに。

 もしかしたらロイルが連絡しているときに私の名前を出していたのかもしてないと思い、それ以上は考えなかった。それよりも興味があるものができた。


 一人の女性が船のチケットと小さな袋を片手に船長に詰め寄っているのが見えた。


「ちょっと!どういうこと!?高いお金を出してまで買ったのに、出ないって訳!!?」

「申し訳ございません!しかし先の事がありまして安全が確認出来次第出航しますので……」

「そんなの関係ない!さっさと出せ!!」


 どうやら先程の件で船の出航時間が延期になった事に文句を言っているらしい。よくある話だ。

 しかし、その女性の雰囲気にどこか見覚えがあった私は二人に近づいた。


「……何?今忙がしいんだけど?」

「あのぅ……私の事、覚えていませんか?」

「はぁ?」


 女性の違和感はすぐにわかった。周りの人たちは気付いていない。高度な変身魔法だ。しかし、その内に隠された本当の顔に見覚えがあった。


「うげぇ……ボクあの人キライ……」

「おや?ロイル。年上の女の人にデレデレの君が珍しいね。それとも最近は趣向が変わったのかな?」

「女の人は好きだけど、女に化けたおっさんを好きにはなれないよ……」


 ロイルがぐったりとしたように言う。いかにも残念そうだ。


「は?何言ってるんだいロイル君?男?あの人が?」

「何でおにいさんたち分からないのさ。あの人男だよ!!」


 ロイルが叫ぶ。


 あまりの騒ぎに先程の野次馬たちが戻ってきた。女の姿をした男は心底きげんが悪い。当たり前だが、こちらにも引けぬ理由がある。


「……残念だけど覚えがないね。あのクソガキは貴方の弟?教育しなおした方がいいね」

「……確かにロイルさんの今の発言は酷いかもしれませんが、貴方のしたことよりかは遥かにマシです」


 そう言うと相手はじっと私の方を見てくる。

 私は見つめ返す。否、睨み返すと言った方が正しいのかもしれない。

 暫くすると思い出したのか、顔をわなわなさせていく。


「まさか……あんた……」

「どうも、二週間ぶりですかね……泥棒さん?」


 相手はじりじりと後ずさる。私はじりじりと追い詰める。勘違いかもしれないが、もし本物ならばここで逃がして、次にどこで会えるかなど分からない。


 相手は隙を見つけたらしく、駆け出そうとするが上手くいかなかった。足にロイルがしがみついている。


「駄目だよ?逃げたら追いかけられちゃうよ?」


 ロイルは逃げようとする人を掴んで離さない。だが、相手はロイルを弾き飛ばして逃げていく。


「う……わぁ!」

「ロイルさん!?」


 地面に体を打ち付け痛そうに背中をさする。私は思わず駆け寄ったが、手を振り払われた。


「……追いかけてよ。探してたんでしょ?見つかったかもしれないんでしょ?」


 ロイルはしっかりと私の方を向いて言った。私は何も言わず、追い掛ける。野次馬のせいで上手く逃げられていないらしい。見失ってはいなかった。


「ロイル……成長したなぁ……!暫く見ない内にすっかり漢らしくなって……!」

「シュードさん。鼻水」


 こっそりと相手が出てくるであろう野次馬の先へと移動する。

 ようやく抜けられた相手は私を見るなり顔をひきつらせ、真っ青にさせた。ほぼ、黒は確定だ。


「げっ!!?何で!?」

「必殺……」


 足の方へ力を込める。力のついでに魔力も込める。


「スーパールチア!キィ─────ック!!!」

「うぎゃぁぁぁぁっっっ!!」


 キックで元いた野次馬の場所まで吹き飛ばす。力加減を考えず、海まで吹き飛ばしてもよかったのだが。


 戻ると先程までの女性の変わりにおじさんがいた。思った通りだ。


 衝撃によってなのか、先程まで持っていた袋の包みがほどける。一瞬光り、即座に様々な荷物が溢れかえった。


「あっ!私の鞄!!」

「これ、彼女に贈ろうと、わざわざ遠出して買った指輪じゃないか!!」

「あれ?これは。王都に住んでいるおじさまがなくしたといっていたペンダント……?」


 それに群がる一部の人々。どうやら荷物がなくなったりしていた人が多かったらしい。私のように目の前で堂々と盗むことはなかったのだろうか。


「あった!私のお財布!」


 その中から自分の財布を見つけ出した。真っ黒に汚れるまで使っているお気に入りの財布だ。




 数時間後。ハクトバス対策の対策を考えていたこの街の自警団は、国外逃亡を企んでいたコソドロを捕まえることとなった。


「旦那──っ!お慈悲を──お慈悲を──っ!」

「だれがするか!!」

「反省しろ──っ!」


 その場には全く泥棒の味方をする人はいなかった。当たり前だが。

 どうやら変身魔法を使って様々な人に化けた上で盗みを行っていたらしい。

 私の時は、たまたま顔を変えるのを忘れていたのだろう。爪が甘いとはこの事だ。




 その後私とロイルは、営業時間外に勝手に外に出歩いた事や、危険なことに首を突っ込んだことについてリズやジークに怒られかけたのは無理もない。

 実際シュードが仲裁に入らなければ営業時間に堂々と怒られていたことだろう。




 リズに財布が見つかったと報告すると、一緒に喜んでくれたが少し寂しそうな顔をしてこう言った。


「じゃあ。あんたは明日にでも旅立つんだね……」


 元々働き始めた理由が財布を盗まれて文無しだからだったからそう思うのも無理はない。

 だがあと一週間の折り返しまで来たのに辞めるつもりは毛頭なかった。


「そのつもりはありません。元々二週間のお約束ですし」

「でも、急いでいたんじゃないのかい?」

「『あれ』さえ来なければ別に構いません」

「『あれ』?」


 聞かないでくださいと、今度はシュードにいう事になった。確か最初に聞き返してきたのはロイルだった。しかも全く同じ調子で。


「うぃ~……坊っちゃんが二人~?」

「ジャック。僕はロイルじゃないよ。大体ロイルは僕よりもリズの方に顔が似てしまったんだよ?」

「おげぇぇぇ……」

「やれやれ。ジャックって案外酒に弱いからねぇ~」


 ジャックは未だに酔いが覚めていないらしい。




 その後皆が寝静まったのを見計らって、こっそり夜の散歩へ出掛けた。


 港へと足を進め、適当なに座って海を見る。


(潮風が気持ちいいです……)


「おや。夜の散歩かい?」


 誰もいないと思っていた夜の世界に突然人が現れた。

 後ろを振り向くと、そこにいたのはシュードだった。


「僕もご一緒してもいいかな?」

「……どうぞ」


 流石に自分だけが座っている訳にもいかないのでベンチまで移動する。


 シュードが鞄から瓶とジョッキを二つ取り出した。二人で酒盛りでもするのかと思ったらただのジュースらしい。子供扱いは嫌だが、酒はそこまで好きではないのでありがたい。


「僕、お酒苦手なんだ。君は?一応飲める歳だと思うけど」

「……飲もうと思えば飲めますが、飲もうとは思わないです」

「そっか。奇遇だね」


 どうやらシュード自身が飲みたくなかっただけらしい。

 瓶から色が付いた透明な液体をジョッキに流し込み、私に渡す。軽く礼をして受け取る。


「そういえば、助けてくれたんだってね。どうもありがとう。対応が遅れていたら、いくら船が頑丈でも、どうなっていたか分からないしね」

「いえ……」


 シュードの分も注ぎ終わったらしく、二人で乾杯する。

 ジョッキ一杯を、イッキ飲み。ほんのりとした甘いジュースだった。


「そういえばシュードさんは私の事をご存知何ですか?」


 ジュースを飲み、シュードが持ってきた軽い食事を楽しみ、夜空と海を眺めている内にふと、疑問を思い出した。

 まず初めて会う相手だと、大体子供だと勘違いされる。仕方のないことだと割りきっていたが、シュードは酒を飲める歳だと見抜いていた。


 それに先程、シュードはこう言っていた。


『ほう。君があの……』


 ロイルが連絡しているときに私の名前を出しているのかと思ったが、年齢を見抜いている時点でそれ以外の可能性も出てきた。


 シュードは暫く考えた後、話を切り出す。


 私が全く予想していなかった。していたかもしれないが無意識に考えるのを止めていた。史上最悪の答えを。


「僕が前いた国でね。ある人と会ったんだ。人を探しているらしくてね」


 普通の話だ。よくある話。


「その人は『銀髪で青い瞳の自分と同じかそれよりも下の、ルチア・アレグリアという銀の剣を持った魔法剣士』を探していたんだ」


 なるほど。年齢の事は分からないが、それ以外は特徴が全く一致している。それで、私だと思ったわけかと納得する。自分と同じ位の歳で私がお酒が飲める年齢をだと分かるということは、相手もそこそこいい歳なのだろう。


「その人は、何て言ったらいいんだろう。ツンツンの茶髪で、赤い布を頭に巻き付けて、黒い鎧を身につけていたんだ」


 背筋が、凍る。

 何も聞かなかった事にしたかった。だが、聞いてしまった事実を取り消すことなど出来ない。


 全く同じ特徴をもつ人を、一人だけ知っている。

 出来ることならばもう二度と顔を合わせたくない『あれ』に特徴が重なる。


「ザ……ク、さん?」

「ん?」


 この質問には肯定してほしくない。全く違う名前なら嬉しい。名前は知らないという答えでもいい。肯定されたら、そこにあるのは悪夢だ。


「ザル、ボークさん……という名前では、ない、ですよね……?」


 出来ることならば名前も、存在自体も永久に忘却の彼方へと追いやってしまいたい口に出すのも嫌な名前を、出した。

 どうか、違うといってほしい。ただそれだけ願った。


 だが、現実はそう甘くはない。


「そうだけど?名前を知っているということは、彼の探し人ってやっぱり君の事だったんだね!」

「……………………」


 現実は、蜜のように甘くない。

 むしろ蜜を見つけて油断していると後ろから襲ってくる蜂のようにおぞましい。


 これは現実ではない。これは夢。これは夢。と呪いのように繰り返しても、外の冷たい空気が否定する。


 もう、これしかない。

 これしか、自我を保つ方法はない。


(ああ、潮風が気持ちいいです……)


 現実逃避しか、方法はなかった。

今回は、二人組なので一気に二人。


ジャック・ソーシルバー(四十六歳)

赤い髪。赤い瞳。

酒場【月の雫(ムーン ドリップ)】の常連客。

仕事で機械技師をしているが過去は別の事をやっていたらしい。その時にロイルの両親と何かあったらしいが、その事を話すと話が長すぎるので誰も最後まで聞いていない。

歌によって海に引きずり込む魔物に、歌で打ち勝ったという謎の経歴がある。


ジーク・ハートブレイク(二十二歳)

青い髪。青い瞳。

酒場【月の雫(ムーン ドリップ)】の常連客。

機械技師の見習い。王都で勉強していたが失敗続きで誰も面倒を見て貰えなかった所を、ジャックに拾われた。

ジャックによって夜に肉体の訓練までさせられているので細マッチョ。自警団に誘われている。

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