第2話【嵐の中の出会い】
夢から覚めた瞬間。それが夢だったと気付くのは何時もと似たようなこと。そして時間が経てば、夢は何時の日か消えてしまう。
しかし、過去に見た夢を「ああ、またあの夢ですか」という事はよくある事。私は同じ光景が広がる夢を何度も見たことがある。しかし、今現在。夢から完全に『目覚めた』状態である私には、そんな事はどうでもいいのです。そんな事よりも気になることがあります
何処ですかここは……?
確か私は旅の途中で立ち寄った町で、ある事件に巻き込まれました。そして両替を済ませたばかりの金を全て失ったのです。質屋などで換金できる物は幸い盗まれていませんでしたが、それは最終手段です。出来る事ならば質屋に持ち込むことはしたくない私でございます。
つまり、私は金無しであり。宿に泊まる金すらもない。そんな中で、この状況は、おかしいのです。
何故私が壁と床がある部屋ですやすや眠っていたのですか!?
状況は全く分からなかったが、部屋を見渡して安心出来る要素が見つかった。見覚えのある荷物。私の物です。
「あっ!目が覚めたんだねっ!」
その側には、私の友との友情の誓いを交わした証の剣があります。だから万が一此処に悪人がいたとしても楽に反撃出来るでしょう。
まあそもそも。悪い方たちならば私の荷物は全て没収されているハズですし。そんな方たちがいるとは思えませんね
「おーいっ!お嬢ちゃん!?」
「うひゃぁぁああっ!!?」
いきなり思考の世界から現実に引き戻されて思わず変な声が出てしまうのも仕方のないことでしょう。私が気が付かない間に人が来ていたらしい。人当たりが良さそうな黒かく短い髪と瞳の女の人。悪意はありませんが、かなりふっくらとした体型のようで……
ですが、敵意は全く感じません。多分私がこの人の存在に気付かなかったのはその為でしょう。そうであってほしいです!
「ああ。アンタならウチの店の目の前でぶっ倒れてたんだよ!で、勝手ながら保護したってワケだ!」
「あ……ありがとう……ございます」
どうやら私の心配は全くの杞憂だったそうです。完全にほっとしました。ほっとしたらお腹が空いてきました。そして気がつきました。ドアの向こう側からいい香りが……!
「あ、いいにおい……」
美味しそうな料理の匂い。このお腹に対してこの匂いはある意味拷問です!
「あ、アンタ。晩飯食べてくかい?ウチは酒場で、料理の味は良い方だよ?多分」
「あ、いえ……。そこまでご迷惑を」
ぐっきゅるるるぐー。きゅるるー。
物凄い音が部屋中に響きました。私のお腹から発せられた音です。
今のは絶対にごまかせない。私の顔に熱が集中する。そして匂いの拷問は続きます。見かねた女の人が救いの手を差しのべてくださいました。
「タダでいいよ。今日は客が来なかったから余り物は沢山あるし……」
「はい!ありがとうございます!」
ああ、人の情けが心に染みます……
下には湯気が出ている鍋と、いい匂いと、知らない男の子がいました。黒髪に黒目と顔の造りは女性に似ていますが、体型は細いですね。
「私は世界中を旅している魔法剣士の端くれです。
私は同じ一週間ほど前にこの街に着きました。この、永世中立国であるイオタリア王国の漁業と貿易の中心街のエプシロンに。まあ、ここまで長居するつもりはありませんでしたけどね。
それもこれも全部あのせいです!!
ああ、失礼しました。実はこの街に着いて一日も経たない内にある事件に巻き込まれてしまいまして。簡単に言うと財布を盗まれました。まあ盗まれたのが財布だけなのが不幸中の幸いでしたが。酷い時なんか荷物全部盗まれた事もありましたから。今まで全部取り返していましたから。油断したんです。どうせ今回も……って。
その後も手がかりを探したのですが全く足取りが掴めず……」
「いつの間にか嵐のなかで腹を空かせて気絶して」
「ボクたちの店の前で、行き倒れさんになってたんだねぇ~」
「……返す言葉がございません」
今まで止まらなかったスープを口に入れる動きも止まってしまいます。そして二人に対して思います。思っていいでしょう?
そこまでハッキリ言わなくても良いじゃないですか!
「と、いうわけで。私は何処かに泊まれるお金は無いんです。宿代代わりになる物はありますので1日泊めて下さいませんか……?」
「アタシは別に……」
「おねぇさんみたいにキレーな人なら、いつでもだいかんげいだよぉ~!」
「ゴラァ!馬鹿息子!!勝手に口説くな!」
「くどいてないよぉ~!ゴカイだって~」
女の人に言わせてみれば私は少年に口説かれたらしいですが全く分かりませんでした。まあ誤解らしいので、深追いはやめておきましょう。
「大体!おかぁさんだって、おねぇさんの事!最初は男の人だって思ってたじゃないか~!あのままカンチガイしてくれてたらボクおねぇさんとお風呂に入れたのにぃ~」
「この変態馬鹿息子!一体誰に似たんだい!?大体フードで顔が隠れていたし体もまだ子供体型だろう!きっとあれを見たら誰だってこの子が女の子だなんて気づかないさ!!」
「そんなんだから人を見る目がないって言われるんだよぉ~!大体胸だって服の上からもある事くらいわかるじゃないかぁ~!それに口説けなくなったらボクの生き甲斐も、子供も減っちゃうよぉ~っ!!」
「子供がそんな事を言うもんじゃないよ!」
「理不尽だ──っ!!」
「…………………………」
この二人のペースに全く入っていけない。
取り敢えず分かったことと言えばこの二人は仲の良い親子だという事だけだ。体格に差はあるけど。女の人は少しぽっちゃり系で少年はほっそり計です。だけどそれだけです。この国では珍しいでしょう、二人の短い黒髪も黒い瞳もそっくりです。
それにあれです。『喧嘩するほど仲が良い』はあの人たちに似ている神聖国の方々の言葉です。
なんだか会話の中に酷い発言が入っていた気がしますが。私が子供体型だとか。胸が見えにくいとか。そもそも女に見えないとか。気を失っていた私とお風呂に入ろうとしていたとか。
全部聞かなかったことにしましょう。うん。
スープのおかわりを注いで、黙々と食べ進めましょう。もう冷めてしまったかと思ったスープは、想像よりも温かかったです。
「ところでおねえさんの名前を聞くの忘れてたねぇ~。何て言うの~?」
「ん?私ですか?」
「そう!」
いつの間にか喧嘩が終わったそうです。
そして、忘れていた事を思い出した。私と彼らは互いの名前を知りません。
そう考えると私たちは名前も知らない方々と和気あいあいと食事を楽しんでいたことになるんですね……。
それだけ思った。そう、それだけ。
深く考える事ではない。それを理解しているからこそ、これ以上考えることをやめた。
「私は、ルチアです。ルチア・アレグリア」
「ルチア?キレーな名前だねぇ!おねぇさんみたいに!」
「誉めすぎですよ……。貴方は?貴方の名前も教えて下さいますか?」
「ボク?ボクはね~ロイル!ロイル・マディウス~!」
にっこりと微笑みながら少年は名乗る。そして彼は彼の母親の後ろに回ってその背を押す。
「ホラ次!おかあさんだよ~!ボクのおかあさん!」
「はいはい!わかってるよ!……アタシはリズ。この酒場の主人だよ!」
「ほうほう。酒場ですか」
酒場。私には馴染みがありません。年齢的には入れるのだが、体が十歳半ば……悪ければそれ以下の子供に見られるので一人だと目立つのです。そのせいもあるのですが、以前立ち寄った町で酒場に入った時たまたまゴロツキや裏家業の御用達の店に入ってしまい、目を付けられてしまった事があるので苦手意識を持っているのです……。
ですがここは良いところです。他の所もこんな良心的な感じであってほしいものです。多少なら荒くれものがいて、酒樽が沢山あったり転がっていたりしてもいいですから。
そんな事を考えているとふいに私は思い出しました。
酒場を情報屋代わりにしている人が大勢いるという事実をです。酒場で流れる情報は様々な事があります。噂話から賞金首の目撃情報、困り事の相談など。実際他の町では酒場と情報屋が一緒になっている所もありました。
もしかしたら、あるかもしれません。私の財布を盗んだ憎き犯人の手がかり……!
「すみません、ここ最近ここら辺に泥棒が出現しているとか聞いたことありませんか!?」
「ボクはないよー」
「アタシも、ね」
「そう、ですか……」
希望という名の花は、呆気なく散りました……。
ですが仕方ありません。そんな上手い話ある筈ないです……。
「財布は諦めるとしても、列車の切符代だけでも欲しいですね。明日にでもアルバイトか、依頼を探さないと……」
「切符?」
「そうですよ。ここからも走っているでしょう?イオタリア王都、ラミューダ行きの列車。それに乗りたいのです」
「何で?ずっと此処にいればいいのに……ルチアのおねぇさん行っちゃうの……?」
「用事があるんですよ。ある噂を聞きまして。まあ、そっちの件は急ぎではないんですけどね……あれが……」
「あれ?」
「聞かないでください」
あれは思い出したくもない。ロイルさんも察してくれたらしく、それ以上は聞きませんでした。
「ルチア。働き口探してんのかい?」
「はい。短期間でも雇って下さる所……出来ればこの街から出ることが少ないようなところがいいです。まあ、そんな上手い話なんて」
「あるよ!!そんな上手い話!!」
「そうですよね、ありませんよね。……ん?え?ある?」
見ればロイルさんが目をきらきら輝かせて此方を見ている気がします……。ですがそんな事は関係ありません!あるとは思わなかったものです。話はしっかり聞きたいです!
「この酒場の給仕さん!」
「……え?給仕……ですか?ここで?」
まさかここまで良心的だとは思わなかった。働く場所まで与えてくれるとは。旅とは悪いことがあれば、それだけ良いことがあるものです。
ですが、流石に甘えすぎ、ですよね……?
「アンタ、ルチアと少しでも一緒にいるための提案……じゃあないよねぇ?」
「そんな事ナイナイ!大体給仕さんいなくて最近大変だったじゃん!前の人がやめちゃって~!」
「まあ、確かに……」
ですが、このような素晴らしい機会をみすみす逃しても良いのですか?ルチア・アレグリア?
と、自問自答してみたのですが。
「飯は朝昼晩の三食付き!」
「今なら寝るところもお付けしまーす」
「乗ります──っ!」
この言葉に覚悟を決めました。こんな厚待遇の案件なかなかありません。
「やった~っ!!おねぇさんと働けるよぉー!」
「やっぱり────っ!!」
かくして私は、酒場【月の雫】で二週間ほど給仕として働く事となりました。
私の、このイオタリア王国での旅は、まだ始まったばかりなのです。
この時は、まだ考えてすらいませんでした。
まさか、ここでの出来事が。長い旅路の中でのこの出会いが、後に影響を及ぼすなど。
そして、あれが。予想を越える速さで近づいている事にも……。
ロイル・マディウス(五歳)
黒色の短髪。黒色の瞳。
酒場【月の雫】の女将リズの息子。
リズに言わせれば変態の気質があるらしいが本人からしたら誤解そのもの。だけど綺麗な年上の女の人は好き。
趣味は絵を描く事。料理には興味があるがリズに止められている。