プロローグ2【XXX年】
ランプを持ちながら、紫のマントを羽織った男が暗い中、何かを探して走り回っている。帝国の第二皇子、通称アルバート。
蒼く短い髪を持つその男は同じく蒼い瞳で周りを見渡すと幼い頃から見慣れた2つの影を見つける。その2つの影に向かって声をかけると、金色の髪を持つ男と水色の髪を持つ女が振り返る。そして反射的に彼の名を呼ぶと、何事かを問いかけた。
「エクリプスを見なかったか?」
「見ていませんよ」
「俺もだな」
「そうか…」
そう言って落胆すると、大丈夫だと2人は口々に言った。
「何処かで瞑想なんかしてますって!!」
「瞑想?なんで瞑想するんですか?」
「よく分かんねェけどすると魔力が上がるって言ってたぞ!!」
などと2人が言い合うのを始めると「そうだ」と言う声が聞こえた。黒いフードで顔を隠した3人の半分の背丈しかない少年。フードからはみ出した白の髪を三つ編みにして垂らしている。
「瞑想は己の中にある魔力を高める方法の1つだ。お前たちには分からないだろうがな」
「なんだと!!?」
「落ち着きなさいな」
そう皮肉げに言う少年にムキになる男を女が押さえているのを見ながらそれならば安心だと笑みが出る。最近部屋に閉じ籠ってばかりいたのに返事がないので勝手に入ってみれば居なくなっていたので驚いたが、この少年が余裕そうな表情でそう言えるのならば安心できる。
そう思った瞬間に、余裕そうにしていた少年が突然目を見開いた。どうしたのかと問うと、彼はそのまま呆然と答えた。
「エクリプスが消えた」
エクリプスの気配が一瞬にして消えたという場所に4人で向かってみると、誰も居なかった。だが、最後にこの部屋を訪れた時と違う所が何ヵ所かあった。
転移魔法を使うのに必要な魔石の回りに淡く光る文字が浮かび上がっており、この部屋に置いてあったこの島の秘宝であり、現在エクリプスから借りていた剣が消えている。
魔石を取ろうとすると、文字が光を増し手を弾き飛ばした。理解ができぬまま一同が呆然としていると不意に机の端に紙切れが置いてあった。手に取ってみると走り書きで『朝には解ける』とだけ書いてあった。
仕方がないので、朝になるまで待ってみようと、1人で闇雲に捜そうとする少年をなんとか宥めて一同は眠りについた。だが、朝がくる前に突然の地面の揺れで叩き起こされた。
アルバートは使っている部屋の外に飛び出し、3人の安全を確認すると、何があったのかを考えた。すると少年が、先程のは例の島を中心に起こったのだと言った。そうなると例の封印が解かれたのかと確認に行くため、まだ朝ではないが使えるようになっていた魔石を使って転移魔方陣を作り向かった。
着いてすぐに確認するとやはり封印が解かれていた。
ついに間に合わなかったと落胆すると、少年だけは顔を上げて嬉しそうに笑う。どうしたと聞くと彼にしては珍しく弾んだ声で「エクリプスの気配がする」と言った。
あちこち破壊され、恐らくはそのほとんどが魔族であろう死体を気ににすることなく、軽々と超えて走っていく少年の姿を見て、自分達も後を追った。
「なあ、本当にこっちで合っているのか?」
「合ってる!!」
もう何度目かも分からない問答を繰り返しながら、足場に気をとられ、周りの悪臭を顔をしかめ、時には噎せながらも必死に少年に追い付こうとする。彼はそういった気配などを探るのに長けている。絶対にいるという確信を持って声をあげた。
「おーい!どこだ──!!」
「どこにいるのですか!!返事してください!!」
空から相棒の黒い飛竜と共に捜索している男が巨大な穴から相棒と共に入ってきた。
「いたか?」と問うと「いや、どこにも」と返ってくる。「どうしちまったんだよ」と溢す彼に何事かを聞くと、「あれだけ巨大なバケモノがどこにも見当たらねェ」と返ってきた。
更に奥に進むと天井も壁も崩壊され、昇る朝日に照らされた場所に出た。端の方に2本の黒と白の剣が見える。そちらに向かおうとすると足で何かを蹴ったのか高い音が鳴った。見てみると、金色に光る破片が見えた。拾い上げ、立ち上がろうとすると黒い『何か』が見えた。それが何であるか、俺たちには分かっていた。だから駆け寄った。だが。
「そ…そんな…」
「いや…」
その体を揺すっても何も言わない。何も、起こらない。
「なあ、これ大切なやつじゃねェのか?母親から貰ったって、お前、嬉しそうに…」
何も言わない。恐らく激戦の中で燃やされチリチリに先端が焼け焦げた短い紫紺の髪がゆらゆらと動くだけ。ボロボロになった裾の長い服が揺れるだけ。
「ねぇ…起きてよぉ…。やだよぉ…。ねぇってばぁ…」
目からポロポロと大粒の涙を流しながら少年は訴えかける。もう気配は完全に消えたのだろう。
「…エクリプス…」
目を閉じ、熱い何かを必死に堪えながら、俺は大切なものの名を口に出した。何も、もう言うまい。
腕の中で、ただ疲れて眠っているだけのように見えた。エクリプスは逝ってしまった。
勇敢だったのに。この世界を救ったのに。未来があったはずなのに。
世界は最期まで、エクリプスに優しくなかった。
「あ……貴方は……アルバート様!?」
「ラージニア!お前……何故!?」
魔石に残された魔力を全て使いきって俺たちの故郷である帝都まで戻ると元々は広場だった場所に1人佇む老人を見つけた。古くから皇室に仕えており、数多の武功を立てつつも古の伝承に詳しい変わり者と称されるラージニアだった。
「それに、ロア君にゾディアーク君まで……。それに君は……確か、ガルム君だったかね?」
「そうだ」
「じーさん逃げなかったのか」
「さよう。行き先短い老兵ですが、無理に逃げて生を長らえるよりかは、故郷で妻と共にいたいと思ったのです」
ラージニアはそう言ってペンダントを掲げた。その中には魔人の暴走によって命を落とした彼の妻の遺骨の一部が入っている事を俺たちは知っている。
「所でエクリプス君は?」
「……ここにいるぞ」
そう言って顔を覆っている布を取ると彼は目を見開き、すぐさま元の表情に戻った。
「なるほど……そういう事だったのか……」
「そういう事とは、どういう事だ?」
そう聞くと、ラージニアは荷を探ってすぐに一冊の分厚い本と紙で包まれた物を取り出した。
「あの者から預かっていた物です」
エクリプスを横たえ、それを受け取り包まれていた中身を取り出すと、手紙が入っていた。読み進め、最後まで読むと複雑な心境になったまま「なんて勝手なやつなんだ」と溢す。
「アルバート様?なんと書かれていたのですかな?」
「いや、ラージニア。兄上たちはどうした?」
「……それは」
「……なるほど、分かった。……所でラージニアよ。お前にはもう一働きして貰うぞ?やることが大積だからな」
「は?」
まずは兄上たちを呼び戻すぞ。それから長たちを集めて、会議を開こう。
「あいつが救った世界だ」
民たちも少しずつでも呼び戻そう。此度の件で思い知っただろうから一同力を合わせて種族を超えて協力し合い、世界をもとあるべき姿へと戻そう。
「さあ、今日から世界が変わるぞ」
「アルバート様、一体何をなさるおつもりですかな?」
「何を?そんなの決まっているだろう?」
そう言うとすでに高くなった日を指差し高らかに声をあげた。
「改革だ」
【古の物語】
この日から歴史は大きく変わる。
世界滅亡の危機に立ち向かった5人の若者は五雄と呼ばれその中の1人であり、皇子アルバートを筆頭に戦争終結への道が拓かれた。
種族を超えて協力し合い、世界は少しずつ元の姿へと戻っていく。
この5人の功績は様々な形で2つの大陸中に、果てには互いの大陸よりも遠い大陸にまで届くことさえもあった。
戦時中に五雄の中で唯一亡くなったとされるーーーーー。死後、人族の歴史を大きく変えたーーーーーは彼らの出会いの地である地にて、かの者の遺産と共に眠っている。
遺書となってしまった最期の手紙には最後にこう締められていた。
『ーーーー、ーーー、ーーー、ーーー。もしも我が戻れなくなってしまったら。
その時はそなたたちの事を信じていよう。
親愛なる友たちへ。エクリプスより』