サンタクロースとクリスマス
暖炉の側で真っ白な袋にプレゼントを入れていくおじいちゃんの姿を、トトは静かに見ていました。いつだって、クリスマスという特別な日のために十分な準備をおじいちゃんはしています。
遊んで欲しいという気持ちはありますが、とても忙しそうなおじいちゃんにわがままを言えるはずがありません。どんなにこの日のために、おじいちゃんがはりきってきたのか知っているからこそ、トトには何も言えなかったのです。
願われたプレゼントを準備する間は大変そうで、どこか楽しそうな背中を見てきました。プレゼントをもらった人が喜んでくれるように、ひとつひとつ丁寧に心を込めて綺麗な包装紙と可愛らしいリボンで包んでいたことを知っています。
だからこそ、トトには許せないことがあります。街を歩くことが大好きなトトは散歩の途中で聞いてしまった言葉が耳の奥でいまだに繰り返されていました。
体を包む凍えるような寒さと共に、クリスマスに向けていろんな言葉が飛びかっていました。どんなプレゼントを贈るのか、悩む声。美味しいご飯やケーキを楽しみに弾む声。そして、この季節だからこそ口にされるサンタクロースのこと――。
「サンタクロースなんていない」という言葉を耳にした時、トトの心はひやりとしました。あんなに、頑張っているおじいちゃんのことを否定する言葉は冷たくて悲しくなりました。
その言葉を口にした相手に、文句を言いたくなりました。けれど、トトには悔しくても言い返すほどの力はなく、問題を起こしたらおじいちゃんに迷惑をかけてしまうと考えると逃げるようにその場を走り去ることしかできませんでした。
「いない、と言われるのにどうしてそんなに頑張れるの?」
おじいちゃんに質問すると、眉を下げて困った顔で笑います。
「それでも、楽しみにしていてくれる子がいるんだよ」
信じない人が増えたって、お願い事をする子供がいなくなるわけではありません。いつか、サンタクロースなんて必要なくなる時が来てしまっても、誰かに優しい心の込もった贈り物を渡すことがなくなるわけではありません。
その役割が、サンタクロースではなく、たとえば家族や恋人、友人というふうにいつか変わっていくこともあるでしょう。
ほんの少し辛く思いますが、おじいちゃんにとってサンタクロースの役割がなくなったとしても、誰かにプレゼントを渡すことをやめないと決めていました。たとえば、教会で子どもたちにお菓子を配ってもいいですし、病院に贈り物をしてもいいのです。
サンタクロースじゃなくなっても、やりたいことはたくさんあります。後ろ向きに考え続けていたら、何もできなくなってしまいます。
「それって、なんだか寂しいよ」
トトが鼻を鳴らしてなきました。おじいちゃんの頑張りを知っている人がいなくなってしまうことが辛かったのです。そして、寂しいとも悲しいとも言わずに受け入れてしまうおじいちゃんの姿を見ていたくありません。
サンタクロースの役割がなくなっても、前向きに進む姿はおじいちゃんらしいと思いますが、もっと何か言いたいことはないのか不満になります。サンタクロースとして、頑張ってきたのに「サンタクロースなんていない」と否定される言葉に文句はないのかとムカムカしてくるのです。
「笑顔溢れる日にしなきゃならない。だから、そう気にする必要はないんだよ」
おじいちゃんの言葉はどこまでも優しい響きを持っていました。トトのムカムカをそっと包んでいくように、あたたかな声をしています。
「なら、おじいちゃんも笑顔溢れる素敵なクリスマスにしないといやだ」
首を横にふって、いやだいやだと繰り返しました。サンタクロースを否定する言葉を受け入れていようと、おじいちゃんが傷つかないわけではありません。痛いと泣いている心があるはずです。
「サンタクロースだからって、人のことばかり気にしたらいやだ。おじいちゃんはサンタクロースでも、おじいちゃんなんだもの」
トトの頭を優しく撫でたおじいちゃんは、プレゼントを指差しました。
「ありがとう、トトは優しい子だね。大丈夫だよ、私はとっても幸せなんだ。ごらん、心がぽかぽかするような優しい願いがたくさんある」
おもちゃが欲しい、と手を握りしめる子ども。働きっぱなしの両親とクリスマスを過ごしたいという願い。可愛らしい服を望む声。いろんな思いがふわふわと部屋の中に漂っています。
「見ているだけで、幸せになれることもある」
おじいちゃんはそう言うと、クリスマスのプレゼントがたくさん入った袋を持ち上げました。ずっしりとした重みは、それだけたくさんの人から願われていることを教えてくれました。
「これは、恩返しでもあるんだよ。サンタクロースでよかった」
トトにいい子にしているように伝えると、おじいちゃんは口笛を吹きました。ソリを引いたトナカイが夜空を流れ星のように駆け抜けてきます。
冷たい夜の中で、幸せをいっぱい詰め込んだ袋をソリに乗せたおじいちゃんは、玄関を振り返ります。そこには、不満そうに見つめてくるトトがいました。
「いってくるよ」
「いってらっしゃい」
言い足りないことがありましたが、トトはほっぺたを膨らませたままおじいちゃんを見送ります。そうして、トナカイと一緒におじいちゃんがいなくなると、大きな靴下を探しに走りました。
トトが靴下を探し始めた頃、空を駆けるおじいちゃんはサンタクロースになる前のことを思い出していました。
体がうまく動かず、日に日に弱っていくことに気付いていました。真っ白な病室で、ただ周りの人に助けられていたのです。何か返したい。何かできることはないのだろうか。そう願いながら、息を引き取ったおじいちゃんは、サンタクロースの役割をもらいました。
大切な人たちに疲れた顔と、悲しそうな顔ばかりさせていた自分が、誰かを笑顔にする手助けができるなんてとても幸せなことです。
一緒に暮らしているトトが寂しがる前に、早く仕事を終わらせようと真っ白な雪の降る世界を飛んでいきました。びゅうびゅうと耳元でこだまする風が、トトの泣き声のようで、おじいちゃんは目を閉じました。
たくさん遊んで美味しいご飯を食べようと心に決めて、長年の相棒であるトナカイに「君も一緒にどうだい?」と声をかけました。嬉しそうにトナカイは頷くと、空を走るスピードをあげました。
おじいちゃんが肩に雪を積もらせて、家に帰宅するとツリーの近くに大きな靴下が置いてあります。
「おやおや」
何かクリスマスのプレゼントを用意しなくては、とおじいちゃんは部屋を見渡しました。待ち疲れたのでしょうか、ソファの上で体を丸くして眠っているトトを見つけました。
「さて、何をプレゼントしよう」
トトの柔らかな毛を撫でながら、おじいちゃんは悩み始めました。いつもプレゼントよりも、おじいちゃんの膝の上でお昼寝したいと言っていたトトからのお願いです。
靴下いっぱいに何を贈ればいいのか、なかなか思いつきません。くるりとしっぽを丸めて眠るトトの大好物であるチキンがいいでしょうか。それとも、おもちゃがいいでしょうか。
考えながら、置いてある靴下を持ち上げるところりとおもちゃが落ちました。驚いたおじいちゃんは、何度も手にしている靴下と落ちたおもちゃを見比べます。
それは、トトからのプレゼントでした。頑張っているおじいちゃんに何を渡せば喜んでもらえるのかわかりません。だから、自分のお気に入りのおもちゃを靴下に入れたのです。
優しく可愛らしいプレゼントには、ぐちゃぐちゃのリボンが絡んでいます。一生懸命、リボンをつけようとした様子が浮かんできて、おじいちゃんは笑顔を溢れさせました。
忘れられても、信じてもらえなくても、サンタクロースであることが幸せだ、とたった一匹の家族を見つめて笑いました。