異世界トリップⅤ
僕はその場から駆け出して、真正面からワイバーンに攻撃をし掛ける。
ワイバーンは僕が真正面から走ってくるのを確認すると、こちらをギロリと睨みつけ、威嚇するようにすさまじい咆哮を上げた。
周囲の木々は再び揺れ始め、地面に落ち葉を散らした。
僕は駆け出して、その場からジャンプすると空中で宙返りを切って、ワイバーンの脳天目掛けて例の伝説の大剣『骨』を思いっきり殴りつけた。
ドンッ!!
轟く衝突音とともに、ワイバーンの頭部に骨の先端がめり込むと、凄まじい音を立ててワイバーンの巨大な体躯が地面に崩れ落ちるのだった。
「えっ……瞬殺⁉︎」
ネコミミにとってそれはよほど衝撃的な出来事だったのか、状況をイマイチ飲み込めてないかのように目を丸くしたままだ。
「僕の力を以ってすれば、簡単なことだ」
僕は何事もなかったかのように、骨を背中に装着し、ネコミミの方に振り返る。
「まあでも、あなたの不死身さと比べたら驚くほどのことでもなさそうね」
ネコミミは怪しげに微笑むと、スッと目を細めて言った。
「それはそれとしてどうなんだ、傷の方は? もう歩けそうか?」
「ごめんなさいね、少し厳しそうだわ」
ネコミミはいかにも申し訳なさそうに首を振った。
確かに、ネコミミは足を酷く怪我している。確かに歩くのは無理そうだ。
「仕方がない、僕がおんぶするしかないようだな」
僕はそう言うと、木の幹にもたれながら座っているネコミミの前で、背を向けてしゃがみ込むのだった。
それは、ネコミミが僕の肩に手を掛けやすくするためだ。
「そうね、少しお願いしようかしら」
ネコミミは僕の肩に手を掛けて、僕の体にぶら下がる。
僕はゆっくり立ち上がると、ネコミミの足を腕でしっかりと固定する。
これで、おんぶしながら歩く準備は完了だ。
「それで、僕は一体どこへ行けば出口にたどり着くんだ?」
さすがに、僕に出口の在り処を探す能力はない。
その手の便利系スキルを持っていれば話は別なんだが、生憎、僕の所持スキルは戦闘向きだからな。
たとえ、戦闘ダメージ無効でも空腹が原因で死ぬこともある。
そういう類の能力だからな。
まあ、そんなことは大半のプレイヤーに言えそうなことだが。
「その前に、あそこに寄ってみたいのだけれど……」
あそこ?
僕はネコミミの指差しした方向を見つめた。
そのはるか向こう、そこには角材を適当に積み立てて出来たような少し大きめの小屋があった。
あんなところに、小屋なんかあったか?
もし、あったとしたらもう少し早く僕が見つけているはずなんだが。
僕は、一種の奇妙な感覚にとらえられて、あの小屋を凝視する。
それは特に何の変哲もない普通の小屋だった。
まあ、こんな危険な場所をうろちょろしているよりかは、あの宿で少しゆっくりしていった方が良さそうだな。
ネコミミもこんな状態だし。
「そうだな、少しゆっくりしていこう」
僕はそう言うと、ネコミミをおんぶしたまま先を急ぐのだった。
* * *
「ごめんください」
僕は宿の戸を2回ほどノックする。
宿の外観は普通だったが、近づいてみれば意外と大きい。
おそらく、2階立ての造りになっているはずだが、建物の高さが10メートルを軽々と超えている。
高層ビルとまではいかなくても普通の3階建て商業用ビルくらいの高さはあるだろう。
妙な建物だ。
「これはこれは珍しいお客様ではございませんか。さあさあどうぞ中へおはいんなさい」
ガラガラと音を立てながら、戸を開いて現れたのは浴衣姿の老婆だった。
老婆は玄関前で僕達を出迎えすると、後ろへ身を引き、玄関から通ずる廊下の方を手のひらで示して僕達を中へ通らせた。
内装に関しては、ただ角材をつぎはぎに使っただけといった印象でお世辞にも決して褒められたものではなかった。
ただ、廊下の広さや天井までの高さという点においては格別で、まるで3メートルを超える巨人のために作られたのではないかという印象を受ける。
僕とネコミミは玄関で靴を脱いで、スリッパに履き替えると、ネコミミをおんぶしたまま老婆の後について行く。
「ところでお客さんや? 我が旅館自慢の秘湯伝説をご存知ですかい?」
廊下を歩きながら、老婆はしわがれ声で尋ねた。
「いえ、僕は知りませんが……」
「私は少しだけなら……」
ネコミミはやや自信なさげに呟く。
「そうかい、そうかい。そちらのネコミミのお嬢さんは知っているのかい。ところで、お客さんや? この旅館の外観を見てどう思いはったんですかい?」
「いやあ、立派な旅館だなあと」
「私も」
僕とネコミミは何かをごまかすような苦笑いを浮かべた。
「あんまり気をつかいなさんな。ボロいならボロいとそうおっしゃってもよろしいのですよ? 何しろ、もう築一万年は経っておりますからな」
老婆は穏やかに言った。
「築一万年、それはすごいですね!」
「そうじゃろ、そうじゃろ…………はて? ところで、わしゃ何の話をしてしていたのですかのう?」
「秘湯伝説の話よ」
ネコミミは、何を話していたのか分からなくなった老婆に対し穏やかに言った。
「そうじゃ、そうじゃ。秘湯の話だったのう。ウチは旅館自体は確かに古いが、それは歴史ある旅館の証拠でもあるのじゃ。築一万年の温泉旅館なんてめったにお目にかかれないからのう」
「そうね、古くてせいぜい千年ってところかしら」
「ウチの秘湯にはのう、ある特殊な成分が含まれていて、それで疲れた旅人の体を癒す作用があるのじゃ。そんな訳でな、お客さんや。我が旅館には、湯船に浸かってから食事を取るがあるのじゃ。ちなみに支払いはいらん、食事から何から何まで全部タダじゃ。ウチは疲れた旅人を癒すために作られた、そういう場所じゃからのう」
老婆はにっこりと穏やかな微笑みを浮かべた。
「それなら、私の傷も浴槽に浸かれば治るということね?」
ネコミミは期待のこもった表情で尋ねた。
「命さえあればどんなに重傷であっても治癒は可能じゃ。ところで、少し言い忘れていたがのう。実はウチは混浴なんじゃよ。客もあまり来ないし、そっちの方が旅人同士わいわい出来て楽しいと思ってのう」
えっ、マジすか?
僕は青汁10倍濃縮を飲んだような苦い気分になる。
なるほど、この旅館。
戦闘ダメージ無効の僕にダメージを与えるとは。
なかなかのやり手だ。