再会Ⅲ
ーーいやぁ、まさか君が死ぬとはねぇーー
不意にそんな言葉が脳裏をよぎる。
どこかで聞き覚えのある女の声が僕を嘲笑している。
いざ、目を覚ましてみれば、そこは見覚えのない真っ白な空間だった。
そして、驚いて目前に視線を向けてみれば……、
「やぁ、覚えているかな? 僕だよ、神保絶だよ」
そこには、あの夢で何度も姿を現した、独特でミステリアスな雰囲気を纏う黒髪少女の姿があった。
彼女は、親しげに僕に手を振る。
「ああ……、一度だって忘れたことはなかったぜ。神保さん」
そう言って、僕は彼女に手を振り返した。
「あはは……、それは光栄だね。火渡レン君」
無感情に乾いた笑い声を上げながら、絶は確かに親しみのある表情を浮かべた。
「ところで君は死んだんだ。気分はどうだい?」
そして、カラカラと笑いながらそう続ける。
死んだ? それはなかなか上手い冗談じゃないか?
「不思議な気分だな。正直なところ……複雑だ。てことは、ここは天国なのか?」
僕はその場からゆっくりと立ち上がると、目眩でも起こしたかのようにふらつきながらそう尋ねる。
「ここが天国? 君には僕が天国にでも住んでいそうな高尚な存在に見えるかい?」
絶は奇妙な笑みを浮かべながら、僕を嘲る。
「君はたまたま生かされているんだよ。君の物語はまだ始まったばかりなんだからね」
そして、僕に背を向けて、ゆったりとした歩調で一歩踏み出した。
「まだ始まったばかり? それどういうことだ?」
絶の不可解な言動に素朴な疑問をぶつけながら、僕は彼女の跡を追った。
彼女の背丈は女子の中では高めの部類であり、その後ろ姿はすらりとしていて、水辺に佇む白鳥さながらの美しさがあった。
全体的に細めに体型でそこには消えてしまいそうなほどに儚さがあった。また、過度と言ってもいいほどに真っ白な素肌は美しさを通り越して病弱なイメージすら漂わせる。
つまり、絶の肌は白いというよりは青白いと表現した方が適切だということだ。
しかし、それでも細いなりに彼女の胸の間には大きな谷間が出来ていた。また、彼女のヒップラインは健康的でその存在感をアピールしていた。
神保絶……、全く以ってミステリアスな存在だ。彼女ほど固定観念から浮いた人物など存在しないに違いない。
「君は確か……まだ童貞じゃなかったかな?」
クスリと怪しく鼻で笑い、ゆっくりと足を止めると絶は僕の方に振り向く。
そして、その妖艶な表情を浮かべたまま僕の方に歩き出す。その妙にゆったりとした歩調は一切乱れることはなく、まるでロボットが歩いているかのような奇妙さがあった。
彼女が唐突に不気味な表情で、こちらに向かってきたので、僕は思わずその迫力に一歩後退する。
すると、背中に何か壁のような硬いものが体にぶつかったようだ。
僕は驚きながら背後に視線をやった。
すると、そこには大理石で出来たような、白く美しい壁があった。
ーーいつの間にこんなモノが?ーー
「ーー何故、君は大好きなネコミミちゃんから激しいセックスアピールを受けているのにも関わらず、それを平然とスルーしているんだい?ーー」
瞬間、全身を巨大な毒蛇に束縛されて、今にも命を落としそうなほどの恐怖感に、僕は思わず息を飲む。
気がつけば、そこにあったのだ。
奇妙な微笑を浮かべた絶の顔が……目の前に‼︎
僕は身体中の血液が凍りついたかのような恐怖に思わず身震いを起こした。
……その問いには答えられない。
恐怖のあまり言葉が出てこなかった。たとえどんなに喉元から声を絞りだそうとしても、そこから吐き出されるのは生気を失った吐息のみ。
こうなってしまえば、もうどうしようもない。
絶の問いから数十秒ほどのわずかな沈黙が流れた。彼女は痺れを切らしたかのように、素早く手のひらで僕の首筋を捕える。
そして、万力に挟まれた物体がゆっくりとスクラップ状になっていくかのように、僕の首に彼女の指が食い込んでいく。
「ねえ? 今、君は僕のことを恐れているよね? 少しだけお遊びに付き合ってくれないかなぁ?」
「~〜~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ‼︎」
全く呼吸困難な、地獄のような苦しみに僕は思わず音をあげた。
「それじゃぁ、ゲームを始めよう。僕は今このように君の首をしっかりと握り締めている。その時、君の恐怖は自身の死への恐怖か、それとも僕への直接的な恐怖か。どちらが大きいでしょうか? 簡単なゲームだよね?」
いかにも愉悦に浸っているかのような、楽しそうな表情を浮かべて、弄びながら僕に問いかける。
正直なところ、こんな状況で口答を求めるというのは、どう考えても頭がおかしいとしか思えなかった。
何しろ、今の僕は喋るどころか、呼吸すら困難だ。
話を聞きたいならば、その邪魔な手を僕の首からどかす以外他にない。
その上で、この自称神様はこんな無茶な要求を僕に投げつけてくる訳だ。
どうやって、意思表示を示せばいい? 声を出す以外に何か他に方法はないのか?
しかし、あれこれ考える前に、僕は反射的に彼女の体を切り裂いていた。
僕は【絶代の大裁】を握り、彼女の体は紙吹雪のようにバラバラになっていた。
紙吹雪? 人が肉片一つ残さず、紙吹雪になることなんてあるのだろうか?
すると、バラバラになった彼女の体の一つ一つが蝶に変異し、一箇所に集まって神保絶が現れる。
「いやぁ、ようやく答えが出せたみたいだね。待ちくたびれたよ」
「ああ、恐怖についての話だったか? 理由のない恐怖ほど恐ろしいものはないと僕は聞いている」
「もしも、それが真実だったとして、それはただの方便だ。君は僕の事を恐れているという事実に目を背けたいがために、そんなことを言っているんだろう? 君はそうやって理由のない恐怖を自ら作り出して、僕への恐怖を相対化し、帳消しにしたいだけなんだろう? でも、そんなことは出来やしない。何故なら、それは自分に嘘を憑くことだからだ。そんなことをしたって無意味だよね? だって、いくら頑張ってみたところで、それが嘘だって自分に分かってしまうんだから。分かりきった嘘ほど無意味なものもないよ」
絶は自信に満ちた表情で、雄弁に語り始める。
いわゆる、哲学モードというやつだ。
彼女が一度、この種の熱を帯びてしまえば、自然に冷めるのを待つ以外に他に対処法はない。
「嘘だと思うか? だったら、それでもいいだろう。だが、一つはっきりさせておきたいことがある。僕はお前を微塵も恐れてはいない。僕が恐れたのは『死』への恐怖だ。死んでしまうことによって、もう二度とネコミミと過ごすことが出来なくなるのは心が痛むからね」
「君は自分が死ぬのが怖いと思うことに対して、今まで疑問に思ったことがあるかな? だって、考え方によっては人間は不死の存在で、何度も生き返るって言うじゃないか? それとも、自分は特別な存在だって過信しているのかな? だとしたら、それは間違いだ。君の命もそこらにいるアリンコの命も、宇宙規模で見ればみんな平等だから」
「ああ、平等だ。確かに宇宙規模で見れば、アリンコであれ、人であれみんな平等だ。でも、それは全体的な考え方にすぎない。たとえ誰の人生であれ、精一杯目標を持って生きている限りはどの人生も重要な意味を持っているんだよ。過大評価だか知らないが、自分の命にそれなりの価値を持って何が悪い? まず自分が自分に生きる価値を見出せなくては、その時点でその人生は無価値なものへと変わってしまうだろ?」
「言いたいことはよく分かった、だとしたら君の人生は何のためにあるのかな?」
「ネコミミを助けるためだと言ったら吹き出すか?」
「そうだねぇ、そうすることに何の意味があると思う?」
「可愛いからだよ。可愛いは正義だ。『可愛いは正義である』の7か条を教えてやる。
一つ、すぐ側にいるだけで幸せな気分になる。
二つ、ちょっと話してみるだけでテンションが上がる。
三つ、仕事を受けた時、相手が美人ならそれだけでモチベーションが上がる。
四つ、一緒にいるだけで全体が明るい雰囲気になる。
五つ、可愛い娘からの『ありがとう』は最高だ。
六つ、可愛いという存在自体が幸せエネルギーの塊だ。
七つ、可愛ければそれだけで世界を幸せに出来る。
色々突っ込みどころはあるかもしれない。だが、異論は認めないよ」
僕がいかに『可愛い』が重要であるかを真剣に話していると、話の途中で絶が吹き出してしまう。
正直なところ、それは無理もない話だった。
「あはは、まさか君にそんな価値観があったなんてね。笑いが止まらないよ」
そして、お腹を抱えながら、おもしろ可笑しそうに笑い出す。あまりにも笑いすぎて、涙まで出ていたが、しばらくすると、いつも通りの奇妙な微笑に戻っていた。
「わかった。君は今、ネコミミちゃんを助けたいんだね。それが君の今の大きな目標ということみたいだ。だったら、こんなところに長居している訳にはいかないね。早く大切な人の元へ行ってあげなさい。じゃあね、また会おう」
絶がそう言うと、急に僕の視界が真っ白に変わり始める。
徐々に彼女の姿は見えなくなり、僕の意識もどこかへ行ってしまったようだ。




