再会Ⅰ
ネコミミが何者かにさらわれて、それから僕は近隣にある森林の中を捜索しまわった。
しかし、どこを探し回ったとしても彼女の姿はなかった。
それは、時間に対する僕の捜索範囲に対して、あまりにも森が広すぎたというのと、暗闇で確かな視界を確保出来なかったからだ。実際、辺りを照らす街灯等は一切なく、夜空から降り注ぐ月明かりのみが唯一の光源だったのだから。
加えて、この土地周辺は僕が初めて来る場所だ。
今考えてみれば、状況は極めて最悪だったかも知れない。
広すぎる森に、暗闇の夜の世界。そして、初見の土地ときた。
運が良かったことといえば、せいぜい出くわすモンスターが小型のザコモンスターだったことくらいだろうか。そんなこんなで近くの森の中をがむしゃらに走り回って捜索していると、壮大な爆風のような音を耳にする。
その爆風から、僕は誰かが戦闘中であるということを瞬時に理解した。そして、その方角のほうに全速力で足を運んだ。
そこは、かつて先ほどネコミミと訪れた洋館だった。
気づけば、その洋館には堅牢な結界のようなものがあちこちに張り巡らされていて、第三者の立ち入りを完全に阻止しているような様子だったが、《絶代の大裁》の能力を以ってすれば、結界の対処はそう難しくなかった。
そうして、僕は状況に探りを入れるため、洋館の中に侵入したわけだ。
結果として、ネコミミの姿はなかったが、そこには何故か春香が倒れていた。
この傷だらけの様子からして、春香はこの場で何者かと戦闘を行い、そして敗れ、こうして仰向けになって倒れているのだと説明がつく。
ネコミミについて、何か知っているのかもしれない。そこは後で直接聞いてみればいいだろう。
――しかし、それよりも何故……?
僕は敵意をむき出しにした鋭い眼差しで、目の前にいる最強の女剣士――セレナ――に視線を向けた。
すると、セレナは困ったような微笑みを浮かべ、親しげな眼差しで僕の顔を見る。
「そんな怖い顔をしないでください。今回はあなたと戦うつもりはありませんから」
今回は……か。
何か深い理由でもありそうな言い方だな。
「僕も今ここで戦うつもりはないよ。ちょっと急ぎの用事があるからね」
言って、僕は春香をお嬢様抱っこの要領で抱きかかえると、その場で立ち上がる。
そして、一刻を争うかのごとく一歩を踏み出そうとした瞬間、唐突に紡ぎ出された彼女の言葉にその場で足を止める。
「それは、千河・ヴァン・キューレの件ですね。火渡レン?」
ヒヤリと額から変な汗が流れ落ちたような気がした。
ひょっとしたら、この件について彼女は何か知っているのかもしれない。
僕は彼女に質問してみることにした。
「何故、そのことを知っている?」
問いかけると、彼女は奇妙な微笑をこぼした。
「企業秘密……、そう私が答えた場合あなたはどうしますか?」
そして、勝気に満ちた大胆不敵な笑みで僕を見つめる。
「言葉が必要だと思うか?」
僕は手元に《絶代の大裁》を顕現させる。
その暗黒に染まった刀身は全てを呑み込むブラックホールのように、底が見えないくらいに真っ暗だ。
そして、その切っ先をセレナに向ける。
「大した自信ですね、火渡レン。私に勝てるとでも言うのですか?」
敵意をむき出し、臨戦態勢に入る僕に対し、それを嘲笑うかのような余裕な笑みをセレナは浮かべた。
「だとしたら……どうする?」
「ですが、私には戦う意志がない。そう言ったらどうします?」
「だったら、ラッキーじゃないか? こちらが一方的に手を下せるってことだろ?」
「なるほど、そう取りましたか……」
セレナは気難しそうな表情でそう言うと、眉を潜める。
「ですが、私は千河・ヴァン・キューレを助ける側の天使なのですが、それでもですか?」
千河を助ける……?
それは一体どういうことだ?
僕は彼女の言ったことに対し、反射的に頭を使った。
まず、目の前の状況を整理することを試みた。
それによって、どの情報が判断に必要か不要かを明確に分けることが出来るからだ。
そして、僕が頭を使って思考している間に、セレナは話を続けた。
「前回、私達が彼女を欲した理由……それは彼女の持っている《神秘の希望石》を保護するためです」
「保護するだと? 保護って言うには明らかに乱暴すぎたと思うがな。誘拐の間違いなんじゃないか?」
「《希望の神秘石》はとある世界権力に狙われている。それが彼らの手に渡ってしまえば、もう世界は終わりです」
「それで、その話は今回の件とどう関係があるんだ?」
「単刀直入に言えば、事態は最悪です。何故なら、《神秘の希望石》は連中の手に渡ってしまった。私達が彼女を保護しようと試みたのは、《神秘の希望石》を連中の手に渡らせないためです。しかし、それは失敗し、結局《神秘の希望石》は連中の手に渡ってしまいました。一刻も早く、彼らからそれを手に戻しておかないと、世界は全滅するでしょう」
なるほど……、そういうことか。
つまり、あの時ネコミミの誘拐に成功していれば、こんな事態にはならなかった。
しかし、最悪なことに、それは敵わなかった。結局《神秘の希望石》は連中に奪われてしまった。
だから、連中を一刻も早く倒しておかなければならない。
「全滅とは大げさだな。まるで悪の大魔王様でもいるかのような話じゃないか」
僕は彼女の変に焦った様子を見て、まるで『あなたは明日、死ぬでしょう』と怪しい占い師に宣告されたかのような気分になった。
「ええ、もちろん。いますよ、魔王は」
彼女は普段よりも強い口調ではっきりと言った。
そして、その美しい瞳に憎悪の炎を燃やした。
その瞳だけで、魔王との間に何らかの因縁があることを窺える。
「かつて、私の両親はその魔王によって殺されてしまったのですから」
それを聞いた瞬間、僕は思わず返す言葉を失った。
「悪夢を二度と繰り返してはいけない。そのために、私は千河・ヴァン・キューレを助けるのです。それで、火渡レン? あなたはどうします?」
「当然だ、僕も行くに決まっている」
そう言って、僕は武器の顕現を解いた。
「そうですか、それは決して楽な道のりではありませんよ? 運が悪ければ命を落とすかもしれない。そうであってもですか?」
「男に二言はない。さっさと行こう、奴らのアジトへ」
「そうですね、それが望ましい。ですが、残念ながら私には奴らのアジトの在り処が分からない」
「えっ!? それじゃどうするんだ?」
僕は驚き呆れると共に、彼女に提案を促した。
「さぁ、どうしましょう?」
しかし、セレナは逆に僕にこう問い返すのだった。
すると、セレナは急に真剣な表情になって、僕の抱えている春香を見た。
「火渡レン、彼女は?」
「ああ、僕の知り合いだ」
僕は手短に言って、それだけ伝えることにした。
幼馴染みだと伝えると、変に話がこじれるのは目に見えていたからだ。
「そうですか、彼女ならば何か知っているかもしれません。聞いてみましょうか」
「しかし、酷く負傷している。喋れる状態じゃないだろう」
「分かりました。私が彼女を治癒しましょう。それなら問題ないはずです」
「助かった、そうしてくれ」
僕はそう言うと、春香をゆっくりと床に倒した。
セレナは早速、治癒魔法に取り掛かり始めるのだった。
* * *
セレナの治癒魔法の手際良さは相変わらずだった。
数秒も経てば全身の傷は消え、やがて春香は目を覚ました。
春香は目を覚ますと、ハッとしたような驚いた表情で僕の顔を確認する。
そして……、
「レン!? レンなの!?」
ついに、急に行方をくらました少女の声を久々に耳にした。
「おう、久しぶりだな。春香」
僕の心の奥底から、どこか懐かしい感情が涌き上がってくるのを感じた。
そして、唐突に春香が僕の身体を抱きしめる。
少女の髪からただよう、鼻腔を穏やかにくすぐるような心地良い香り。
僕は、確かに目の前の少女があの幼馴染みの春香であることを再確認する。
「会いたかったよ、レン。一人で寂しかったんだからね」
「全く……、何言ってるんだよ。勝手にどっか行ったのはそっちじゃないか?」
春香はどこか嬉しげな微笑を浮かべた。
「相変わらずだね、その妙に嫌味な言い方も」
「お前こそ相変わらずだな、その裏表のない素直なところ」
僕は一体どんな顔をしているんだろう?
誰が見ても幸せそうな満面な笑みを浮かべているのだろうか? それとも、心から安心しきっているかのように落ち着いた表情でいるのだろうか?
「レン、本当に会いたかった。もう会えないと思ってた。私が消えてから、何年が経ったのかな?」
「2年だな。衝撃的かもしれないが、お前が消えたことを知っていたのは唯一僕だけだった。僕の両親はもちろんのこと、春香の両親ですらお前に対する記憶を失っていたよ。奇妙なことにな」
「うそ!? そんなことがあったなんて。そうかぁ……、もう2年が過ぎてしまってたんだ」
春香は俯いた表情でそう呟く。少女は悲しい瞳をしていた。
「2年間……か……、本当に長かったな……」
僕は心底感慨深くそう言った。
まさか、再開できるとは思ってもみなかった。当然だ、春香は何者かによって異世界へ連れて行かれてしまったのだから。なのに、たった2年間待つだけで、再開を果たせてしまう。
一体、僕と彼女の間にはどんな業が存在するのかについては定かでないが、きっと並ならない何かがあるに違いない。
「ところで、そろそろ本題に移らさせてもらえないでしょうか?」
僕と春香が奇跡と感動の再会を果たしているその脇で、セレナが申し訳なさそうな様子でその件を持ちかけてきたのだった。いくら感動の再開中とは言え、僕に断る理由は一切なかった。
そんな訳で、この後はセレナによる軽い質疑応答の時間に入るのだった。




