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異世界トリップⅢ

 僕は、肩を回したり、首を左右に動かしたりして自身の身体の状態を確認した。


 ……特に傷はない。


 当たり前だ、何しろ戦闘ダメージ無効がスキルが発動しているからな。

 だが、問題はこっちだ。


 僕は、彼女の方に視線を向けた。


 彼女の身体はすっかり傷だらけで、衣服もいくらか泥にまみれていた。

 そして、気を失ってその場に仰向けになり倒れ込んでいるのだった。


 ……全く、何て無茶なことを。


 僕は傷だらけの彼女の姿を見て深い嘆息をつく。

 何しろ、あの高さだ。


 いくら、彼女が悪魔だからと言えども、あの高さから落っこちてしまえばひとたまりもないに決まっている。


 なのに、彼女は空中から落っこちるときに、僕を離さないように力いっぱいに抱きしめて僕の下敷きの役割なんかを引き受けてしまったわけだ。


 当然、無事なはずがない。


 とりあえず、僕は彼女をおぶって近くの川辺に移動することにした。


 とは言っても、どこに川が流れているのかなんてことはこの辺りを歩いたことのない僕にはまるで分からなかった。


 そんな訳で、僕は20分間程度適当に歩き回って、川を見つけたわけだ。

 まあ、たった20分程度で見つけられてよかったと心底ほっとしているよ。


 どうやら、僕達は運良く川の近くに落っこちることが出来たわけだから。


 僕は近くの樹木にもたれかかるように彼女を座らせると、《トランス・テスラ》で出したタオルをまったく濁りのないきれいな流水に浸し、彼女の額にそっと置くのだった。


 僕は彼女の額にタオルを置いた瞬間、あることに気づいてしまった。



 か……、めちゃくちゃ可愛い。



 思わず、僕は彼女の顔をついつい覗き込んでしまうのだった。


 僕と彼女の顔の距離、わずか3センチ。


 何だろうか? よく見れば…………いや彼女の顔を見れば見るほどに本当に彼女の可愛さに吸い込まれそうになりそうだ。これは一体……何だ?


 本当に整った顔立ちをしている。


 彼女の目や鼻、口にかけての絶妙なプロポーションは、まるでフランス人形の日本版といった印象を受ける。


 すると、彼女は怖い夢でも見ていたかのように、閉じられていた目を急にパッと開けた。


 そして、無表情で僕の目に鋭い二本抜き手を繰り出すのだった。


 彼女の指が僕の目にめり込む。

 ……1センチくらい。


「ぐああ~っ! 目が目が!」


 僕は両目を手で覆いながら、だらしなくうめき声を上げた。


「あなたがあんまり近くに顔を寄せてくるからじゃないかしら?」


 彼女は冷たくそう言うと、額に乗せていたタオルを差し出した。


「まあ、元気になって何よりだ」


 僕はぶっきらぼうな笑顔を浮かべ、タオルを受け取った。


「元気? これのどこが元気だって言うのよ。体は全身傷だらけだし、衣服だってボロボロ、その上、羽はこんな状態でもう飛ぶことすらままならないじゃないの。もう最悪だわ」


 彼女は深い溜め息をついた。


 確かに見れば彼女の自慢の蝙蝠の翼もボロボロだ。おそらく、今日中はもう使い物にならないだろう。


「僕に二本抜き手をくらわす元気があれば十分だね」


 僕はそっぽを向いて、吐き捨てるように言った。


「それは、あなたが顔を寄せてくるからでしょ。もう本当に最悪よ!」


 彼女は見るからに不機嫌そうにホッペをぷくーっと膨らませた。


 どうやら、今の彼女は本当に不機嫌なようだ。


 僕を異世界に連れてきたかと思えば、急に敵に襲われ、衣服はボロボロで、体も傷だらけだ。


 その不機嫌になる気持ちも分からなくはない。


「ところで、一つ気になるんだが、何故あの時僕をかばったんだ?」


 僕は彼女の側にゆっくりと腰を下ろした。


「それは、あなたが最小限のダメージで済みますようにという私のささいな心遣いからよ」


 彼女は自慢げな笑みを浮かべて言った。


「えっ、そうなのか!? 実は僕……戦闘ダメージ無効スキル持ちで落っこちても無傷だったんだけど」

「嘘でしょ!? そんなの聞いてないわ!」

「まあ、守ってくれてありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」

「騙したわね! よくも、私を騙したわね! レンが事前にそのことを私に話しておけば、私はこんなボロボロにならずに済んだのに……」

「いや、どちらにしろ、あの高さから落っこちればこうなるだろ」

「それ以前に、さっきのは私とあなたが逆だったらこうはならなかったのよ。リセット! もう一回さっきの場面にリセットするのよ!」

「出来るか! でも、確かにその通りだ。僕があの時逆の立場だったら事態はもっとマシになっていたというのは事実だしな。ネコミミ」

「ネコミミ……それって私の名前じゃないわよね?」


 彼女は緋色の瞳をギラリと怪しく輝かせた。


「いや、お前しかいないだろ? ネコミミは?」


 僕は挑発するかのように軽く言った。


「訂正しなさい! 今からならまだ遅くないと思うわ」  

「止めとけ、傷だらけの癖に。まだ、そんな元気ないだろ?」

「あとで覚えておきなさい」

「仕方ないだろ。お前の名前、俺はまだ知らないんだから……」


「そういえば、自己紹介を言い忘れていたわね。私の名前は千河ちか・ヴァン・キューレよ。分かった?」

「長いな、やっぱネコミミで」


「あーっ、もう! あとで覚えておきなさい! 絶対に殺してやる!」


 千河・ヴァン・キューレことネコミミは両手をばたばたさせながら、せわしない様子で言った。


「分かった、分かった。全く……、本当に感情豊かなNPCだ。NPCらしくないったらありゃしないな」


 何となくポツリと呟いた僕の独り言に、ネコミミは眉をひそめた。


「えっ!? 私、NPCじゃないわよ。というより、レン? あなた、まさかとは思うけどここをゲームの世界だと思ってないかしら?」

「えっ、そうだろ!? 普通に考えて」


 ネコミミは俺の何気ない回答に、呆れ果て深い溜め息をつく。


「違うわ! ここはゲームの世界なんかじゃない! ここは異世界エマニドレフ。あなたの元いた地球が現実世界であるのと同じように、ここは私達、悪魔や神、人間が住んでいる現実世界なのよ」


「なるほどな。でも、何故僕はゲームのデータをこの世界で普通に使えているわけなんだ?」


 僕はどうにも納得のいかない表情で尋ねた。


「それは、私があなたをゲームの世界から異世界へ直接移送したからよ。だから、あなたはゲーム内のデータをこの世界で使えるようになっているわけ」

「んーっ……、どうせ小難しいことを考えても無駄そうだし、大方真実だと受け止めておくしかなさそうだな。8割方信じておこうか」

「残り2割も疑われても困るのだけれど」

「決定的な証拠が欲しい」


 僕がそう言うと、彼女は小難しい表情で考え始めた。

 そして、それから30秒が経過すると、彼女は自信に満ちた表情でこう提案するのだった。


「それなら、あなたの《トランス・テスラ》でゲームからいつものようにログアウトしてみればいいじゃない? これがゲームなのだとしたらログアウト出来るはずよ」

「分かった、やってみよう」


 僕は言葉短く答えると、ポケットから《トランス・テスラ》を取り出した。


 そして、いつものように手馴れた手つきでボタンを押して、視界にゲーム画面を表示させて【ログアウト】のコマンドをタッチしようとする。


 すると、僕の目の前に信じがたい光景が映し出されるのだった。

 何故なら、そこにはいつもは【ログアウト】とコマンド表示されている場所に【ログイン】というコマンドが表示されているからだ。


 僕は目を疑い、眠たそうに目元をこすると、もう一度だけ目の前のコマンドを見直した。


 だが、その光景は以前と【ログイン】のままだった。


「これで、少しは私の話を信じる?」


 ネコミミはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


「確かに、これはゲームの世界ではなさそうだな。信じることにするよネコミミ」僕はやれやれと言うふうに、首を振る。「だとしたら、ひとつ疑問が残る。これはゲームのキャラクターだからということで片付けていたことだが、そうでないということで急に納得が出来なくなったことだ。何故、初対面の時にお前は僕の名前を知っていたんだ?」


 ネコミミは少し考え込むような表情を見せると、おどおどした調子でこう呟く。


「妖占術って知ってる?」


 ヨーセンジュツ……?

 何だ、それは?


 聞き覚えのない言葉に、僕は首を振る。


「特殊な水晶を使った占いの一種よ。意外と知らなかったのね」


 ネコミミは僕を小馬鹿にするように軽く言うと、人差し指で僕の鼻をツンと押して、穏やかな微笑を浮かべた。


「へえ、妖占術か。さっきの天使の群れにしろ、この世界は本当に面白いな。僕の世界と大違いだ」

「でも、あなたの暮らしていた身の回りの世界は戦いがなくて平和じゃない?」

「いや、何も変わらない日常。いつも同じことの繰り返し。特に何ら変わり映えのない生活循環。退屈だよ」


 ネコミミは少しだけ驚いたように大きく目を見開くと、


「虹はね、遠くからは見ることが出来ても近くからはなかなか見えないものなのよ」


 と、ボソリと呟く。


「私はこんな戦いばかりの世界は嫌よ。一刻も早く、戦いなんてなくなって欲しい。そのために、私はこの妖占術を使ってあなたを探し出したのだから。水晶はあなたを最も神にふさわしい人間であると判断したのよ」


「……だが、僕には神になる資格、または神としての資質なんてあるとは思えないが」


 彼女の期待のこもった言葉を僕は冷たく受け流す。


 何しろ、僕は学校でもボッチだし、挙句の果てにはオンラインゲームですらボッチだ。


 そのうえ、重度のゲーマーで引きこもり体質である。


 そんなつまらない人間である自分自身に、神としての資質がどこにあるというのだろうか? 


そんな疑問を抱きながら、ふとこんな疑問が僕の頭の中に浮かんだ。


「でも、どうやったら神になれるんだ?」


「この世界では神や天使はセイント、悪魔や妖怪はダークネス、人間や妖精、聖獣はクリーチャーという区分に分けられているのだけれど、セイントから一人、ダークネスから一人、クリーチャーから2人の4人パーティを作らなければならないのよ。そして、神を決める聖祭クアトロ・デイにさっき作ったパーティで参加し、バトルで勝ち残ったパーティの4人が神になるのよ」


「何だ、バトルに勝ち残るだけでいいのか。意外と簡単そうだな」


 僕が余裕そうな表情で言うと、ネコミミはその様子に眉を少しだけひそめた。


「その勝ち残るということが一番難しいのよ、レン。もしも、簡単だったなら誰でも神様じゃない」


「誰でも神様? それは嫌だな。でも、やっぱり僕はこの世界に来てよかったよ。僕としてもゲームの強さがそのまま社会的ステータスにつながるような世界を望んでいたからな。それで、神になることはメチャクチャ難しいんだよな?」


 僕は不敵な笑みを浮かべた。


「そうね、とても難しいわよ。このボーナスステージ、あなたはクリア出来るかしら? 詰みゲーになるのじゃない?」


 ネコミミはあざけるような笑いを浮かべて尋ねた。


「そうこなくちゃ面白くないね。乗ったよ、このゲーム! 僕が見事に攻略してみせようじゃないか!」


 僕は興奮気味になって叫んだ。


「これであなたも私のパーティ確定ね。よろしく、レン」

 ネコミミは親しみのある表情を浮かべ、僕に手を差し出した。


「ああ、よろしくネコミミ」


 僕は表情の固くなったぶっきらぼうな笑顔を返して彼女の手をとる。


 笑顔って結構難しいな。

 やっぱり、僕みたいな反社会的な人間には笑顔なんてきっと似合わないのだろう。


 何て僕は少し落胆してみたり。


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