表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/48

異世界トリップⅡ

 かと思えば、少女は口元に手を当てて、面白おかしそうにクスクス笑いを始めるのだった。


 僕はその少女の不可解な行動に思わず眉をひそめた。


「とは言っても、ボーナスステージの達成条件は私を倒すことじゃないのよね」

「と言うと?」

「ねえ、あなた? 神を目指してみない?」


「悪い、ますます分からないんだが……」


 僕は目の前の電波なことを言う少女に、呆れ半分のため息をつく。


「どうかしら、あなた? 今の生活は退屈でしょ?」


 少女は僕に穏やかに微笑みかけながら、児童を相手にするかのように優しく語りかけてくるのだった。


「それは、否定しない」僕は何の躊躇いもなくキッパリと言った。「だが、それが何だ? これから話すことに何か関係でもあるのか?」


「せかさないで! 物事にも順序ってものがあるんだから。それじゃ、あなたはこちらの世界を捨てるのは怖くない?」

「怖くない」


 僕はまたもや、何の躊躇いもなく答えた。


 別にこの世界に未練なんてないよ。特に親しい友達がいるわけでもないしな。


「本当に? これはつまり、あなたのこれまで知り合った人との関係を全て断ち切ることなのよ? この選択をしてしまえば、もう学校の友達や家族、両親にも会えなくなるのよ?」


 家族や両親にも会えなくなる?

 一体どういうことだ?


「僕はそれはそれで構わないんだが、家族や両親に会えなくなるというのは一体どういうことなんだ?」


 僕は疑問に頭を抱えた。


「それは、あなたが今からこの世界とは全く別の世界である異世界に旅立つからよ。だから、それ相応の覚悟をしてもらいたかったわけ」

「それは、僕の今のゲームの戦闘ステータスで異世界に行けるってことか?」

「そういうことよ」

「なるほど、そういうことか。ところで、俺がその呼びかけに応じなかったとしたら、武力行使で強制的に拉致ってたってことでいいのか?」

「さあ、どうかしらねぇ」少女は切れ長の目を細めた。「まあ、何してもある程度手間が省けてよかったわ」

「おいおい、早とちりは困るぜ。僕はまだ行くなんて一言も言ってないんだからな。一つ質問に答えてもらおう」


「いいわ、何でも」


 少女は不敵な笑みを浮かべた。


「その世界は面白いか?」

「えっ……、それだけ!?」


 僕は無言のままコクリと頷く。


「面白いわ、とっても。でも、いいの? その世界に行ったらもう2度と家族や友人とは会えなくなるのよ?」

「現実世界に帰れなく寂しいだって? そんな考え反吐へどが出るよ!! 現実世界じゃ出し切れないゲームのデータを存分に引き出せる上に、さらには、ゲームの強さそのものが自分自身の社会的なステータスになるんだよ? 最高の世界じゃないか!!」

「ふーん、そこまで言い切るなら、もう止める理由もないわね。行きましょう、異世界へ」


 

 * * *



 涙ぐましく澄み渡ったセルリアンブルーの晴天に、わたがしのようにふわふわしてボリューム感のありそうな大きな積乱雲がいくつか気持ち良さそうに浮かんでいた。見上げる太陽の角度から判断するに、今はおそらく昼に違いない。


 辺りは生い茂った木々に囲まれ、舗装の施されていない幅広い砂利道じゃりみちの上に僕達は立っていた。砂利道には雑草があまり生えておらず、なかなか手入れされている印象だった。


「ようこそ、異世界エマニドレフへ!」


 少女は満面の笑みで僕を迎えた。

 よほど気分がいいのか、黒い猫の尻尾をあちらこちらとふらふら揺らしている。


 あれ、動くんだな……。

 どんな触り心地だろうか? 

 触ってみたい。

 触ってみたいぞ、僕。

 でも、触ったら殺されそうな気が……。

 いやでも、それで美少女に殺されるなら、それはそれで本望か。

 でも、尻尾を触ろうとしたことが死因って、電車で痴漢して殺されるのと一緒だしなあ。

 やっぱ、止めとこう。


 そんな時だった。

 周囲の草むらから、かすかな足音を僕は耳にするのだった。


 それに反応したのか、彼女の黒い猫耳がレーダーのように敏感にピクピクと動く。


「……囲まれてるよ」


 僕は溜め息混じりに呟く。


「そのようね」


 彼女は血相を変え、深刻そうな表情で言った。


 そして、注意深く左右に目をやった。

 すると、周囲の草陰や木の裏から5名ほどの天使が姿を現す。


「ようやく、追い詰めたぞ! 猫神と吸血鬼の混血児ぃぃぃ!」


 中でも一番ガタイのいい、顔中に髭を生やした一番還暦のありそうな目尻にしわを刻んだオッサン……失礼、天使が威勢よく声を上げた。


「まずいわね! 一旦、ここから逃げるわよ、レン!」


 少女は悪魔の翼を生やし、滑空しながら俺の側を訪れると、お嬢様だっこのように俺の身体を抱えて、翼を素早く羽ばたかせながら一気に真上へと急上昇する。


「逃がしはせん! 捕らえよ、我が進軍!」


 天使達は、白鳥のように真っ白な羽を思い切りよく羽ばたかせ、彼女の跡を追った。


 だが、互いにスピードが拮抗し、天使達は彼女を捕まえることは出来ないようだ。


 真っ先に、羽を広げて飛んだアドバンテージはなかなか大きなものだったということらしい。


 このままでは、彼女に逃げられてしまう。


 そう判断した天使達は、滑空しながら無数の閃光弾を彼女に浴びせた。


「ま……待て! あんなの卑怯だろ!」


 無数の閃光弾が降り注ぐ雨のように絶望的な攻撃レンジを持って、僕達に襲い掛かる。


 僕達は避けきれるはずもなく、閃光弾が彼女の翼に直撃し、高度300メートル以上の場所から地面にそのまま落下してしまうのだった。


「よくやった! これは勲章物だぞ!」


 さきほどの毛深い天使が勝ち誇ったかのように歓喜の高笑いを上げた。

 さらに、彼の目元には深い皺が刻み込まれる。


「どうしますか? 追いかけましょうか?」


 5人の天使のうち、最も小柄な体格をした女性の天使が慎重な表情で彼に尋ねた。だが、小柄とは言ってもおそらく170センチ近くはあるだろう。


「いや、もう十分だ。奴らが落っこちた森には危険な動植物がそれこそうようよいやがるからな。これ以上、奴らを追っかけようものならこちらもそれ相応のリスクを伴うことになる。なあに、心配はない! あそこに入り込んで生きて帰ってきた者はおらんからな。ほら、分かったら早く城に戻ろう。主が待っている」


「分かりました。では、そう致しましょう」


 天使はそう言うと、無表情のこわばった顔にわずかなえくぼを加えた。  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ