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honey×sweet×honey  作者: ひめきち
第1章 迷子
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1-2

 結論から言うと、人に会うまで丸一日掛かった。



◇◆◇



 草原からひたすら歩き続けること数時間。

 偶然小川に巡り合っていなければ、多分私は途中で力尽きていたと思う。浄化されてない水なんて飲めないよ~と最初は思っていたけれど、結局は喉の渇きに負けた。流れる草の葉や細かいゴミを避けて、コップなど勿論無かったので両手で掬って飲んだ。当たり前だが自宅の水道水とは違ってカルキ臭が微塵も無く、むしろミネラルウォーターに近い味わいがした。一度口を付けてしまえば抵抗感も薄れ、あとは空腹を誤魔化すために何度も飲んだ。

 何処の場所でも生活には水が不可欠だ。川下にはきっと人が住んでいるに違いない。私は目指す方向を大幅には変えずに、なるべく小川寄りのルートを選んだ。

 水分を取れば生理的欲求がやってくる。屋外でなんて絶対無理! トイレットペーパーはどうするの!? と数時間は我慢していたけど、極限状況に追い込まれれば人間何でも出来るんだと知った。生水を飲んでお腹を壊すんじゃないかと心配していたが、幸いにもそれはなくて一安心。流水だったのが良かったのかな? 

 我ながら甘やかされて育った典型的な一人っ子だと思っていたけれど、まがりなりにも適応サバイバル能力あったのね、と変な所で自分に感心した。


 それでも、誰とも会えずに日が暮れてしまった時にはガチで泣きそうになった。

 本当の意味での野宿なんて、生まれてこの方一回もした事ない。家族でキャンプに行った時にはテントも寝袋もあったのに、今の私は着の身着のまま、何も持っていないのだ。


 映画なんかではこういう時、獣に襲われないように焚き火をしたり、木の上で眠ったりするみたいだけど……。

 火種も無いのに火を起こすなんて、私には絶対無理だ。木と木を擦って種火を作る方法、あれ、小学生の時に体験学習でやったけど、それなりの知識と準備が無いと素人にはまず不可能だからね。大体こんな場所で火を焚いたりしたら簡単に草原に延焼してしまいそう。うん、焚き火案はまず却下だ。

 次の案だけど。私は木登り出来ないし、これも無理かな。その上寝相も悪いから、枝の上で眠って落ちないでいられる自信も無い。そんなことになったら大怪我だ。本末転倒過ぎる。第一、周りを見回しても木が無いんだからしょうがない。


 ええい、ままよ。

 私は川縁から距離を取ると、じかに草原に寝転がった。半ばやぶれかぶれだった。長時間歩き続けて足は棒のようだったし、お腹も空いて力が出ない。とっくに限界だったのだ。昼間の熱が残っているのか、意外と地面は温かい。横になった途端、気絶するように私は眠りに落ちた。



 翌朝目を覚まし、"全部夢だった"というオチが来ることに一縷の望みを抱きつつ跳ね起きたが、やはり私のいる場所は見知らぬ草原のままだった。

 私は溜息を吐いて空を見上げた。晴天の中に白い雲がぷかりぷかりと浮かんでいる。雨に降られでもしたらますます悲惨さに磨きがかかるだろうから喜ぶべきなのだが、私の気持ちとは裏腹の好天気にやるせない怒りを覚えた。

 太陽の位置が結構高い。昨日の疲労でどうやら私は寝過ごしたようだ。2日目の中間テストは諦めるしかなさそうだった。

 「あーあ、追試か……」

 私は急にやる気を失って、地面に手足を投げ出した。


 比較的暖かい夜だったとは言え、羽織りもの一枚も無かった野宿のせいで喉の奥が少し痛む。風邪っぴきの前兆だ。その上、首と肩がバリバリに凝っているし、両足は筋肉痛を訴えていた。空腹過ぎて吐き気と眩暈もする。

 携帯を再確認したけど未だ圏外のままで、メールも電話も新着は一件もなかった。電池切れが怖いので電源を落としておいた方が良いとは分かっていたが、万が一何かの拍子に電波が届くのではないかと思うとスリープモードを解除する事は出来なかった。一番最後のメールは昨日の昼過ぎ、ママからのものだ。


 ……そうだ。きっと両親が心配している。

 無断外泊なんて今までした事ないもの。パパもママも一睡もせずに私を探し回って、連絡を待っているに違いない。もしかしたら警察に捜索願を出しちゃったかもしれない。こんな所で諦めている場合じゃないんだ。


 私は緩慢な動作で起き上がった。

 ……私の身体って、こんなに重かったかなぁ。

 自分の贅肉が憎い。


 ああ、ママのご飯が食べたい。

 今ならダイエットメニューでも文句なんか絶対言わない。

 苦手な生野菜さえも美味しく感じられるんじゃないだろうか。


 小川で喉の渇きを潤してから、私は思い切って足元の雑草を齧ってみた。

 「……うぇ」

 エグイ。慌てて口の中身を吐き出す。駄目だった。野菜嫌い云々ではなく、到底食べられたものじゃない。もう一度水を掬って心ゆくまでうがいをしてから、私はまた歩き出した。


 歩き、休み、水を飲み、また歩いた。


 黙々と歩きながら考える事はといえば、帰ってから何をしたいか、だ。

 まずお腹いっぱい何かを食べる。それからお風呂に入って、ふかふかの布団で眠りたい。

 テストの事はとりあえずまた後で考えよう。

 私がうちに帰ったら、きっとママは、もっと小さかった頃のように抱き締めてくれるだろう。もしかしたらパパも、ママごと私を抱擁してくるかもしれない。普段なら恥ずかしくて嫌がる所だが、今の私は少し照れながらも受け入れるだろう。というか、家族に会いたくてたまらない。


 つくづく私は甘やかされた一人娘で、まだまだコドモな中学生なのだ。

 普段は"私はもう大人よ!"と言うし、実際そう思ってもいたけれど、いざ親の庇護下から放り出されると自分一人では何一つ出来ない事に気が付く。清潔で安全な暮らし、満喫していた豊かな食生活。そして何よりも、溢れんばかりの愛情を両親から注がれていた。昨日までの私が当たり前のように甘受していた幸せ―――その象徴のように、甘い甘いお菓子が脳内をちらつく。

 ああ、そうだ! お菓子が食べたい!!


 足の裏の感覚が無くなるほどに歩き続け、茂みが徐々にまばらになり地面が剥き出しになってきた頃、私は前方にたなびく煙を見出した。


 人がいる!


 気持ちはいたが、意図せぬ断食の所為で、足取りの重さはあまり変わらなかった。目的に向かって真っすぐに歩く事すら困難だった。亀が這うほどのスピードで私は進み、地平線へと日が沈みかけた頃、ようやく人里に辿り着いた。



 あれ? と思ったのはその時だ。



 もっと寂れた集落を予想していた割には、意外と大きな街のようだ。

 遠目で見ても、異国風な建物が多い。知っている中だと、イスラム様式に近いかもしれない。遠方から気が付かなかったのも道理、街の中央に位置する大きな建物一つだけを除いて、ほぼ平屋の比較的低い建物ばかりが並んでいた。

 テイストはちょっと違うけど、街全体の建築物の雰囲気を統一された感じが、ディ○ニーランドや、修学旅行で行ったハウス○ンボスを彷彿とさせる。でも、日本にこんな感じのテーマパークあったかなぁ? 私が知らないだけ?

 しかも街並みをよく見れば、新興施設にありがちな『外国風な新築』ではなく、年季の入った建物ばかりだ。ということは、出来たてのテーマパークではなく、昔からある街並みなのだろうか。

 まあでもそういう土地柄なのかもしれないよね。長崎とか、神戸の異人館、横浜の中華街みたいな?


 人の住んでいる場所ならば、と思ってポケットの中の携帯を再度確認したけれど、表示はやはり圏外のままだった。

 この規模の街でアンテナ立たないとか、おかしいんじゃないの? ああもう、うちに帰れたら絶対に衛星通信のやつに替えてもらおう!!

 取り敢えず人だ! 人さえいればいい! 尋ねながら公衆電話を探すか、頼み込んで固定電話を借りるんだ。少し恥ずかしいけど、交番に保護してもらうって手もある。

 私は街の中に足を踏み入れた。


 そして、愕然とした。


 道行く人々が、明らかに日本人ではなかったのだ。

 アジア系でもヨーロッパ系でもない。深い顔の彫りと体格からして、アラブ系の人種に近い気がした。多数を占めている髪の色は黒で私と同じだったが、たまに金髪や茶髪の人もいる。肌は皆私より浅黒く、衣服はゆったりめ。女性は顔を布でほとんど隠し、男性は一枚の布を帽子のように被って黒い輪っかで留めて垂らしている。

 話している言葉は耳慣れないものだった。英語なら義務教育のおかげでヒアリングくらいはなんとか出来る。でも違う。イントネーションから判断するに、中国語でも韓国語でもない。もしかしたら見掛け通りアラブの方の言語を使用しているのかもしれないが、悲しいかなアラビア語に造詣が深い訳でもないので、私には判断がつかなかった。


 立ちすくむ私の背後から、ガラガラという騒音と振動、そして男の罵声が聞こえてきた。意味が分からないなりに嫌な予感がして、私は道の端に飛び退く。先程まで私の立っていた場所を、御者台の男が口汚くがなり立てながら、一頭立ての馬車が通り過ぎていくのが見えた。


 ……え?

 馬……というより駱駝ラクダだったよね、今の。

 駱駝ってあんな猛スピードで走るものだったっけ?


 人の容姿にばかり気を取られていたが、改めて街中を見回すと、駱駝馬車が数台走っている事に気が付く。それ以外の人々は皆徒歩だった。

 一度気付くと、色々と目に飛び込んでくる。信号が無い。横断歩道が無い。公衆電話も勿論無い。車やバイク、自転車すらも無い。電柱が無い。看板が無い。歩道と車道が分けられていない。アスファルトじゃない、石畳の街。


 何、ここ。映画の撮影? もしくは、やはりどこかのテーマパークだったのだろうか? それにしてもスタッフらしき日本人がどこにも見当たらないなんて有り得るの?

 それとも、日本のどこかにいるとばかり思っていたけど、私は何かの力で外国に飛ばされていたのだろうか? アラブ圏だってドバイとかは日本の地方都市より今やよっぽど大都会だというのに、言葉の通じない、それも中世ばりの文明しかないような所に?


 どうして?

 どうやって?

 そもそもなんで私が?

 ここは一体どこなの!?


 ……やだ。

 ホントやだ、どうしよう。頭がこんがらがって訳が分からない―――泣きそうだ。


 

 


 


 

 

 

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