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honey×sweet×honey  作者: ひめきち
第1章 迷子
2/8

1-1

 「どこ、なの、ここは……」


 私の唇から自然と洩れたその言葉は、自分の耳で聞いてもかなり途方に暮れた色をしていた。


 立川たちかわ宝花ほうか、15歳。

 只今絶賛迷子中。



◇◆◇



 事の始めから思い返してみようと思う。


 まず今日は、中間テスト1日目だった。

 学校は午前中で終わり(今日の試験科目は2教科だけだったからね)、明日のテスト勉強のために部活も休みだったので、私は友達と共に下校した。

 ちなみに私はテスト直前は一人で勉強する派だ。友達と一緒に勉強会っていうのは楽しいけど、結局お喋りに終始してしまう。そういうのは本番一週間前とかの、まだまだ余裕のある時にするものだ。テスト前日なら、ひたすら復習して暗記。一人で勉強した方が効率が良い。

 そういう訳で友達とは帰宅途中で別れ、私は一人で自宅に帰った。


 「ただいまー」


 癖でつい声に出してしまったが、ママはまだ仕事のはずだった。玄関の鍵も自分で開けたので家族が不在なのは間違いない。無人の空気だけが私を出迎えてくれた。私は荷物を自室に上がる階段の手前に置くと、そのままダイニングに向かった。今日は給食も無かったので腹ペコだ。


 「ごはん何かな~……っと」


 食卓を見ても何も置かれていない。

 あれ? と思いながら台所に向かう。調理台にもIHにも、私の昼食用に準備された品は見当たらなかった。念のために電子レンジの中も、冷蔵庫や冷凍庫の中身も確認したけれど、調理せずに食べられそうなものは、私の苦手な生野菜と生卵くらいしかなかった。

 うちのママはフルタイムで働く兼業主婦な割に、料理好きでまめだ。チンして食べる冷凍食品や、お湯を注ぐだけのインスタント食品は、普段家にストックされていない。そんなママに甘やかされて育った一人娘の私はと言えば、料理の才能ゼロ、担当は試食のみ、という女子力の低さだ。

 だからテスト期間中の私の昼食は、ママが作り置いてくれているのが常識だったのに……。

 

 「ええ、ごはん無いの~!?」

 慌てて携帯を確認する。数分前にママからのメールが入っていた。


 【宝花ちゃんごめん、今日テストで早く帰ってくる事忘れてたわ! 悪いけど、コンビニか何かで自分で買って食べておいてね】


 「ええ~……」


 ぐうぐう鳴るお腹に最初は不満の声を上げた私だったけど、次第に口元がにんまりと綻んでいった。

 考えようによっては、これはラッキーじゃない? 滅多に食べられないコンビニごはんが買えるのだ。『栄養が~』『バランスが~』ってうるさく言うママがいないんだから、ついでにお菓子も買っちゃおう。新商品全種類制覇しちゃってもいいな。

 代金は後でママに昼食代として請求すればいいし。

 これは行くしかないでしょう!


 手早く制服から半袖Tシャツとジーンズに着替えて、徒歩数分の場所にある最寄りのコンビニに向かう。わざわざ着替えたのは、登下校中の買い食いが校則で禁止されているからだ。言いつける人なんてそうそういないだろうと思ってはいても、無意味に危ない橋は渡りたくない。これでも私、中学では品行方正な生徒で通っているのだ。


 何を買おうかな。

 お肉ガッツリ入っている系がいいな。コンビニごはんってたまに食べると美味しいよね、味が濃くて。最近夕食がヘルシーメニューばっかりだったから、物足りなかったんだよね~。


 実は。

 先日の身体測定の結果、『あなたのお子さんは高度の肥満傾向にあります』というお知らせが来た。小学生の頃から毎年指摘され慣れている言葉に、今までは、

 「失礼しちゃう。宝花ちゃんはふっくらしているだけよね。女の子はその方が可愛いんだから」

 「最近はポッチャリ系女子が流行っているらしいわよ!」

 「宝花ちゃんはこれから縦に伸びるのよね? なんてったって成長期なんだから」

 と取り合わなかったママが、昨年から1センチも伸びていない私の身長に気付き、どうやら危機感を覚えたらしい。このままでは生活習慣病まっしぐらだと、遅まきながら強制ダイエットが始まったのだ。


 ……え? 私の体重?

 3桁は無いよ、無いけど……うん、2桁の終盤辺りかな。ポッチャリでは済まされないレベルだって、自分でもよく分かっている。気付いていなかったのはちょっと前までのママだけだ。親の欲目って恐ろしい。


 私は、食べる事が好き。

 ごはんも好きだけど、お菓子、特に甘いものに目が無い。

 だと言うのに最近はお菓子までもが制限されていて鬱屈が溜まっていた。その分、今日はパァーッと散財してしまおうと思う(多分後で全額返ってくるし)。それもこれも、ダイエットしろと言いながらママがお昼ご飯を準備してくれてなかったのがいけないのだ。腹が減っては戦は出来ぬ。甘いものは脳にいいって言うし、さっさと食料確保して、テスト勉強するぞー!


 そう思って歩いていると、コンビニまでのいつもの道が、道路工事の立て看板で塞がれている事に気が付いた。


 【工事中、通行禁止。迂回路へお回りください】


 記載されている迂回路の地図は、だいぶ遠回りになっていた。


 ええ~面倒くさい。ここさえ突っ切れば、コンビニ、もう目と鼻の先なんだけどな……。


 私は、伸びあがって看板の向こう側を覗いてみた。工事中とは書かれていても、道路自体には穴も開いてなければ作業員もいないし機械類も設置されていない。お昼休みか何かなのかな? どうやら工事はまだ始まっていないみたいで、何の変哲もないいつも通りの路面だった。

 そこで私は素早く周囲を見回して人通りの無い事を確かめると、看板の向こう側へ身を滑らせた。この隙にチャッチャと通り抜けちゃおうと思ったんだ。だって本当に、目的のコンビニはすぐそこだったから。

 数歩、進んだ時だっただろうか。

 目の前の景色が突然ぐにゃりと歪み、貧血でも起こしたのかと思ったけどそれは一瞬で、瞬きした時には視界は正常に戻っていた。

 ―――ただ、目の前に広がる景色が、見慣れたご近所とは全く違う、初めて目にする場所だったっていう点を除けば。


 住宅街の一角にいたはずの私が、次の瞬間には見知らぬ平原の真ん中に立っていた。

 360度、見渡す限り草原。民家もビルも、およそ人口の建造物というものが見当たらない。地平線の辺りに木々らしきものが微かに見えるだけだ。遮るものが無いせいか、やたら風通しが良い。踏みしめていたはずのアスファルトは、青々とした草の生い茂る土に変わっていた。BGMよりも気にならなくなっていた都会の生活音、車の通る音がすっぱりと途切れ、代わりに聞こえるのはそよそよと風になびく草花の音。人の気配は全く無い。

 ハッと気付いてジーンズのポケットから取り出した携帯は、無情にも圏外だった。




 ……うん、回想してはみたけれど、やっぱり意味が分からない。

 私は大きく息を吸って叫んでみた。


 「ここ、どこ――!?」


 

◇◆◇



 体感で二時間近く平原の中で待っていたけれど、人っ子一人通らなかった。


 何故ここにいるのか。

 どうやってここに来たのか。

 どこに行けばいいのか。


 私には何一つ答えが出せない疑問ばかりが浮かんだが、確かなのはここにいても埒が明かないだろうという事だけだ。昼食を食べ損ねたお腹は空き過ぎてもうグウとも言わない。とにかく誰かに会って、食べ物と水を手に入れないと。今は差し迫ってはいないが、そのうちトイレにだって行きたくなるだろう。あまり呑気にはしていられない。


 こういうの、神隠しって言うんだろうか? それとも一般人対象の壮大なドッキリ?

 我が身の不運を呪う。本人も知らない気付かないうちに、遠い場所(多分)に勝手に移動させられて……。どちらにしてもいい迷惑だ。


 現実離れした不可思議な現象は、テレビや小説、漫画の中なら面白いけど、自分の身に実際に起こると全然楽しくない。まして中間テストの最中とか。明日のテストには苦手な数学もあるというのに、ホント勘弁してほしい。

 携帯の使える所に出るか、どこかで固定電話を借りるかして、家族に連絡を取ろう。中学生の間は駄目だと、私の携帯のおサイフ機能は両親によってロックされている。手持ちのお金はそう多くない。後払い出来そうな乗り物と言えばタクシーくらいしか思いつかない。近場にこんなだだっ広い平原があった記憶はないし、車で帰れる距離だといいのだけど。

 この分だと明日の3科目は一夜漬けになりそうだ。くっそ最悪。


 進むべき方角を考えていたら、遠くの空に細く立つ煙が見えた気がする。白煙はすぐ雲に紛れて確認できなくなってしまったけど、煙のあるところには人がいるっていうよね?


 「ええい、女は度胸!」


 私は思い切って一歩を踏み出す。

 悩んでも仕方の無い事は考えない。大事なのは一度決めたら迷わない事。途中で諦めない事だ。

 どうか空腹で倒れる前に人里に出れますように―――そう祈りながら私は歩き始めた。




 

 

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