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▽2

 アカツキは凝った片開きの扉が十ほど並んだ先、片側二車線の十字路の中程で足を止めた。来た道と辺りと手元の地図を見比べ、ゆっくり空を仰ぐ。

 真四角の巨大なガラス張りが、周りのビルと比べて遜色ないほどの高さにそびえていた。

 外壁は鏡のように磨き上げられているが、奥には所々つるつるとした安っぽい合板の壁や天井が覗いている。それは部屋だったり廊下だったり区々だが、少なくとも縦横八列の枠があるのが見て取れた。

「ゾーン名は〈研究棟〉。区画丸ごと建物だから、細かい番地は無い。……今からでも手土産を調達してくるべきだろうか」

 道路に面したポーチこそ柱折れて露天のままだが、それがエントランスの奥にあるカウンターまでの見通しを良くしていた。

 狭いホールに、割と大きなカウンター。

 ぽつんと取っ手のついた箱が置いてあるだけで、随分開放的でもあまりに閑静で、何より人気(ひとけ)というものがなかった。

「なあなあ。あんた、この辺じゃ見たことないけど。何探してんの?」

 通りの端から、随分と馴れ馴れしい声が小走りに近づいてきた。

 アカツキはため息を隠しもせず首を振るが、袖を引かれると仕方なさそうに振り向いた。

 顰めた眉が戻ることなく、わずかに俯いていた視線が更に下がり、そして戻る。

「定食屋なら手前の角を左だし、中華ならこのまましばらくまっすぐだぜ。黄色い薬屋は先週線路の向こう側に引っ越したとこ。良く転がる鉛筆なら…… なんだよ、その顔」

 細めた瞳とそばかすが、意外に高くとがった鼻の周りで無邪気に踊っていた。薄く透いた肌も髪も硬いと言うより軽やかで、水に薄く溶いた蜂蜜のようにさらりとしている。

 だがどこをどう見ても、見るからにやんちゃ盛りの少年だった。小柄なアカツキよりも、更に頭一つ小さい。靴も履いていない素足は変だが、紺の半ズボンが良く似合っている。

「あんた今、失礼なこと考えただろ。これは色々ちゃんと調べた、由緒正しい盛装なんだぜ」

 仕立てたばかりのワイシャツを、見せつけるように胸を張って鼻先をこする。

 その額を、アカツキの人差し指が弾いた。

 大した音はしなかったが、少年の体は不自然に硬直し、そのままぐにゃりと沈み込む。

「礼儀も忠節も学ぶ前に盛るとか。少年、生意気すぎるぞ?」

「ってえ…… そっちこそ迷子のくせに」

 少年は目元にたまった涙を拭いながら、聞こえよがしに舌を打つ。

 アカツキは無造作に少年の腕を掴んで引き起こすと、無表情のままこくこくと頷き、人差し指を親指に掛けた制裁の構えを取った。

「私は主君より重大なミッションを託された身だ。言いたいことがあるなら、手短に」

 いくら少年が踏ん張っても、軽く掴まれただけの腕は外れない。

 狙いを定めた方の指も、押そうと引こうと動く気配がない。

 額と構えの間に手を滑り込ませるのが最後の足掻きで、少年はとうとうやけっぱちにぶちまけた。

「姉ちゃんは〈研究棟〉初めてっぽいから、入館カードを貸してやろうかなって思ったの! 俺は今日入るつもりないし、申請とか結構面倒だから!」

 言い切ったまま固く瞑っていた瞼が、そろそろと開かれた。

 アカツキは足先で地面を突きながら、じっとその辺りを見つめている。

「ほら、ほらこれ! 俺も丁度小腹が空いてたとこだし、そこのスタンドのホットサンドで良いから。カードは帰るときに預けてくれれば大丈夫?!」

 アカツキは人差し指をぴんと伸ばしたまま、今度こそ言葉を失って地面を転がる少年を見下ろしていた。

「あまり調子に乗るな。でもまあ、子供の無礼と空腹を放置するのは良くない。主君も招待主も、きっと分かってくれるだろう」

 アカツキは無表情を崩さず、さも正論であるかのように頷く。

「俺と大して変わんねえだろ。畜生、これだから」

「ちなみにな。私の名前はアカツキだ」

 無愛想な瞳に見下ろされ、少年は頬をひきつらせながらようやく一つ頷いた。

「俺は夏希(なつき)、です」

 わずかに動いた眉が、言葉尻に緩く開いた。

 少年は止まり掛けた息を、今度こそ長々とついた。


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