Mission:0
昨日、前から待ちに待っていたゴールデンウィークが、ついに終わってしまったからなのか。それとも、この朗らかな春の陽気でネジがゆるんで、頭が誤作動を起こしてしまったのか。のどかな昼下がり、閑静な住宅地にある公園の横を帰り道と称して、新緑の鮮やかさに目を奪われながら、のんきに歩いていたとき。
「待てっ、この不思議生命体がっ!」
なぜか、今。私の目の前に。
「あっこら、逃げんな!!」
新聞をにぎわせることもある、私に一生縁がないであろう、ある意味雲の上の人と言っても過言ではない、この街のヒーローが。
「ちょ、そいつ捕まえてください!」
私にまっすぐ迫ってくる、ふわふわと宙を飛ぶぬいぐるみのような可愛らしいものを指さして、それを追いかけながら大きな声で叫んできた。
「え、あっはいっ!」
鬼気迫るといっても過言ではないその様子に、私はおもわず返事をしてしまった。
私の顔の前を飛ぶ、パステルピンクのその生き物。クラゲのような形、クラゲのように半透明なその体。ふわふわとした体から伸びる長い足は薄い水色で、気ままに宙を漂っている。目はないが、とてもやわらかそうだ。走っているヒーローの手から逃げているだけあって、ふわふわと優雅な飛び方に反し、スピードは速い。
捕まえれるかどうかなんてわからない。だってすごいスピードで迫ってくるんだもん。でも、返事をしてしまったからにはやるしかない。
「~~っ!」
手に持っていた鞄を地面に落とし、両手を大きく広げて、両側からそのピンク色の生き物を挟む。その瞬間はちょっとこわくて、目をぎゅっと瞑ってしまった。
むに、という感触があった。マシュマロのような、ゼリーのような、グミのような。広げていた指が、そのやわらかな体にめり込むのがわかった。表面はべたべたしていないけれど、でも、この感触はちょっと……!
おそるおそる、目を開けると。
私の広げた両手の間には、ピンク色の生き物が見事に収まっていた。
……ああ、夢だと思いたい、このむにゅっとした感触。
その生き物を掴んだまま固まってしまった私に、公園を囲む柵を軽々と飛び越えて走り寄ってきたヒーローが、息を弾ませ話しかけてきた。
「ありがと、ございましたっ。はぁ……すごく、助かりました」
鼻から上が、ヘルメットについている黒いスモークグラスで覆われているヒーローは、にこっと、口元だけで笑みを示してくれた。口元しか見えないにもかかわらず、とても爽やかなその笑顔に、そんな状況じゃないのに胸がキュンとしてしまった。
フルフェイスではないけれど、鼻から下以外は見えることのないヘルメット。引き締まった体にぴたりとフィットした、ライダースーツのような服は、雲ひとつない空のように鮮やかなブルー。小物や装飾品は全て白で揃えているらしく、ブーツや手袋、首に巻かれたストールのようなもの、ヘルメットの耳にあたる部分から生えている羽の形をしたものまで、見事に白色で統一されている。素肌が露出しているのは顔のごく一部のみで、そこ以外は首ですら肌が出ていない。素顔や正体の何ひとつわからないその恰好は、あえて正体を隠そうとしているようにも見えた。
ふう、と軽く息を整えたヒーローは、腰のベルトについている小さなポーチから何かを取り出すと、それを広げた。
きらきらと、光の加減で虹色の帯を見せるその青灰色の布は、どうも袋のようだった。スーパーのビニール袋ほどのそれの口を開き、掴んでいる私の手ごと、ピンク色の生き物に袋をかぶせた。
「日和田さん、手、放してもいいですよ」
「は、はい」
そっと手を放し、ヒーローが口をすぼめて持っている袋から、手を抜いた。私の手が袋から出たのを確認すると、ヒーローは手早く袋の口を縛って、ピンク色の生き物を袋に閉じ込める。その手つきはとても手馴れている。
「ターゲット捕獲完了。帰還します」
耳元を押さえてヒーローが小さく呟くと、ヒーローの耳元から通信音のような音が聞こえた。ヘルメットをよく見ると口に近い部分にマイクが付いていて、電波の向こうの誰かと話しているようだった。
「ご協力、ありがとうございました。では」
きらりと笑顔を光らせて、ヒーローは頭を軽く下げた。右手に持ったままの青灰色の袋の中身が気になるが、それはいわゆる『機密事項』というものに当たるらしいので、一般市民である私がおいそれと聞いてはいけないらしい……という趣旨が、以前ヒーローにインタビューを行った記事に書いてあったのを、読んだ記憶がある。それにしても、あの不思議な生き物、見た目は本当にぬいぐるみのように可愛かった。……あの感触でなければ、とてもいいのだけれど。
もんもんと色々なことに思考を巡らせる私に背を向けて、ヒーローは走ることも、何か乗り物に乗ることもせず、あくまで普通のスピードで歩いて、私の目の前から立ち去っていった。
さわさわと春風に揺れる、枝に生えそろった若葉たち。やさしく降り注ぐ午後の光。誰も乗っていないブランコ。人のいない公園。風に乗ってかすかに届くどこかの犬が吠える声。適度に暖かく気持ちのいい風。アスファルトに鞄を落とし、その場に一人で立ち尽くす私。
私だけが、この朗らかでのんびりとした世界で、浮いていた。先ほどのヒーローも大変浮いていたが、彼はもうこの場所にはいない。残されたのは、ついさっき起こった騒動が想像できないような、絵に描いたように平和で安全な住宅街。
「……ヒーローって、なんだか大変そう」
ぽつねんと公園の横に取り残された私は、誰に言うでもなしに、ぽつりと呟いてみた。
◆ ◆ ◆
「ヒーローって結構、地味な仕事ね」
昨日の帰り道の珍事件を、前の席であり高校一年生の時から一番仲のいい原田撫子――私はなーこと呼んでいる――に話したら、どんなときでも冷静沈着な彼女は一言、そう言ってばっさりと斬り捨てた。
「ちょ、それはひどくない? あのヒーローさん、すごく一生懸命だったんだから」
「限りなく地味じゃない。そのうえ、効率も悪いわ」
少しも隙のない、それでいて容赦のない一言が、私の耳を通過して、挨拶の飛び交う朝の教室に転がっていく。その言葉は、右隣の席で机に突っ伏して寝ている藤千草くんのところへ辿り着いたらしく、ぴくりと不自然に彼の肩が動いたのを、視界の端で捉えた。
私と撫子の間には、私が昨日見たヒーローを描いた紙がある。こういってはなんだが、自分では結構うまく描けたと思う。ヘルメットについていた羽をかたどった飾りだとか、彼の服を飾る小物だとか、鎖骨辺りにある飾りだとか、細かい部分までうまく描けた気がする。一見した感じでは、ありがちな五人組のレンジャーのようなスーツだけれど、よくよく見ると色々と凝った飾りがついていた、と記憶している。ぱっと見た感じは、本当にゴレンジャーのブルー、としか言いようがない感じなのだけれど。
「だってね、綾。考えてもみなさいよ」
その手には、いつの間に取り出したのか飴が二つあって、私に黄緑色の方を差し出すと、撫子は薄いピンク色の飴を頬張った。そうしてから、はぁ、とほんのり甘いにおいのするため息を吐き出し、撫子は私を諭すように話し出した。
「彼がこんなありがちな格好をしているなら、それこそ仲間がいるはずでしょう? 刑事だって単独行動しない昨今に、単独で、しかも武器も使わずに敵を退治する……というより捕獲するヒーローが、いると思う?」
とんとん、と、机上にあるヒーローのイラストを華奢な指で叩きながら、撫子は言い募る。芯のあるまっすぐな黒髪が、さらりと撫子の肩口からこぼれ落ちる。その髪を耳にかけ、これ以上言いたいことがあるなら言ってごらん、と、目で問いかけてきた。私は黄緑色の飴玉を口に含み、舌でころころと転がして人工的な甘さを堪能しながら、撫子の話を自分の中でよくよく考えてみる。
……もしも、仮に。
たとえばの話、彼がゴレンジャーの一員だとして、どうして彼は他のメンバーと一緒にあの生き物を追いかけるわけでもなく、単独行動をしていたのだろう? レンジャーもののアニメや特撮ものを見た過去の記憶を引っ張り出して思い出してみても、単独行動で敵と戦うヒーローはいなかった。全員で力を合わせて、その敵を退治するのがレンジャーものの醍醐味だったはずだ。協力とか協調とか、そういった大人の教えがちらちらと見え隠れするくらい、あからさまに、わざとらしく。
「……きっと、仮面ライダーみたいに、一人で悪と戦う孤高のヒーローなんだよ」
「…………そうね、じゃ、そういうことにしておきましょ」
これ以上言いあっても結論が出るどころか、不毛な言いあいになる。お互いにそう察して、それ以上その話題について言及するのは、やめることにした。
「そういえば、あ……」
何かを言いかけた撫子の声に被さるようにして、チャイムが高校中に響き渡る。そのチャイムが鳴り終わるか否かというところで、教室の外で待ち構えていたかのように、髪がきれいにロマンスグレーになった古典の先生が教室に入ってきた。それを見た撫子は開きかけた口を閉じ、諦めたような顔をして前を向いてしまった。
撫子は何を言いかけたのだろう?
黙ってしまった撫子の背中を見つめ、そう思いながら、古典の教科書を取り出す。ついでに、先生が好んで使う、これで人を殴ったら確実に危ないと思う、分厚い国語便覧も。
隣の席の藤くんは、大きなあくびをしながら教科書を取り出すと、また机に突っ伏していた。高校二年生になって初めて同じクラスになったけれど、どうもやる気はからっきしないようで、大体いつ見ても机に突っ伏して寝ている。先生が注意しても臆することも改善することもなく、逆に清々しいくらいすやすやと眠っている。
右隣の席に向けていた意識を教科書に方向転換し、ありをりはべりといった古語が踊る紙面に集中する。古典は結構楽しい。なんだかんだ言っても、今の人とあまり感性が違わない。美しいものはやっぱりいつの時代でも美しくて、大事なものはいつの時代でも大事ということなのだろう。けれど、真剣に読んでいないと昔の書き言葉は難しい。歴史的仮名遣いや、現代と意味の違う単語に苦戦しながらも、順々に当てられていくクラスメイトの朗読する声に沿って、教科書で整列する文字を目で追っていく。
「よろしい。次の人」
指定された段落を読み終えた生徒が、腰を下ろす。誰も立つ気配がなく、なんだかおかしいなと思って、私は教科書から目を上げた。黒ぶち眼鏡の奥から向けられている先生の視線を辿っていくと、行きつく先は隣の席で静かに寝ている藤くんだった。先生やクラスメイトからの視線が針の筵のようになっているにも関わらず、その真っ黒な頭はぴくりとも動かない。
「藤くん、藤くん」
その視線に私の方が居た堪れなくなって、手を伸ばして彼の肩を軽く叩く。小声で名前を呼びながら刺激すると、彼はゆっくりと頭を上げた。
「……な、に?」
ふわぁ、と気の抜けたあくびをし、完全に開ききっていない目が私を捉える。
「藤くんの番だよ。四八ページの五行目から」
「ん……」
藤くんはだるそうに椅子をずらし、緩慢な動作で立ち上がる。ぱらぱらと適当に教科書をめくり、該当する箇所を躊躇することもなく、いきなり読み上げ始める。
「……『ここをもて知るべし。たとへあらはさずとも、かかる秘事を知れる人よとも、人には知られまじきなり。人に心を知られぬれば、敵人油断せずして用心を持てば、かへつて敵に心をつくる相なり。敵方用心をせぬときは、こなたの勝つこと、なほたやすかるべし。人に油断をさせて勝つことを得るは、めづらしき理の大用なるにてはあらずや。さるほどに、わが家の秘事とて、人に知らせぬをもて、生涯の主になる花とす。秘すれば花、秘せねば花なるべからず』」
強さとハリのある、教室に朗々と響く声は、ついさっきまで寝ていた人の声とは思えないくらいのものであった。読み間違えることも途中で詰まることもなく、それこそ水が流れていくかのようにさらりと読みあげてしまった。
「……よろしい。さて、この『風姿花伝』ですが、世阿弥が……」
注意しようにもする場所がなかったからか、先生は何を考えているのかわからない狸みたいな丸顔の表情を崩すことなく、少し不服そうな気配を声に滲ませただけで、すぐに授業を再開した。
一方読み終わった藤くんは、開いた教科書もそのままに、椅子に座りきるかきらないかというところで、躊躇いもなく机に突っ伏した。その数呼吸後には穏やかな寝息が聞こえてきて、ゆっくりと肩が上下しているのを横目で確認した。あまりに堂々としすぎていて、こちらが唖然としてしまう。そのまま藤くんは授業が終わるまで上半身を起こすことはなく、誰にも注意されることなく古典の授業は終わった。
日直の号令が聞こえるとのっそり立ち上がり、形だけの礼をすると、藤くんはさっさと教科書をしまった。クラスメイトは忙しなく口を動かしながら、やっとやってきた食事の時間を存分に楽しもうとしている。机の上を片付け終わった撫子が私の方を向き、「ごはん食べましょ」といつものように言うと思ったら、不意に持っていた教科書に影が差した。手を止めて影の主を見上げると、藤くんが机の横に立っていた。
「日和田さん、さっきはありがと」
いつもの面倒くさそうな表情や眠そうな顔と違って、目がしっかりと開いている藤くんを見るのは、初めてだった。声も眠そうではないけれど、授業で朗読していたときのように強いわけでもない。普通の状態の声って、こんな声してたんだ、というのが第一印象だった。低すぎず高すぎず、それでいてどこかで聞いたことあるような、そんな声だった。
「あ、ううん。あの先生怖いから、ちゃんと起きてなくちゃだめだよ」
「んー……善処する。とにかくありがと、助かったよ」
最後ににこっと、爽やかという言葉がぴったりくる笑顔を見せ、藤くんは自分の席……といっても隣なのだが、とにかく何事もなかったかのように、お昼ごはんを用意して待っている友達――確か周防くん――のいる席に戻った。
「……綾、ごはん食べましょ?」
藤くんの方をちらりと横目で見ながら、撫子が話しかけてくる。持ったままになっていた教科書を机に入れて、急いでお弁当を取り出す。お弁当を広げている間も、食べている間も、撫子は何故か藤くんのことをちらちらと横目で見ていて、何がそんなに気になるのかと不思議になるくらいだった。
「なーこ、どしたの?」
「……なんでもないわ。ちょっと、ね」
撫子は、気になることがある時こそ「なんでもない」と言って誤魔化してしまう。その癖にはすぐ気付いたけれど、彼女は自身の中で整理されないと、絶対に話してくれない。彼女が話してくれないその間、私は彼女に寄り添って、そばにいることしかできない。
私、本当に撫子に信頼されてるのかな。
そんな考えが時折浮かぶけれど、撫子は私にはどんなに時間がかかっても、最後にはちゃんと話してくれる。それを考えると、私はやっぱり撫子の友達なんだな、と思う。ちゃんと信頼されてるのかな、と思う。
「そういえばさ、さっきの休み時間に何言いかけたの?」
「え?」
「ほら、『あ……』って言ってたじゃん」
私の言葉を聞いて、撫子は柳眉を寄せて、たこさんウインナーを掴んでいた箸を止める。細切りにされた海苔の鉢巻きを巻いて、黒胡麻で丁寧に目をつけられた六本足のたこさんウインナーが、私をじっと見つめてくる。
「…………何だったかしら……? ごめんなさい、忘れちゃったわ」
首を傾げながらそう言うと、撫子はたこさんウインナーを口に入れた。たこさんウインナーを咀嚼する撫子は、また藤くんを横目で見る。ちらりと見るその目に、感情は読みとれない。
「なーこ、藤くんのこと好きなの?」
藤くんに聞こえないように、こっそり、撫子の耳に口を近づけて聞いてみた。撫子はその言葉を聞くと、先程よりも眉間の皺を濃くし、冗談じゃないというような顔で私を見てきた。
「何言ってるのよ、綾」
「や、だって、何回もチラチラ見てるから、そんなに気になるのかなーって」
「そんなに見てないわよ」
「見てたよー。さっきも見てた」
「見てないってば。むしろ、綾の方こそ気になってるんじゃないの?」
何度聞いても否定する撫子は、真正面から攻める私の言葉をさらりとかわし、反対に思ってもみない方向から反撃してきた。
「え? なんで?」
「やる気はないけど、顔は悪くないし、運動もスポーツも実は結構できるじゃない。こっそりファンがいるとかいないとか」
「そうなの? 知らなかったや」
言われてみれば、藤くんは結構イケメンの部類に入るのではないだろうか。顔も整っているし、背も高い。体はスマートで、確か運動も勉強もできる、と記憶している。癖のない黒髪は適度な長さで、真面目という印象よりも、自身に合う髪型を熟知しているおしゃれさん、という印象だ。ただ、やる気のなさと面倒くさがり屋という点において、右に出る者はいないと思う。授業中はほとんど寝ているのに、さっきの古典もそうだけれど、なんで勉強できるんだろうと謎なくらいだ。
「綾は本当、こういうのに疎いわよね……可愛いのに彼氏もいないし」
「何言ってんの、美少女撫子だってそうでしょ」
「それ、昔やってた自称美少女の戦闘アニメ思い出すからやめてちょうだい」
本気で嫌そうな顔をする撫子だけれど、可愛い……というより、美人な撫子がどんな表情をしても、それは彼女の魅力を増幅させるだけだ。この高校の制服は、典型的な紺色のブレザーに緋色のリボンとチェックのスカートだけれど、お人形さんみたいな撫子には、セーラー服か袴の方が似合う気がした。袴が制服の高校なんて、いまだお目にかかったことはないけれど、撫子ならきっときれいに着こなす気がした。
つんつん、とお母さんお手製の目にもおいしい黄色の卵焼きをつつきながら、空っぽになった漆塗りのお弁当箱を巾着袋にしまう撫子を見て、そんなことを考えていたとき。
「「あっ」」
右側から声が聞こえて、それとほぼ同時にかしゃんと何かが落ちた音がした。かつん、と自分の机の下から音がして、見ると太めの何かが机の脚にぶつかっていた。ペン、かな?
「悪いけど、拾ってやって? それ、千草のなんだ」
先ほどの声の主は藤くんと周防くんだったようで、周防くんがそう言いながら、私の足元に落ちているペンを指差している。拾い上げると、万年筆のようなキャップ式の、太くて重いペンだった。金属製のそのペンは、海みたいにきれいな青をしていて、その色の深さに吸い込まれそうになる。本体には、丸に囲まれた不思議なマーク――丸の中はかろうじてJH、と読める――が刻印されている。キャップには白くて小さな羽のマークがついていて、ペンの中でそこだけが子供っぽくて、浮いている。
席に座ったままそれを差し出すと、藤くんは焦ったように急いで、半ば奪うような形で受け取った。見られてはいけないものを見られたときのような、慌てた様子。
「ほんとごめんなー。千草、ほら、ちゃんと礼言っとけよ」
「……ありがと、日和田さん」
そのペンをブレザーの胸ポケットに挿して、そこでようやく藤くんは人心地ついたようで、周防くんに促されて初めて思い出したかのように、お礼を言われた。
「ううん、気をつけてね」
「ん」
こくん、と首を縦に振った藤くんは、ペンを挿したブレザーの胸ポケットを、そっと押さえる。よく見ると、周防くんの胸ポケットにも似たようなペンが挿してあった。深紅で、同じように白い羽のマークがついている。この二人はタイプ的にはぜんぜん違う気がするけれど、仲もよさそうだし、わざわざお揃いで買ったのかな。
ペンを無事に渡して空いた右手で今度は箸を持ち、最後まで残していた卵焼きを口に頬張った。うちの卵焼きは甘いから、デザート代わりに最後に食べるのが好きなんだよね。
「綾って、本当に幸せそうに食べるわよね」
にこにこと、手持ち無沙汰になった撫子が面白そうに、卵焼きを堪能する私を観察していた。




