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やっぱり弟だから

「俺は一年生のとき、選抜じゃなかったんだよ」


 何の話をしだすのかと思えば、白峰の自分語りだった。修二は仕方なく耳を傾ける。空になったペットボトルを手の中で遊ばせながら。


「おい、そこは『えっ!? なんでですか?』とか言えよ」


 うんともすんとも相槌を打たない修二の頭に容赦なく拳のツッコミが入る。

 面倒くさい人だ。しかし疲れのせいか反論する気も失せて、「なんでですか?」修二はやる気のない合いの手を入れてやった。


「不思議だろー? ま、仕方がなかったんだよな。俺より足の速いやつなんかいーっぱいいるわけよ。井瀬とか神部とか大木とか、あの頃は上の先輩もいたし、一年生の俺が選抜に入るなんて無茶な話だったってわけ」


「一応自分の実力は分かってるんですね」


 修二のコメントは辛辣だ。だが、白峰は気にした様子もなく先を続ける。


「だけどさ。二年生になって、そのとき寮長だった修一先輩と偶然お近づきになれる機会があってだな」


 兄の名前が急に出てきたので、修二は思わず隣に座る先輩の顔を振り返ってしまう。思いのほか、真剣な眼差しをした白峰と目が合って、


「お前の兄貴が俺を選抜メンバーに抜擢したんだ。俺は選抜やりたいとは一言も言ってねーのに」


 ニヤリと笑った。

 修二には分かる。あの兄ならば、たとえ本人がやりたいと名乗り出たとしても、自分が納得しなければ、役割を与えることはなかっただろう。


「兄は理由を言いましたか?」


「ああ、うん。俺はねー、広告塔なんだってさ」


「広告塔?」


「そう。盛り上げ役とも言ってたかな。鬼ごっこって、有志でやるじゃん? 修一先輩が入学した頃って参加者が全員で60人そこそこだったらしくて、それをあの人が中心になって盛り立てて、三年間でここまでの規模に戻したってわけ。あの人が伝説なのは、ただ足が速いからじゃねーんだよ」


 修二にとっては、初めて耳にする話だ。

 しかし、さらに白峰が続けた話は、もっと初耳だった。


「で、あの人は卒業する時に俺に言ったわけ。『来年、弟が入ってくるから存分に利用しろ』って。とんでもねぇ兄貴だよなー」


 あっけらかんとした調子で、白峰はとんでもない事実を突き付ける。意味を理解するのに一瞬の間を必要とした後、修二は軽く眩暈を覚えた。


「嘘、だろ……」


「というわけで、お前は広告塔なの。伝説の男・金山修一の弟、これ以上に燃える理由がほかにあるか? おかげで今年はここ十年間で一番の参加率だぜ」


 まさか本当に、「金山修一の弟である」という理由だけで、自分が選ばれたのだとは本気で思っていなかった。

 修二はしばし思考を停止する。


「ま、イベントだからさ。盛り上がるための仕掛けは必要だろ?」


「……なるほど」


 つまり自分は、まんまと利用されたわけだ。すべて分かってしまえば、修二は妙にすっきりした気分で事実を受け入れていた。

 今まで兄の栄光を利用しているのは自分だと思っていたが、逆利用されているとは考えもしなかった。まさか、自分に利用価値があるとは思っていなかったのだから。


「分かりました」


 修二はにっこりと、白峰に今まで見せたことのない笑顔を向け、


「俺の役割がやっと分かった気がします。そういうの、嫌いじゃないですよ」


 面白い、と思ってしまった。

 ただの寮の勝敗を賭けた戦いではなく、歴代の寮生が受け継いでいく伝統行事。それを途切れさせないために必要な役割ならば、決して悪くはない話だ。

 白峰の話に納得する日がくるとは、修二はまさか思ってもみなかったが。


「――そーいうとこ、兄貴そっくりだよなー」


「打算的ってことですか?」


「ちげーよ。顔。笑ったら可愛い」


「寒いこと言わないでください」


 修二の顔から、サーッと波が引くように一瞬で笑みが消えた。


「あ、そうだ。お前に渡したいもんがあって来たんだった」


 もうひとつの内緒話を思い出した白峰は、修二に赤鉛筆を差し出す。


「なんですかこれ」


「切り札」


「は?」


 修二はもう一度首を傾げた。

 受け取ったその赤鉛筆は、使い古されていて随分とちびている。掌にすっぽり収まる短さだ。


「いいから握ってろ。そんで手から離したらダメ。絶対。誰からも見えないように握っとけ。落とすからポケットには入れんなよ」


「……これ持ってたらなんかあるんですか?」


「お守りみたいなもんだって」


「何かあるんですね?」


 だんだんと修二にも分かってきた。この先輩が意味のわからない言動をするときは、実は何かしら意味があるのだということが。しかし普段はおしゃべりなくせに必要な情報は与えてくれないのだから質が悪い。

 明らかに図星を指された様子の白峰は、それでも種明かしをしようとしない。


「お前がこれを持ってれば勝てる」


「……分かりました」


 これ以上聞いても無駄だと判断した修二は大人しく引くことにした。赤鉛筆を持っていようがいるまいが、自分の役割は決まっている。金山修一の弟として、決して捕まってはいけない。ただ、それだけだ。

 スタートからその役割は何も変わっていないはずなのに、不思議と、修二の中の戸惑いは消えていた。

 その時、静寂を破るように放送のチャイムが鳴る。


『6時50分です。鬼の皆さんはただちにグラウンドに集合して下さい』


 山井の声が終了10分前を知らせた。

 鬼の最終人数の確認が終わった後、5分後には生き残った者たちがグラウンドへと引き上げる。選抜メンバーももちろん一緒にだが、修二たちにはまだ、最後の一戦が残っていた。

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