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君が選ばれた理由

「やってくれたよ、金山弟」


 作戦本部のテーブルに置かれた携帯電話の一つに送られてきたメールを見て、尚人は珍しく声を上げて笑った。何事かと首を傾げていた春樹も、自分の携帯電話にほぼ同時に送られてきたメールの中身を見て、納得する。


『放送部より裏ニュース速報「金山修二が飛んだ!」

 金山修二が五人の鬼に追いかけられるという絶体絶命の状況下で見せてくれた。信じられないことに、研究棟の三階から隣りの大木へと乗り移り、枝を伝って隣の部室棟へと見事逃げおおせたというのだ。こんなバカな真似は伝説の金山兄・修一ですらやらなかった。新たな伝説の誕生に拍手を送りたい。

 なお、この出来事は学校側の耳に入ると、危険行為であると判断される可能性があり、行事開催の妨げになりかねないため、ひっそりと称えたい。また、これを読んだ諸君は安易に真似しないようご協力願いたい。(山井)』


 校内放送では流せないが、皆に知ってほしい情報があるときに放送部が時折使う手が、このチェーンメールだ。尚人はこのメールをすぐさま赤壁寮の参加者全員に転送した。残り時間があと半分を過ぎ、敵も味方も疲れがピークの今、チームの士気を上げるには絶好である。


「本人には行ってるのかな、このメール」


「今、一斉送信したよ。けど、そろそろフォロー入れておきたいから、春樹、行ってくれるかい?」


「オーケー。金山だけでいい?」


「大木先輩も一応。いらないって言われそうだけど」


「寮長は?」


「あの人は放っておいていいよ」


 突き放した言い方に、春樹は思わず笑ってしまった。

 携帯電話と財布を持って、春樹はテントを出る。赤い法被の鬼が一人増えたところで、誰も気にとめない。しかし春樹の役割は、ほかの鬼たちとはまた別のところにあった。



◇ ◆ ◇



 人気のない場所は、探せば案外あるものだ。体育館近くにひっそりとある二宮金次郎の銅像の影に、修二はいた。時折、人の声や足音が聞こえるものの、青い法被の姿はない。

 ここなら安心と肩の力を抜いたその矢先。


「金山」


 潜められた声が、耳元に聞こえて、


「ひっ!?」


 思わず叫び声を上げる修二の頬に、冷たいものが押し当てられた。


「そんな大きな声出したら、見つかるよ」


 二年生の佐々春樹はペットボトルを差し出しながら、悪戯の成功した子供みたいな顔で修二の隣に腰を屈める。


「佐々先輩!? 驚かさないでくださいよ」


 ペットボトルを受け取りながら、修二は跳ね上がった心臓を抑えて隣を睨んだ。しかしちょうど喉が渇いてきた頃で、飲み物の差し入れはとても有り難かったので、素直に礼を言う。

 鬼の見張っている校内の自動販売機や給水機にはうかつに近づけない。いくら喉が渇いても、自動販売機に飲み物を買いに行くなんて行為は、わざわざ罠にはまりに行くようなものだ。


「頑張ったな。メール見たか?」


「見ました」


 炭酸で喉をうるおしてから、修二は複雑な顔を向けた。メールで称えられても、素直に喜べない。だってあれは、


「兄貴の二番煎じですよ」


「金山先輩はあんなことやってないだろ」


 春樹はすぐに否定する。


「だってあの方法、俺は兄貴から聞いて……」


「あんなことやって噂にならないはずがない。放送部の奴らだって知らなかったんだ」


 修二は首を傾げた。

 兄の話の通り、命綱は木にしっかりと括りつけられたままだった。しかし、皆は兄が実践した事実を知らないという。


「ま、いいさ。あと三十分逃げ切ればお前の勝ちだ」


「全体では、勝ってるんですか?」


 問いに、春樹は首を横に振って答える。後半になって、青天寮の双子が驚異の追い上げを見せたのだ。前半に体力を温存していた分、今になって火がついたように捕獲人数を着々と増やしている。


「捕まえた数は、こっちが35人。向こうが42人」


 残りの人数が少なくなっている分、捕まえるペースは落ちている。この時間になるとほとんど全員が隠れ場所を固定して身を顰めていた。わざわざ姿を現して追いかけっこをする者はいない。

 探している鬼たちも疲労のせいで口数が少なく、学校内は異様に静かだ。


「尚人の見立てだと、捕獲人数はこのまま動かないんじゃないかって」


「だとしたら、最後の――」


「そう、うちが勝てるかどうかは最後の選抜戦にかかってる。今のうちにしっかり休んでおけよ」


「あの、佐々先輩……」


 立ち上がりかけた春樹を引き止める。その続きを、修二は一瞬躊躇った。

 ずっと聞いてみたかったことがあった。尋ねる相手は春樹でなくても良かったが、今が最後のチャンスかもしれない。

 けれども、聞いたところでどうにかなるような問いではなかった。


「何?」


 躊躇いを消してくれたのは、春樹が人懐っこい笑みで促してくれたからで。


「どうして、俺は選抜メンバーなんでしょうか」


 金山修一の弟だから? 白峰寮長が選んだから?

 それ以外の答えを期待していることを自覚しながら。しかし望む答えを得られたところで、自分の気持ちがどう変わるのか分からないまま、修二は尋ねる。

 春樹はすぐには答えなかった。修二の悩んでいる様子を感じとったからかもしれない。慎重に、言葉を選ぶ。


「寮長の考えてることはよく分からないけど……尚人がさ、言ってたんだ。選抜メンバーは足が早いだけじゃダメだって。あいつは寮長に雑用押しつけられたり迷惑いっぱいかけられてるからいつも文句ばっか言ってるんだけど、不思議と寮長の決めたことには何も文句言わないんだよね」


 恐らく、意見が一致しているからだと春樹は思う。寮長と思考が一緒だと言うと尚人は怒るだろうが、なんだかんだで二人の意見が対立するところを春樹は一度も見たことがなかった。


「お前は金山修一の弟で、だから俺が選んだんだ。その理由に何の不満があるわけ?」


 不意に割り込んできた遠慮のない声。

 偶然とは思えないタイミングで、銅像の影から白峰が姿を現した。


「寮長――どうしてここが?」


「久地に聞いたー。つか、俺には飲み物ねぇーの? 冷たいなー。なんか買ってきてよ」


 修二の隣に座り込んだ白峰は、遠慮なく後輩に強請る。


「寮長は放っておいていいって言ったのは尚人ですよ」


 文句を言いながらもさっさと立ち上がった春樹は自販機へと向かった。

 修二はなんとなく気まずい思いで、隣を見る。白峰はというと特に気にした様子もなく銅像に背を預けていたが、徐に口を開いて、


「今から話す二つのことは、俺とお前だけの秘密な」


「え、なんかキモチワルイんでやめてください」


「全力で拒絶するなよ。傷つくだろう」


 大の男がシュンと肩を落とすので、修二は仕方なく話くらいは聞いてやることにした。

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