放送部より
校内に、放送開始を知らせるチャイムが鳴った。
『えーマイクテスト、マイクテスト。オーケー? はい、お待たせしました皆さま! 放送部による実況放送、実家生の山井と杉下がお送りします! さて、鬼瓦学園寮対抗伝統行事鬼ごっこ開始からすでに1時間が経過し、こちらに上がって来ている報告によりますと、現在までに赤壁寮5名、蒼天寮8名が鬼に捕まっております』
山井のよく通る声が、校内に響き渡る。追いかけている鬼も、追いかけられている人も、走りながら耳を澄ませて、己の寮の現在の戦績に密かにガッツポーズあるいは落胆した。
『頑張ってますね、赤壁寮』
同学年の杉下がコメントを挟み、先を促す。
『そうですね。蒼天寮があまり数を上げてませんが、これはもしかすると作戦ミスではないかという見方もあったりして……』
『というと?』
『蒼天寮の鬼三役の隊長、副隊長が二年生の双子、三坂兄弟なんですが、彼らが前半のわりと早いうちから「しらみつぶし班」をやってると』
『え? そうなんですか』
『ええ、機動力がウリの彼らをそっちに回せば、当然、鬼がまだ少ない状況ですから、捕まえる人数は減るでしょうね』
『もしかして蒼天寮は隠れている選抜メンバーを早いうちに捕まえてしまうつもりでは?』
放送部の鋭い読みに、蒼天寮の作戦本部では参謀の成見周平が苦虫を噛み潰したような顔で拳を震わせていた。図星だったからだ。しかも、その作戦は今のところ成功しているとは言い難い。
『そういう可能性も考えられますね。ま、それはともかく、改めてこの鬼ごっこに参加するメンバー編成を紹介しましょうか』
『はい、まずは蒼天寮。鬼の三役、隊長を務めるのは、三坂啓介。二年生の双子と言えば知らぬ者はなし。兄のほうであります。弟よりも少しだけ体格が良くてどちらかといえば背も高い。顔もすっきりしてますかね。彼ら一卵性だけど見分けがつく程度には顔立ちが違うので助かりますね。足の速さはさすが野球部レギュラーといったところでしょうか。ポジションはセンター。盗塁も得意です』
『続いて副隊長の三坂真介。双子の片割れです。弟のほうが顔も性格も可愛いともっぱらの噂ですが、男子校でそういう噂ってちょっとどうよ……なあ? それはともかく、同じく野球部でポジションはセカンド。鬼ごっこでは兄との連携プレーを駆使して昨年は最も多く捕まえた最優秀鬼として二人で表彰台に上がりました』
『そして参謀、蒼天寮の寮長でもありますこの人、三年生の成見周平。その風貌はとても高校生には見えません。いいえ、老けてるわけじゃありません。大人びているんです。蒼天寮の大黒柱。大所帯をまとめるリーダーとして彼以上にふさわしい人物がいるでしょうか。剣道部では鬼主将として畏れられているとか。さて、その鬼っぷりはここでも発揮されるのか……?』
『今年の蒼天寮の選抜は去年と同じ顔が二人。一年生を一人入れてきましたね。三年生の新沼利彦は信頼の陸上部。短距離専門ではないのですが、スタミナで鬼を振り切ります。同じく三年生の陸上部、古屋駿。得意はハードル。昨年は惜しくも終了直前に捕まりました。雪辱なるか。そして期待のホープ、一年生はこれまた陸上部の野中竜。どうやら他校に彼女がいるらしいです。ぶっ潰せ!』
『山井さん、本音が漏れてますよ。――さて、蒼天寮の紹介が終わったところで――ん? 何? あっ、ちょっと待ってください』
『たった今、新情報が入りました。今まさに今、この放送部から見える場所で、三坂兄弟が赤壁寮の誰かを追いつめている模様です。これより放送は放送室外からお送りします』
一度マイクが切られ、放送部員たちは慌てて廊下へと飛びだす。延長コード付きのマイクを持って、窓から身を乗り出しながら山井が再び声を張り上げた。
『あっ居ました。三階の渡り廊下です! 三坂兄弟に挟み撃ちにされています! 赤い鉢巻き、あれは、誰でしょうか。ん?』
青い法被の三坂兄弟に前後を挟まれ、絶体絶命の人物。
その正体を確かめようと、全員がその顔を注視する。彼は顔を上げた。その瞬間、放送部の面子が俄かにざわめいた。
『――な、なんと! どうやらあれは白峰です! 白峰六朗です。赤壁寮の寮長です! その上、奴は選抜でもあります! なんということでしょう。この、鬼ごっこで選抜にさえなっている寮長が真っ先にピンチになるなどという話は聞いたことがありませんっ。ああっとその寮長がこちらに気付きました。指を差しています。恐らく文句を言っているようですがこちらに声までは届きません。アホです! そんなことをしている隙に三坂兄弟が一気に距離を詰めます――行ったー!』
捕まえた、と誰もが思った。三坂弟の手が、後ろから白峰の鉢巻きを狙う。
が、彼の手は空を掴んだだけで。
『白峰、交わしたー!』
ひらり。まるでステップを踏むみたいに、くるり、くるりと追撃の手をすり抜けて、最後にはフェイントまでかけて、三坂兄の脇を通り抜けることに成功すると、白峰六朗は鮮やかに逃げ去ったのだ。
『これです! これが白峰六朗です。バスケ部時代にならしたフットワークの軽さ! ふざけた奴でもやるときゃやるんです。あーっと、しかし廊下に逃げ込んでも三坂兄弟の足の速さには敵わないか』
双子とて、このままみすみす逃がすわけにはいかなかった。
白峰の赤い鉢巻きを追い、廊下を走る。
しかし、その行く手を、廊下から下りてきた赤い法被の集団が塞いだ。その隙に白峰の姿は遠ざかって行く。
『おっと、あれは隊長、井瀬が率いる赤壁寮の鬼たちです。もしかしてこの実況を聞いて駆けつけたんでしょうか。ありゃりゃ、双子がこっち見て睨んでますよ。そろそろ放送部は放送室に戻りますかね。――いやーしかし興奮しましたね』
放送室の椅子に腰を落ちつけた後も、山井はまだ声のトーンを落とさず隣の杉下へと振った。
『白峰寮長はあの逃げ方で昨年も一昨年も上手く鬼をすり抜けて最後まで残ってますからね。なんだかんだで凄い』
『そんな白峰寮長率いる赤壁寮、今年の隊長は三年生の井瀬航太。うたい文句は、びっくりするほど足の速いサッカー部のキーパーだそうです』
『キーパーなんですか』
『キーパーなんですよ。でも足が速い、と。身体能力が高いんでしょうね。きっと、捕まえるときはガシッとやってくれるんでしょう』
『ボールのようにガシッと受け止めてくれるわけですね』
『むしろ自ら飛びこみたくなるような』
『どういうことなのか良く分かりませんがまぁいいや。続いて副隊長は神部了。この人も油断がならない人です。陸上部の三年生。短距離でバリバリですからね。走り方も超ストイックですし、狙った獲物は逃がしません』
『蒼天寮の三坂兄弟は二人で行動してるけど、赤壁寮の隊長・副隊長は別々で行動してそれぞれが戦績を上げてる感じですね。あとイケメンです。チクショウ消えろ』
『だから山井さん、本音が漏れてますって。参謀いきます。次期寮長の呼び声も高い、二年生の久地尚人。みんなのお母さんで癒し系らしいですよ。でも物凄く切れます。切れ者です。実際、学年でも三位内に入る成績優秀者でもあるという噂があります。白峰寮長に良いように使われている影の功労者でもあるそうですが、その辺の愚痴は友人である山井さんのほうが詳しいのでは?』
『ノーコメントです。僕も久地に刺されたくないんでね。さて、選抜三人を紹介しましょう。一人目は、三年生の大木将人。サッカー部のチビと言えば知らぬ者なしのスポーツ少年。昨年は終盤辺りで捕まってしまいましたが今回は逃げ切れるか!?』
『二人目は先ほど実況しました、皆さまご存知、歩く騒音、アホ寮長こと白峰六朗! 周りを巻き込む力はハリケーン並み。巻き込まれたほうはたまったもんじゃありませんが、今年も何かを起こしてくれるのでしょうか。寮長として負けられない戦いでもあります』
『そしてラスト。間違いなく、彼が今年の注目株です!』
『来ましたねー。サラブレッド』
『そう。三年間選抜にして一度も捕まらなかったあの伝説の男、昨年卒業された我らが先輩、金山修一。その弟、金山修二がやって来た!』
『面白くなってきました。さて、放送はここで一度中断させていただきます。また情報が入り次第、随時お知らせしていきますのでお楽しみに!』
放送終了を知らせるチャイムに混じって、修二は大きくため息を吐いた。