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助っ人はアホだった

 上手く動かない手で、修二は慌てて電話を取る。通話相手は「作戦本部」と表示されていた。


『修二? 今どこだい?』


 電話口から聞こえてきたやわらかい声は「参謀」役の二年生・久地尚人くじなおとだ。


「一年八組の教室です。すぐ側に双子がいます」


 敵に聞こえないよう出来る限り声をひそめたら、尚人はすぐに逼迫した状況を理解したらしい。


『分かった。――春樹、今すぐ一年生校舎に行けるやつ探して。二階、1-8だ』


 向こう側で、同じ二年生の佐々春樹ささはるきに指示を送っている様子が修二にも伝わった。その落ち着いた声に、修二は随分と救われる。


『大丈夫だよ。すぐに逃がしてやるから、もう少ししんぼうできるかい?』

「ありがとうございます。大丈夫です。待ってます」


 狭い場所でずっと同じ体勢でいるので体はガチガチだったが、安堵した心はほぐれたようだ。


「選抜なのに、俺……すみません」

 安心すると急に自分の情けなさがこみ上げてきて、修二は思わず弱音を漏らした。きっと、相手が尚人だったからだ。声と同じく穏やかな風貌のせいなのもあってか、久地尚人にはどこか人に気を許させる雰囲気があった。


『気にすることはないさ。それに、たとえ金山が選抜じゃなくても俺はお前を助けたよ』


 その言葉の意味を深く考えないうちに、俄かに外が騒がしくなる。外、とは掃除ロッカーの外のことだ。

 

「よお、双子ちゃん、こんなところでなーに油売ってんのさ? 早く俺を捕まえてくれよ」


 挑発するような声。


「はぁ!? なんでこんなところにいるんだよお前」

「ちょうど良いさ。のこのこ出てきたバカを捕まえるぞ!」


 応じる双子の声。


 そして、遠ざかる足音。

 何が起きているのかは、この目で見なくとも分かった。


『え? 白峰寮長が? なんで選抜のあの人が出てっちゃうわけ? バカじゃないのか』


 穏やかな尚人でさえ、自身の先輩でもある寮長に対し遠慮なくその優しい声で暴言を吐くほどに、愚かな行為をした男こそが、三年生・白峰六朗しらみねろくろう――我らが赤壁寮せきへきりょうの稀代のアホ寮長である。


「今の、やっぱり寮長ですよね……選抜の俺助けるために、自分も選抜なのにおとりに出てっちゃったんですかね……」


『これで捕まってたらただのアホだから気にしなくていいよ』


 あいつはたぶん自分が選抜だってことも忘れてるんだ、などと恐ろしい――しかし有り得そうなところが本当に怖い――ことを尚人は口にして、その予想を頭から追い出すように首を横に振った。



『修二、どっちにしてもその場所はもう危ない。そろそろ鬼が増えてくる時間だから、かくれんぼは終わりだよ』


「って言っても、俺どうしたらいいのか」


『敵の姿を見つけたらすぐに動けるようにしておくことだよ。地図は頭に叩き込んであるだろう? 練習のようにやればいい』


 健闘を祈る。その言葉を最後に、通話は切られてしまった。

(健闘、か)

 掃除ロッカーに引きこもっているだけでは、健闘したとは言えまい。

 建てつけの悪い扉をギシギシと音を立てて開ける。体も同じように悲鳴を上げていたが、ぐっと伸びをすると随分と気持ちが良かった。

 未だに自分がこの舞台にいることには納得できていないが、助けてくれる人がいる。せめて、その恩には報いたい。

 あの寮長でさえ、修二を助けに来てくれた。寮全体の勝利を計算に入れてない辺りがアホだが。

 どうせあと何時間かのしんぼうだ。

 それならば自分は、夕暮れまで逃げ続けるだけ。

 やることが決まってしまうと、とてもすっきりした気分で修二は走り出した。


 教室を出た瞬間、すぐに鬼に見つかって後悔することになるのだが、今はまだ、走り続ける彼を捕まえられる者は誰もいない。奇跡的に。

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