いきなりピンチ
分不相応。
身の程知らず。
型破り。
金山修二にとって、これらの言葉はすべて縁のないはずのものだった。
顔は人並み、性格も目立たず地味で、美徳と言えばあまり人見知りしない性格と親譲りの健康な体くらい。かといって特別、人当たりが良いわけでもなければ運動神経が優れているわけでもない。
良くも悪くも普通。これが、金山修二の自己評価だった。
そんな己を卑下するつもりもさらさらなく、そこそこの高校生活を送り、そこそこの大学に受かり、そこそこの会社に就職していずれは結婚して人並みの幸せが得られればそれでいい。ひっそりと余生を送ろう、などと齢十五にして思い描く、悪く言えばバイタリティの欠如した少年だった。
(それなのにどうして)
修二の頭の中には、一週間前の悪夢がよみがえる。
あの時どうして俺は、真実を話さなかったのだろう。あの、ちゃらんぽらんな寮長に。
「お前、金山修一の弟だろ? 選抜よろしくな!」
あの無駄に爽やかな笑顔を思い出すと、後悔を通り越して腹が立つ。
(そうだ、そもそも全部あいつが悪いんじゃないか。あいつが勘違いしたから俺はこんなことになったんだろ)
修二の三つ年上の兄である修一も、この鬼瓦学園の生徒だった。そもそも修二がこの学校への入学を決めたのは、兄弟で入学すると授業料が一部免除されるという理由からだった。そうでなければ寮付きで学費のバカ高い私立高校への入学など親が許してくれるはずがない。修二はスポーツ特待生だった兄の恩恵に有り難くあやかったわけだが、まさかそのせいで、こんな羽目になるとは。
そう思えば、これは自業自得とも言えなくはない。
一週間前、寮長が自室に上がり込んで来たとき、はっきりと言えていえば良かったのだ。そもそもあの強引な寮長には有無を言わせる隙などなかったし。
「勘弁してくださいよ。俺、足遅いんですから」
ぽつり、と今さら呟いてみたところでもう遅い。
掃除ロッカーの中で膝を抱えてうずくまっている、この状況下で、修二は一人途方に暮れていた。
遠くの方から大勢が走り回る足音と怒声が聞こえる。
修二は両手で耳を塞ぎ、ただ時間が過ぎ去るのを待った。
そんなことをしても、無駄だということは分かっていたのだけれど。
(もう嫌だ、帰りたい)
ガンッと大きな音がすぐ近くでして、教室の扉が開けられたことを知る。修二の隠れている掃除ロッカーがある教室だ。
そろそろ『しらみつぶし班』がやってくるころだろうという予測はあったが、こんなに早いとは。
どっちだ。敵か、味方か。
「さーて、ここの教室はどうだー? いるかなー?」
「ったく、なんで俺らがこんな地味な仕事やんないといけないわけ?」
「いいじゃん、隠れてる臆病者あぶり出すのもなかなか面白いよ」
「さっきから空振りばっかじゃん」
全く同じ声が交互にやりとりをしている。顔を確認しなくてもすぐに分かった。
二年生の悪魔と呼ばれる双子だ。
――彼らに見つかったら終わりだと思え。
あの寮長でさえ、真剣な顔で忠告してきた。
(すみません、俺もう、ダメみたいです)
経験値ゼロのままいきなりラスボスステージに投げ出された村人の気分で、修二は謝っていた。
誰にか。寮長に、はなんだか謝りたくなかった。だってそもそもあの人が勘違いしなければ良かった話だ。
そうではない。寮長はぶっちゃけどうでもいい。
そうではなくて、自分に期待をかけてくれた寮のみんなに、だ。
ルール上、選抜である自分が捕まれば、戦況はこちらが圧倒的に不利になる。
だから、選抜メンバーの三人には最も逃げ足の速い者を選ぶ。通常ならば。
それがアホ寮長の勘違いと、それを訂正できなかったバカな自分のせいで、寮のみんなが勝てないことが、悔しい。
不甲斐ない。と、修二は初めて自分の実力不足を呪った。
せめて、兄のように足が速ければ。
近づいてくる足音に、心臓の音が速くなる。
そのとき、ズボンのポケットに入れた携帯電話が着信を知らせるバイブを鳴らした。