覆せない選択 ─ 決めるまでは自由で、決めた後に効いてくる
─ 条件は並べられる
交渉も出来る
だが一度決めたものは
簡単には変わらない ─
「『ようこそ!大陸のすべてが交わる街レナリウムへ』……大陸のすべて、ねぇ。えらく大きく出たな」
道端のスタンドから観光パンフレットを抜き出したイーヴォが言う。
「表通りはそんな感じですよ。でも、一本入ると全然違います」
「フェイは首都に来たことがあるんだよな」
「ええ、何度か」
馬車溜まりに馬車を預けた俺たちは、繁華街の流れに押されながら歩いていた。
石畳の上を荷馬車が途切れなく流れていく。人も物も止まる気配がない。
「……さて、どれから片付けるべきか」
今夜の宿、馬車と御者の手配、フェイの魔杖の調達、……やることは山程ある。
「とりあえず飯食おうぜ」
「そうですね。御者組合でどれくらい時間が取られるか分かりませんし」
「大陸のすべてとか豪語するんだから、珍しいグルメとかあるんじゃね?」
「お前、グルメに興味あったのか」
「いや、特には」
冒険者の食事は外食か携帯食と相場が決まっている。不味かろうがなんだろうが口にしないと命にかかわることも少なくない。自然、食に対する情熱も期待値も低くなる。
「ザエッダはどんな料理が主流なんですか?」
「ライ麦パンに、肉とチーズだな。肉は煮込みが多い。野菜は酢漬けとか……冬に備えて、保存の利くものばかりだ。あとは木の実や果物」
「基本的に俺ら何でも食うぜ。好き嫌いなし」
「それなら……あの店とかいいかもしれません」
──昼時を外したせいか、店内はそれほど混んでいなかった。フェイがいくつか適当に頼んでくれる。
平たいパンに香ばしい肉と野菜を詰めた料理が運ばれてきた。
「これ、どうやって食うの?」
「お好きにどうぞ」
とりあえずフォークを手にするが、刻んだ具が入った薄いパンは差し辛く、口にする端から零れそうになる。
適応力が高いはずのイーヴォが苦戦しているのが可笑しい。
「手づかみの方が食べやすいかもです」
フェイが助け舟を出すが、
「いや、今、拭くもん持ってねーし」
と必死に格闘している。俺はといえば、早々に敗北を認めて手づかみに移行していた。
「フェイの魔杖だけど、とりあえずはスタンダードなタイプを試すのがいいと思う」
「色々試せる程、お金持ってないんです。魔杖……すごく高いじゃないですか」
「そうなん?俺、買ったことないから相場知らないんだ」
そう言うと、指についたソースをパンでぬぐい、そのまま口に運ぶ。フォークの役目は終わったらしい。
「イーヴォさんは魔導士ですよね?」
「うん」
「こいつは魔術も使えるんだ」
「魔導士なのに?」
「…………」
イーヴォの魔術の下手クソさは折り紙付きだ。味方を巻き込む凶器と言ってもいい。
「……魔杖って、いくらくらいすんの?」
「ピンキリですね。荷馬から乗用馬クラスまで色々です」
「余計分かんないんだけど」
「……三千から一万か、確かに高いな」
流石にもう聞かれないとは思ったが、馬の値段はフェイにリサーチ済みだ。
「五千レグナくらい出せば使い勝手のいいやつは買えると思います。……四年くらい前の話ですが……」
三人共黙り込んだ。皿は既に空になっている。
「いや、やっぱ高けーよ。中央の物価どうなってんの」
イーヴォが憤懣やる方ない様子で並べ立て始める。
「どんな上等な木を使ってんのか知らねーけど、所詮ただの細い棒だろ。三千とか有り得ない。桁ひとつ違うだろうが」
「杖単体ならそうでしょうけど、調律代が高いんです」
「──調律……。ああ、そういうこと」
「おい、待て。紳士の店に何の用だ」
「いいんだよ」
「良くない。俺たちの格好で入れる店じゃないぞ」
「追い出されたらその時はその時だろ」
それだけ言うと、重厚な扉の向こうに消えていく。
「……入らないんですか?」
「十分経ったらな。揉めるならそのくらいが頃合いだ」
──きっかり十分後、戻って来たイーヴォの手には、紳士の証 “ステッキ” が握られていた。
「じゃーん。魔術師の杖レプリカー」
……頭が痛くなる。
「お値段なんと千二百レグナ。持ち手の水晶は一級品、真鍮構造で振れば鈍器。見た目も豪奢で威圧感が最高!」
「……レプリカってことは只の杖か、それ」
「問題ないだろ。自分で調律すればどうとでもなる。フェイも好きなやつその辺の店で買うといい」
「えぇっ?」
「大サービスだ。夕飯は奢れよ」
これ以上ないドヤ顔でイーヴォは言い放った。
フェイの案内で、近道だという路地に入る。
石畳は同じでも空気は別物だった。荷が優先され、人はその隙間を縫って歩く。
倉庫の影と積み荷で昼でも薄暗い道をしばらく進むと、〈御者組合〉に到着した。
「──どうも待たせたね。用件は馬車と御者の手配だったかな」
御者組合長、ディマーネは初老の男だった。周囲の視線が自然と集まる。
ラスタールの紹介状を渡すと、軽く目を通して姿勢を正した。
「ザエッダの客を扱うのは初めてだな。しかも冒険者か。面白い」
「……先に条件を決めたい。何処までなら手配出来る?ザエッダまで通しが無理なら乗り継ぎ前提でいい。荷は少なめ、ルートは往路と同じ道を行きたい。御者は道を知ってるやつ。腕よりそっちだ」
「まぁ焦るな。順番に決めて行こうじゃないか」
その言葉で、昨日フェイから聞いた “この街のルール” を思い出した。
「──約束が形になる場所、だったっけ?」
「はい、契約の神レグナン降臨の地とされていますから、口約束でも重く扱われます」
「約束を反故にするのは何処でも嫌われることだと思うが?」
「嫌われるとかそういう次元の話ではないんです」
フェイは言葉を探すように、少し間を置いた。
「──値段は交渉できます。でも、決めたら終わりです。一度合意した内容は覆りません」
「買った品物に不具合があってもか」
「それも含めての合意です」
「契約都市の本質って訳か」
「だからトラブルは商取引絡み──詐欺・不当価格がほとんどなんです」
「俺がやると余計な一言で台無しにしちまう。ここはお前に任せる」
「……面倒な役回りだな」
────ディマーネが黙ってこちらを見ていた。
「……少し待ってくれ」
もう一度、条件を頭の中で並べ直す。
(ここでは、一度決めた “選択” は覆せない)
────契約は締結時点より有効とする。期間は国境まで。馬車は二頭立て、空きがなければ四頭立て。ただしその場合は運賃を下げる。車も変わるが、そこは任せる。
華美な馬車は避ける。経路は協議の上で決める。御者は腕より地理。
……そして、可能な限り往路と同じ道を使う────。
運賃?──諸経費引っ括めた額って訳か。
(……内訳は出さない)
「その内容で手配する。異論はないな?」
「内訳を出せと言ったらどうする?」
「出したところで金額は変わらんぞ」
「……これで頼む」
──サインを済ませた時点で、妙な疲れを感じていた。
─ End ─
【次回予告】
すべては上手くいっていたはずだった。
必要なものは揃い、条件も満たされている。
手順も判断も間違っていない。
だが最後に残ったのは、小さな違和感だった。
※次回は、『ザエッダの弓手 13:満たされた条件』の予定です。




