魔法を使う動物
岩の上でトカゲが休んでいる。
腹を膨らませている、その消化のため、日に当たりに来たのだろう。
茶色い体に青白い筋が一つ、その名もアオバシリ。
人里にはあまり現れず、木の茂る川沿いに住むトカゲである。
トカゲなだけあって、そこまで視力はよくない。
5mくらいの場所から息を潜めれば、草木に隠れずとも自然な姿を見せてくれる。
トカゲは変温動物で、基本は動くものを生き物と認識する。
ここら辺は元の世界、地球の生物と同じだ。
そう、僕は地球からこの異世界に転生した人間。
今の名前はプルド。
元々は生物の研究をしていた院生だった。
異世界に来た今もこうして生き物を研究している。
6歳の体で。
この異世界に来た理由も、方法もわからない。
けれど、心当たりがあるとすれば、魔法。
神様かもしれないが、僕は神様よりも魔法を信じている。
それは、実際に目の前で魔法を見てきたからだ。
トカゲをしばらく見ていると、背後から緑色のヘビが這い寄る。
この周辺で、アオバシリの天敵はこのホソアオヘビだけだ。
それ以外の捕食者はたまに現れても、アオバシリに撃退されてしまう。
30分という長い時間をかけて、ホソアオヘビはアオバシリに近づく。
一度、ホソアオヘビが瞬きを挟んで、アオバシリの首元にかぶり付いた。
残像が見える凄まじい速度だ。アオバシリは逃げられない。
身悶えするアオバシリに異変が生じる。
青い筋が尾からみるみる赤くなっていく。
そして、隻眼になる。
赤玉、赤い光の玉がトカゲの鼻先にでる。
閃光、待ち針のように細いレーザーがホソアオヘビの黒目にまっすぐ放たれた。
アオバシリが他の捕食者を完封する最強の攻撃だ。
しかし、その光線がヘビに触れた途端青空へと跳ね返る。
光線が切れると、アオバシリの線が頭からみるみる青くなっていく。
そして、尾の先まで青く染まると、再び光を放ち、反射される。
それを何度か繰り返しているうちにトカゲはこと切れ、筋は光を失ったように灰色へ。
ヘビの腹の中に消えていく。
どこか、トカゲの尾が短くなっている気がしたけれど、元の長さの記憶が引き出せなかった。
ここで、このレーザーや反射が魔法かそうでないかを調べるのが生物学者だ。
ガスを噴射したり可燃性の糸を放っていたり、全反射でレーザーを跳ね返したり。
到底生物がそんなことをできるとは思えないけれど、一応異世界、もしかしたら未来の地球の可能性だってある。
まずは検証だ。
実験1
アオバシリが可燃性の物質を持っている。
体をパーツごとに引火し、よく燃える場所を注意深く解剖し、可燃性の物質を放つ機構があるか調べる。
ここで注意すべきは、捕まえたときに可燃性物質を消費してしまうこと、死後は発火しない可能性があることだ。
飼育や麻酔でどうにかなるかもしれないが、6歳の僕には無理だ。どちらもリソースがない。
実験2
ホソアオヘビの反射は物理作用ではなく魔法である。
これには、水による高速噴射が良いと思う。
雨水は反射しないことを確認済みだからだ。
注意すべき点は、そもそも今作れる水鉄砲で反射してくれるかだ。
雨水を反射せず、水鉄砲を反射すれば、生物が認識して反射していることになる。
そして、継続的に反射させたときに使用する物質も気になる。
雨水が反射しなかったということは、常に反射を行っているわけではないということ。
反射を行うときに使用するエネルギーがわかれば、この性質を使った防具も作れそうだ。
ヘビの捕獲なら、木の棒の先にひもをわっかにして捕獲できる……はずだ。
ハブの捕獲で使っているのを見た。
正直、アオバシリを捕まえたり飼ったりして光線を打たれたら死にかねないから、良かった。
何なら死んでも光線を打つ可能性だって十分あるわけだし。
僕は今日の研究を終え、川沿いに家へ帰ることにした。
僕の住む村は、かなり田舎だ。
恐らくこの世界でも田舎だ。
村全体が機織り業を営んでおり、交易で生活に必要なものを得ている。
食料自給率が低いなんて日本みたいだ。
僕の両親はどう見ても高貴な身分の人に捧げるだろう衣服や旗も作っている。
きっと王都みたいなものも外にはあるのだろう。
「ただいま」
家の扉を開けると、機織り機の筬を重ねる音が大きくなる。
両親と姉の3人が機織りをしているのだから、絶え間なく音が鳴る。
一番奥の長部屋に行くと、姉、母、父の順に並んで黙々と作業している。
転生前の僕は女性との関わりがなかったから、まるで鶴の恩返しみたいに、透き通る白い肌に長い黒髪を団子に結い上げている姉を見ると、ドキドキしてしまう。
機織りのたびに揺れる前髪を見ているだけで、1日が過ごせそうだ。
10歳相手にここまで意識してしまうのは、僕が6歳からだからだろうか。
「あ、プル。おかえり。今日も一緒にやろっ」
姉、ロルが椅子を引いて、膝の上をポンポンと手を叩く。
なんて高い殺傷能力なんだ。
まだこんなに幼いのにお姉ちゃんしてくれているのがなお可愛い。
体の年齢は僕がガキなのだけど。
「うん…」
機織りには全く興味がないのに、抗えなかった。
「いい? こういう複雑な模様はここの赤色から織るの」
ロルが僕の手にシャトルを持たせて、上から覆う。温い。
「ねぇロル、僕ひもが欲しいんだけど」
首をひねると、目の前にロルの顔が。
「なら、これでいい?」
と言って、ロルは髪結いのリボンをほどく。
ストレートの髪がさらりと降りる。
シャンプー文化がないため、いい香りがしないのがもったいない。
化学に詳しければロルに石鹸を作ってあげれたのに。
「いや、もっと長くて丈夫なのが必要なんだ。それにもっと安価なのでよいよ」
「なんだ、おしゃれじゃないんだ。ならこの麻糸使っちゃいましょ」
残念そうにしながらロルはリボンを手首に結んで、手織り機の下にあった木箱を足で寄せて、麻糸を出した。
転生前も身だしなみのことはよく言われたものだ。
ロルが出した麻糸はたこ糸ほどしかない、細い麻糸だ。
麻糸は耐久力が低いから、結い合わせないといけないだろう。
「今日はちょっと急いでるから、麻糸の作り方は今度ね、みつあみは覚えてる?」
「うん、みつあみはわかる」
そう言ってみつあみを始めようとしたら、
「お姉ちゃん、お仕事だからあっちでやろうね」
脇を抱えられて椅子から降ろされてしまった。
当然か。




