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社畜OL、貧乏伯爵家に転生したので美容知識で成り上がります!  作者: あけはる


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第4話 その2


 あわてて研究所を飛び出すと、

 門番のひとりが息せき切って走ってくるところだった。


「ど、どうしたの?」


「村の女衆が……!」


「女衆?」


 門番は、息を整えながら叫んだ。


「“ミーナの右手がすごいことになっている”って、

 屋敷の前まで押し寄せてきてます!!」


「ちょっと待って、!?」


 慌てて屋敷の表口へ向かうと――


 そこには、十人近い女性たちが集まっていた。



 洗濯桶を抱えたままの人、畑仕事用のエプロン姿の人、子どもを背負ったままの人。


 皆、口々に騒いでいる。


「本当にレイフィーネお嬢様が!?」

「ミーナの右手、あんなつるっとして――!」


「わたしの手にも塗ってほしい!」


 渦の中心には、困惑した顔のミーナ。

「ち、違うんです!」

 レイフィーネと目が合うと、ミーナは全力で手を振った。

「お嬢様!ごめんなさい、井戸端でつい、話しちゃって……!」


(あー……やっぱりそうなったか)


 井戸端会議の情報拡散力を侮ってはいけない。

 私は苦笑しながらも、一歩前に出た。



「皆さん、少し落ち着いてください」


 声を張ると、ざわめきが静まる。


「たしかに、ミーナの右手には、私が試作したオイルを塗っています。

 でも、まだ“お試し段階”なんです」


「お試し……?」

「どういうこと・・・?」

 不安そうな声が飛ぶ。


 レイフィーネは続けた。


「私も同じものを自分の手に塗っていて、今のところ大きな異常は出ていません。

 しかしまだ、完全に、安全が保証されたとは言えないです。

 皆さんに一度にたくさん使ってもらうには、まだ確認したいことが多いのです」


 そう言いながら、

 頭の中では前世の“注意事項”が浮かんでいた。


(パッチテスト、大事。アレルギー、個人差あり。いきなり大量に使わせるのは、絶対ダメ)


 異世界だからって、そのあたりを雑に扱っていい理由にはならない。


「なので――」

 私は、少しだけ息を吸い込んでから続けた。


「希望される方の中から、“数人だけ”試しに塗らせていただけますか? 言葉を悪く言えば、実験です。

 きちんと様子を見て、何か変化があったら全部教えてほしいのです」


「実験……」

 女たちは顔を見合わせた。


 その中から、ひとりの老婆がのそりと手を挙げる。

「そんじゃあ、あたしにやってくれ」


「・・・大丈夫かい、ケイトばあさん」

周りの女性たちが老婆に声をかける。


手を挙げた老婆は言う、

「この老婆の手には冬は毎年きつくってなあ。このままにしておっても、どうせ、また血が出るだけ。

 それなら、少しくらい、試してみたって同じさ」


 老婆の現実的な意見に、周りの女性たちは・・・


「じゃあ、あたしも」「わたしも……」


 結局、手をあげたのは老婆含めて、三人。

 無理やり全員に塗ることにならなかったのは、不幸中の幸いだろう。


「ありがとうございます。では、研究所のほうへ――」


 私は内心かなり緊張しながらも、彼女たちを研究所へ案内した。


(これが、領民への初めての施術だ)


 旅商人ルードが言っていた言葉が頭をよぎる。

『味方だけじゃなく、敵もできるってことは分かっとけ』


(美容部門に目を付けられるかもしれない。それでも――)

 私は、オイルの小瓶をきゅっと握りしめた。


(この人たちの手を、少しでも楽にしたい・・・!)


―――――

 研究所の中で、私はひとりずつ椅子に座ってもらい、右手だけ慎重にオイルを塗っていった。


 ひびの深さ、皮膚の硬さ、冷え具合。

 人によって、状態は微妙に違う。


(この人は冷えが強いから、少しオイルを温めてから塗ったほうが良さそう)

(この人はひびが深い。あまりこすらず、押さえるように……)


 前世で見たマッサージ動画や、セルフケアの解説が頭の中で再生される。

 それを、今は実際の人の手で試しているのだと思うと、不思議な感覚だった。


「どうですか?」


「ほんと、いい匂いだねぇ」

「……なんだか、指が軽いような」

「すべすべしてる……」


 口々に漏れる小さな感想が、じんと染み込んでいく。


「今日はこれで終わりです。

 ただし、痒みが出たり、赤くなったりしたら、絶対にすぐ教えてください」


「わかったよ」

 真っ先に手を挙げてくれたケイト婆さんが、微笑みながら続ける。

「でも、お嬢様、本当に変わったねぇ」


「え?」


「前は、自分のことだけで精一杯な顔してたってぇのに。

 今は、“誰かのために”頑張れる顔になっとる」


 思わぬ言葉に、胸が詰まった。

(変わったのは……転生したから、なんだけど)


 それを説明するわけにもいかない。でも・・・うれしいっ・・・!。

 それはまるでこの世界に私という存在が認められたようで・・・


「領主の娘として、領地の人たちが、少しでも楽に暮らせるようにしたいんです」


 そう言うと、ケイト婆さんは目を細めた。

「長く生きるといいこともあるもんだねえ」


ーーーーー 


 夕方。


 研究所にようやく静けさが戻ってきた。


「はぁぁ……」


 私は、思わずその場に座り込む。


 思っていた以上に、体力も神経も使った。


 リタが急いで紅茶を入れてくれる。


「お嬢様、お疲れ様でございます……!

 参加者を集めて三人とも一度に施術なさるなんて……」


 ミーナも椅子に座って、右手をじっと見つめていた。


「でも、お嬢様。みんな、すっごく嬉しそうでした!」


「そうね」

 思い出すと、自然と笑みがこぼれた。


(これが、この世界での私の“仕事”になるのかもしれない)


 社畜OL時代、仕事とは

 数字とメールと、ほとんどが目の前にいない顧客のためのものだった。


 この世界では、手の温度も、傷も震えも、驚きも喜びも、全部ダイレクトに感じられる。


 私、今が一番、仕事にやりがいを感じているんだ・・・!


 この研究所も、オイルでの施術も、その他の美容アイデアも、まだ始まったばかりだけど。


 絶対につぶさせはしない。


(王都が何を言おうと、ここで暮らす人たちの手が楽になるなら、私はそれを選ぶ)

 この決意は、嘘じゃない。


 たとえ、どんな圧力が押し寄せようとも――

 今日、あの人たちが見せてくれた笑顔を、無かったことにはしたくない。


「それに……」

 私は、天井を見上げた。


「手だけじゃなくて、まだまだやりたいことがあるもの」


「お嬢様、他にもアイデアがあるのですか・・・!」

 ミーナが身を乗り出す。


「そうねえ、例えば・・・まつげとか。髪の色とか」


「まつげ……? 髪の色……?」

 リタとミーナが顔を見合わせる。


 私は、今日の充実感につつまれながら、

 前世で憧れ続けていた技術を思い浮かべた。


 くるんと持ち上がったまつげ。

 つやつやと輝く豊かな髪、それをつくるヘアケア商品。

 派手色、ブリーチ、透明感等さまざまなヘアカラー。


(いつか、全部、作ってみたいな・・・)

 


―――

 このとき私はまだ知らなかった。


 この“まつげ”と“髪”へのささいな野心が、

 やがて王都をも巻き込む大騒動の火種になることを。


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