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社畜OL、貧乏伯爵家に転生したので美容知識で成り上がります!  作者: あけはる


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8/15

第4話 はじまりの評判と、家族に試す“ひみつのオイル”

 翌朝。

 私は、いつになくそわそわしながら研究所へ向かった。


(ミーナの右手にだけオイルを塗り始めて、今日で4日目……)


―――

 ドアを開けるより先に、外から元気な声が飛び込んできた。


「お嬢様ーっ! 見てくださいっ!」


 研究所の前、ミーナがこちらに駆けてくる。

 一本に結った栗色の三つ編みが元気よくパタパタと揺れている。


 彼女は立ち止まるなり、右手と左手を私の目の前に突き出した。


「じゃーん!」


「……おお」


 思わず声が漏れた。


 右手の甲の赤みは、昨日よりさらに引いている。

 ひび割れも浅くなっていて、皮膚の表面が少しだけふっくらして見えた。


 一方、何も塗っていない左手は、まだ赤く、節々のひび割れも深い。


 並べて見ると、差は歴然だった。


「握ったり開いたりしてみて?」


「はいっ」


 ミーナは、手をぎゅっと握ってからぱっと開く。

 ……その動きが、本当にスムーズだった。


「右手だけなら、洗濯紐をぎゅーって絞っても、あんまり痛くないんですよ!」


「すごいわ。ちゃんと効いてる」


 感動で胸がじんとする。


(アルトシア・ローズと蜜のオイル、ちゃんと仕事してくれてる)


 前世では、

 “このクリーム、口コミで評判いいんだよね~”と

 画面越しに眺めているだけだった私が――


 今は、自分の手で作った油の効果を、

 目の前で確認している。


 それが、ただただ嬉しかった。


「お嬢様、このオイルの名前、どうしましょう?」


「え?」


 ミーナがきらきらした目で聞いてくる。


「“お嬢様特製しっとりオイル”とか、“ひび割れにさよならオイル”とか……!」


「名前のセンスが元気ね……」


 思わず笑ってしまう。


(たしかに、名前は必要かもしれないけど)


 でも今は、まだ“正式商品”にする前段階。

 試作品だ。


「もう少し改良したら、ちゃんと名前も考えましょう。

 今は――そうね、“試作一号”くらいで」


「試作一号……かっこいいです!」


 ミーナは右手を大事そうに抱え込みながら、

 また倉庫の片付けに戻っていった。


―――――


 研究所の整理は、少しずつ形になってきている。


 入口近くには、素材別の棚。奥には、調合スペース。中央には、大きな作業台。


「こうして見ると、本当に“それっぽく”なってきましたわね」

 リタが感慨深そうに呟く。


「最初はただの埃だらけの倉庫だったのに……」


「全部、手伝ってくれた二人のおかげよ」


(社畜時代、こんなに楽しそうに働いたことあったかな)


 そんな考えが頭をよぎり、 少し苦笑する。


 仕事は仕事でも、 今は“自分で決めた仕事”だ。


 誰かに押しつけられたノルマでも、

 意味の分からない資料作成でもない。


 自分の手で、誰かの生活を少しでも楽に、明るくするための作業。


 それだけで、全然疲れ方が違う。


 と、そこで。

「……あ、姉さま」


 研究所の扉から、控えめな声が聞こえた。


「ユリウス?」

 振り向くと、そこには弟の姿があった。


 厚手の上着を着込んでいるのに、どこか頼りない細さが目立つ。


「ここだったんだ。

 最近、姉さまを見かけるとしたら、いつもこの辺りだなって」


 言いながら、ユリウスは中を興味深そうに見回した。


「ここ、前はほこりっぽくて誰も近寄らなかったのに……

 ちょっと、いい匂いがするね」


 ローズとハーブと、ほんのり蜂蜜。


 最近研究所に染みつき始めた香りだ。


「お姉ちゃんの、研究所だもの」


「けんきゅうじょ……?」

 その言葉に、ユリウスの目が丸くなった。


「すごい。姉さま、本当に何か始めたんだね」


 “本当に”。


 その一言に、少し胸が痛んだ。


(前のレイフィーネは、“やる”って言って何もできなかったんだろうな・・・)


 転生前の記憶と、この身体の記憶が混ざり合うたび、

 そんな後悔も一緒に押し寄せてくる。


 だからこそ、今度は違う形を見せたい。


「ユリウス、ちょうどよかった。ここ、座ってくれる?」


「え?」


 私は作業台の端に椅子を引き寄せ、

 ユリウスを座らせた。

「姉さま、何を――」


「いいから、手を出して?」


 言われるままに差し出された両手は、

 まだ子どものものなのに、節や細かな傷が目立っていた。


 勉強だけでなく、

 薪運びや雑用までこなしている証拠だ。


 指の甲には、血のにじむ複数のあかぎれ

 乾燥で硬くなった皮膚。


(本当は、傷などひとつもない子供らしくて、ふくふくとした手でいてほしい……)


 今できることを、やるんだ。


「ミーナと同じオイルを、少しだけ塗ってみましょう」


「ミーナ姉ちゃんの手、なんか最近すべすべしてるって思ってた、僕の指もきれいになる?」

 ユリウスの瞳が、少しだけ期待を帯びる。

「ええ、そのためにお姉さま、頑張るわ」

 私は小瓶からオイルを一滴、手のひらに落とした。


「冷たいわよ」


「うん……」

 両手を包み込むようにして、

 指の一本一本に、いたわるようにゆっくり馴染ませていく。


 子どもの手は、大人よりも温かい。

 オイルが体温でとろりと溶けていく。


 あかぎれの上をそっとなぞると、ユリウスがくすぐったそうに肩をすくめた。


「どう?」


「……なんか、いい匂い」


「しみてない?痛くない?」


「うん。痛くないよ。だんだん、あったかくなってきた」


 ユリウスは自分の手を見つめ、ぎゅっと握ってから開いた。


「ちょっと……痛いの、楽になったかも!」


 その小さな感想が、何より嬉しかった。

(この子の手が、もう少し強くなるまで)


 オイルで、少しでも守ってあげたい。


 ユリウスは照れくさそうに笑ってから、ふと真面目な顔になった。


「レイフィーネ姉さま、僕思うんだけど・・・」


「なあに?」


「これ……お金になったりする?」


 ドキリとした。


「どうして?」


「だって……姉さま、いつも言ってるでしょ。

 “ユリウスにお腹いっぱい食べさせてあげたい”って」


(やっぱり、聞こえてたか)

 私は苦笑しながらも、真剣に答えた。


「そうね。いつかは、お金にするつもりよ」


「いつか?」


「まだ、ちゃんと安全かどうか確かめている段階だから。

 でもね――」


 私は、研究所の棚を見渡した。


 アルトシア・ローズ。

 オリエンタル・ハーブ。

 小魔蜂。


「この領地だからこそ作れる“美”ができたら、

 それを欲しがってくれる人は、きっとどこかにいるわ」


 その時、ユリウスはほんの少しだけ

 希望に似た光を瞳に宿した。


「そしたら……ぼくも、手伝える?」


「もちろん、お願いするわ」


 レイフィーネが即答すると、ユリウスは、ぱあっと笑う。


「じゃあ、僕ももっと勉強をがんばる。計算とか、字とか、必要でしょ?」


(この子、ほんとに優しくて、賢い……)

 

 ユリウスのひび割れた手に塗ったオイルの

 ほのかな香りを嗅ぎながら。


(明日は、もう少し配合を変えてみよう)

 そんなことを考えていた。

 

そんなとき――――


「お嬢様ーッ!!!」


 研究所の外から、慌てた声が聞こえてきたのだった。


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