第2話 東方に眠る宝物と、素材探し
さもしい朝食を終え、自室に戻った私は、
しばらくぼんやりと窓の外を眺めていた。
冬に向かっていく東方の空は、薄くどんよりと曇っている。
遠くには、雪をかぶりはじめた高い山々が見える。
あの向こうに、他の東方領。
そして、さらにずっと向こうには王都がある。
(王都、か……)
この身体の記憶によれば、
王都には「商業ギルド」があり、その中に“美容部門”がある。
けれど、それは王都にしか、存在しない。
地方には支部がない。
理由は簡単。
美容や、美しさというものは
王都の、中央貴族の、”特権”であるべきだ――
という考え方があるためだ。
商業ギルドの美容部門というが、実態は1つの巨大な商会であり、
王族や中央貴族への美容事業を独占して、莫大な富を築いているのだ。
その名は、モランボン商会。
利益への貪欲さと狡猾さは群を抜いており、
地方で有望な美容技術が生まれても、いち早く察知してつぶしにかかるという。
前世の、日本のコスメ業界の話を思い出す。
大手ブランドと個人サロンの対立。
独占したい側と、新しいものを作りたい側。
(ここも、そういう構図なんだ)
だったらなおのこと、挑みがいがある。
窓の外では、村の女たちが井戸端で話をしている。
その手は赤切れだらけ。
髪は布で雑にまとめられ、乾燥でパサパサになっている。
(あの手にオイルを塗ったら――
あの髪をケアしてあげたら――きっと、笑顔が増える)
想像しただけで、胸が少しあたたかくなった。
ただ、美容で領地を救うと言っても、材料がなければどうにもならない。
(この家に、何かあるかな……)
そう考えたところで、扉がノックされた。
「お嬢様? 失礼してもよろしいでしょうか」
「どうぞ、リタ」
入ってきたリタは、腕に布束を抱えていた。
「洗濯物をお持ちしました。
それと……ご相談がひとつだけ」
「相談?」
リタは一瞬ためらってから、
申し訳なさそうに口を開いた。
「お嬢様のお部屋の化粧道具ですが……
残りがほとんどなくて」
「ああ……」
記憶と繋がる。
アルトシア家の財政が苦しくなってから、
レイフィーネは自分の化粧代を真っ先に削った。
もともと大したものは使っていなかったし、
父であるルドルフ伯爵が亡くなってより一層、
中央のお茶会やパーティーなどにも呼ばれなくなったから。
粉おしろいも香油も、今では底をつきかけているが特に問題はない。
「無理に用意してもらわなくていいわ。
家計が苦しいのは分かっているもの」
「ですが、お嬢様は伯爵家のご令嬢で……」
「今の私の顔を、見ても?」
鏡に映る自分を指さしてみせる。
くすんだ肌、荒れた唇、ぱさついた髪。
「この状態で、取り繕っても意味がないわ。
外側だけ粉をはたいても、すぐに剥がれるもの」
前世、寝不足のクマをファンデーションでなんとか隠そうとして
逆効果になった自分を思い出す。
「だったら、いっそ“土台”からなんとかしたいの」
「土台、ですか?」
「肌そのものとか、髪そのものとかね」
リタはきょとんと目を瞬かせた。
「……そういう考え方は、初めて聞きましたわ」
(王都の悪徳美容部門、モランボン商会は、こんな基本的ことも公開していないのかしら)
「美容のことはあまり詳しくありませんが……
“香油を塗り、粉をはたく”のが基本と聞いておりますわ」
(ああ、やっぱり。)
(モランボン商会も含めて、こっちの世界の美容レベル自体が、まだまだなんだわ……
このあたりに付け入る隙がありそうね・・・)
私はふと思いつき、言った。
「ねえ、リタ。
この屋敷の倉庫って、今どうなっているの?」
「倉庫ですか? ……あまり使われておりませんわね。
昔、領地で採れたものを売ろうとして失敗した残りや、
使い道のない素材がしまってあります」
「使い道のない素材?」
「はい。売り先もなく、冬が寒いここ東方以外では保存も効かず、
処分にも困るようなものが多いそうです」
その言葉に、胸がどきりと高鳴った。
(処分に困る――つまり、“活かし方がわからない”、ともとれるわね!)
同じ状況は前世、たくさんあった。
集められたはいいものの分析されず放置されていたデータ。没になった大量の企画案。
上司にはゴミだといわれた企画案が、
視点を変えた瞬間、一気に価値を持ち、結局採用にこぎつけた経験を思い出す。
「その倉庫、案内してもらえる?」
「今、でございますか?」
「そう。今、行きたいの」
私が真剣に言うと、リタは少し驚いた顔をしたあと、
柔らかく笑った。
「お連れいたします、少し埃っぽいですがご容赦を。」
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屋敷の裏手、石畳の道を抜けた先に、
木造の大きな建物があった。
「ここが倉庫です」
扉は重く、鍵にはうっすらと錆が浮いている。
長いこと、ほとんど開けていない証拠だ。
リタが鍵を回し、ぐっと力を込めて扉を押すと、
中からひんやりとした空気が流れ出てきた。
埃っぽい匂い。
でも、その奥に――
甘い香りと、青い香りと、少し刺激のある香りが混じっている。
(……いい香りがする)
私の鼻が、前世からの習性でぴくりと反応する。
「中に灯りを……」
リタがランプに火を灯すと、
薄暗い倉庫の中に、大量の、棚と樽と箱が浮かび上がる。
その多くは布で覆われていて、
ところどころに蜘蛛の巣が張っていた。
「……すごい」
(”使い道のなかった”素材たちがこんなにも・・・!)
レイフィーネは思わず息をのむ。
決して綺麗な光景ではない。
でも、レイフィーネには、大きな大きな宝の山に見えた。
読みやすい長さってどんなもんなんでしょうか・・・
試行錯誤の日々です。




