第1話 その2
ここは――
スメラギ大皇国の東方にある、アルトシア伯爵領。
歴史だけは長く、肩書きだけは伯爵。
だけど領地は狭く、土地もかなり痩せていて、税収は雀の涙。
貴族として家の維持だけで手一杯で、贅沢なんて夢のまた夢。
そして私は、そんなアルトシア伯爵家の“長女 レイフィーネ・アルトシア”。
弟もいる。 ユリウス・アルトシア。
まだ幼い、けれど賢くて、思いやりがあって
ちょっぴり遠慮がちな優しい弟。
(貧乏すぎて、満足にご飯も食べられてないんだよね……)
胸がぎゅっとなった。
前世、私は、自分の健康を犠牲にして働きまくっていた。
でも、少なくとも飢える心配はなかった。
この世界では――自分だけじゃなく、家族が本当にお腹を空かせている。
(まあまあハードだな……この環境)
レイフィーネは一度、状況整理してみる。
一、私はレイフィーネ・アルトシア。
二、ここは皇国の東方、田舎と見下されている土地。
三、アルトシア伯爵家は貧乏。
四、魔法もチート能力も、今のところ何もないみたい。
五、唯一の武器は――
(そう、私は。)
残業中の息抜きに、動画サイトやSNSで美容情報を延々と見続けていた。
ネイル、まつ毛パーマ、プチプラ化粧品、簡単セルフカラー。
お金はなかったけれど、コンプレックスをごまかす技だけは増えていった。
(あれ、もしかしてこの世界、美容文化かなり遅れてる……?)
この身体の記憶を探る限り、貴族の奥方たちは
香油とおしろいくらいしか使っていない。
爪は基本素爪。まつげパーマなんて概念もない。
それどころか――
(東方の女の人たち、美容どころじゃない生活してる……)
乾燥した空気、きつい家事、栄養不足。
ひび割れた手、荒れた髪、くすんだ肌。
それでも、誰も“手入れ”なんて発想を持っていない。
美は王都のもの、東方には似合わない、と教え込まれているからだ。
(……これ、逆にチャンスじゃない?)
胸の奥が、ちり、と熱くなる。
魔法もチートもない。
でも、“ここにはない知識”なら、私の中にたくさんある。
社畜時代、画面越しにしか触れなかった美容の世界。
それを、この東方で形にできたら――。
「お嬢様?」
リタの声に、私は我に返った。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしてたわ。
朝食、行きましょうか」
「はい」
私は粗末な寝間着の上から、これまた質素なワンピースを重ねる。
布は薄く、ところどころ当て布がしてある。
鏡に映る自分は、とても“伯爵令嬢”には見えなかった。
やつれた顔。艶のない髪。
くすんだ頬に、ひび割れた唇。
(うん、やることが山ほどあるわ!)
私は小さく息を吸い込んで、
貧乏伯爵家の“朝”へと足を踏み出した。




