第9話 東方の白バラ、本格研究スタート──そして“まつげ革命”!?
翌日の朝日が差し込む頃。
研究所の前には、もう見慣れてしまった人だかりができていた。
「お嬢様ァ! 今日こそ“左手”もお願いします!」
「順番表に書いてください! ほら、字が読めなくても私が書きましょうね!」
「ミーナ〜! おれ今日三番目~!?」
「わたし昨日、赤みが消えました! 見てください!」
村全体が異様な勢いで“美容”に目覚めていく。
(こんなに早く、東方に広がるとは……)
不思議と怖さはなく、
ただ純粋に胸が熱くなった。
◆
「お嬢様、本日のお客様、こちらです!」
ミーナが持ってきた予約表には、
“男:11名 女:16名 初:3名” と書かれている。
「初の人が増えていますね……
噂がまた広がっているのかな」
「その噂なんですけど……」
ミーナがこそこそ声を潜めて近づいてきた。
「“東方に白バラの姫がいる”って、村の子どもが言ってたんですよ」
「やめて〜!!」
「でも、ほんとにそう呼ばれてるんですって!
子どもが“白バラごっこ”してましたし!」
(そんなごっこ遊びまで……!?)
穴があったら入りたいが、
正直ちょっと嬉しい。
◆
施術の合間、私は机の上で昨日の観察メモを見返す。
――小魔蜂の蜜の濃度を上げると、色の沈着が強まる
――アルトシア・ローズとの相性がいい
――使う量が多いと、皮膚が軽く赤みを帯びる人がいる
(……これは、やっぱり“カラーの媒染材”になる)
前世の記憶と今の世界の素材が、
ピタリと重なる瞬間―――
(次の一手……まつげカールの前に、
“髪色の調整”が先かもしれない)
村には黒髪が多いが、光にかざすと少し茶色がかる。
色が入りやすい人もいるはずだ。
(これは、“お試し”が必要ね……)
◆
そこへ、外から声がした。
「お嬢様ーー! 昨日の商会の人たち、また来てます!」
「また?」
研究所を出ると、
昨日と同じ4人組の男たちが立っていた。
「おはようございます、レイフィーネ様。
昨日の施術を見学させていただけないかと……」
旅商人とは違う、無駄のない礼儀作法。
服は上質なのに動きやすい仕立て。
目つきは、商品を値踏みするときの商人の目だ。
(この人たち……絶対に普通じゃない)
「本日は“見学のみ”なら」
「ありがとうございます!」
ミーナが私の袖を引く。
「お嬢様……この人たち……なんか、怪しくないですか?」
「うん。絶対どこかの大手商会よ」
「……美容ギルドの関係者だったり……?」
「その可能性もあるわね」
胸に冷たいものが走る。
(でも……ここで下がったら終わり。
本物で勝つしかない)
◆
昼休憩の頃。
門番が、急ぎ足で走ってきた。
「お嬢様、荷物が届いてます!」
「荷物?」
「……また、ヴァルティエル公爵家からです!」
「また!?」
ミーナが頭を抱え、リタは目を丸くする。
荷車の上には――
大量の鉢植えと、布で巻かれた箱。
「開けてみても……?」
「はい……どうぞ」
箱の布をそっとほどく。
中には、私が人生で見たこともないような
“高級な美容用のブラシと櫛”が並んでいた。
「これ……王都でしか手に入らない……!」
「こっちは……ハーブの苗!?
これ、めちゃくちゃ高い品種……!」
そして、手紙が添えられていた。
『レイへ。
あなたの施術を再現したくて、侍女たちが王都中の美容器具を集めてきたの。
東方で育つ薬草も少し送ったわ。
“あなたの手で、東方の美容がもっと広がりますように”。
──エリシアより』
「エリお姉様ぁぁぁ……!」
私は机に突っ伏した。
「私の…最推しが尊すぎる……!」
ミーナはにやにやしている。
「レイお嬢様……
完全に“東方の女神様”扱いされてますね……?」
(ち、違う……ただの元社畜OL……!)
◆
その晩。
贈られた器具を広げながら、私は新たな決意を固めていた。
(やっぱり……やろう。
絶対できる。
この世界に“まつげパーマ”を作る)
鉢植えをひとつ手に取る。
エリシアが送ってくれた東方地方原産で粘り気のある”ヴィスコ・ハーブ”。
乾燥すると糊状になり、熱を加えると柔軟に形が変わり、食用にも使われ、毒性が無い。
(これ……まつげの固定剤に使える!)
私は思わず立ち上がった。
「お嬢様……また“思いついた顔”ですね?」
「してない!」
「してます!」
「……ほんの、ちょっとだけ」
ミーナは笑いながら言った。
「お嬢様。
この世界、ほんとうに変わっちゃうかもしれませんよ?」
(そう……変えられるかもしれない。
東方の女性たち、そしてこの国の美容を。
心に灯がともる。
「よし。明日から“まつげ実験”開始よ!」
「わあー!新技術!」
「お嬢様、夜更かしはお控えを・・・」
ミーナは興奮気味、リタは心配そうな顔だが、期待のこもった目だ。
そしてその夜。
私は作業台に向かい、
成功すれば、もしかしたら、この世界の美容史に残るかもしれない“初めての器具”を作り始めた。
◆
翌朝。
東方の寒空がほんのり白む頃。
村の女性たちがざわざわと噂をしていた。
「聞いた? 白バラ様、今度は“目を大きくする美容”を作るって……!」
「まつげが上がると、美人に見えるって……!」
「なにそれ!? やりたい・・・」
噂は、もう止まらない。
(……いいわ。完成させてみせる、みんなの期待に応えるのよ)
私は胸の前で拳を握る。
(東方のみんなを、もっと、美しく)
ついに、東方美容革命の“第二波”が始まろうとしていた。
できるだけ毎日更新できるように、がんばります。




