第8話 美容研究所、ついに本格始動──研究所の朝と、予約殺到
ヴァルティエル公爵家からの馬車五台分もの贈り物が届き、
アルトシア家の屋敷は今、珍しいもので溢れている。
レイフィーネの美容研究所には、珍しいハーブの香りが漂い、
その棚にはピカピカに磨かれた最新のガラス器具たちが誇らしげに並んでいる。
「お嬢様ぁぁ……! すごいです! 研究所が……研究所が本当に研究所です!」
ミーナが荷物の山を抱えたまま半泣きで騒いでいる。
「器具がきちんと揃っているだけで、
こんなに“できる人の部屋”みたいになるなんて……」
「もともとはただの倉庫でしたのに……」
リタも感心している。
上質な布や保存瓶、油の瓶が棚にずらりと並び、
見たことのない形をした美容器具まである。
(エリお姉様……どれだけ送ってくれたの……?)
贈り物の量を思い出し、思わず天井を仰いだ。
(いや、うん、ぜったい送りすぎ。
でも、嬉しい……)
◆
「レイフィーネお嬢様! 村の方々が!」
門番の声が研究所に響く。
「また?」
「“今日も施術を受けたい”と……
昨日の倍以上集まっております!」
「昨日の倍!?」
ミーナが叫び、リタが顔色を変えた。
(昨日でも相当だったのに……!)
しかし、外へ向かう前に――
私は“昨日から考えていたもの”を机に広げた。
手作りの紙、そしてインクと羽ペン。
「お嬢様、それは……?」
「予約表です」
「よ、よやく……ひょう……?」
「施術を受ける順番を整理するための表です。
そろそろ、本格的に管理しないと無理だと思って」
私が日時と順番、名前の枠を書き込むと、ミーナが目を輝かせた。
「かっこいいです!なんだか立派なお店の人みたいですね!」
「お店じゃあないけど……でもまあ、似たようなものかも」
半分は冗談のつもりだったが、
気づけば本気で“店を持つ未来”を想像してしまう。
(……もし自分の美容サロンが東方にできたら……?)
胸の奥がどきどきした。
◆
外へ出ると、村人の列は本当に“昨日の倍”だった。
「お嬢様!今日はわしの番か!?」「ばあさん!わしを抜かすなよ!」
「お嬢ちゃん、昨日より顔色よくなってるわね!」
「わたしの右手、昨日より柔らかいのよ!見て見て!」
皆が右手を掲げて盛り上がり、
まるで市場のようだ。
(……これ、ほんとに管理しないとカオスになるわね)
私は予約表を掲げ、声を張った。
「本日から“予約制”にします!」
「よや……?」
「順番がわかるのはありがたい……!」
「お嬢様、字がきれいだねぇ!」
あちこちから賛同の声が上がる。
こうして、アルトシア領初の、“施術予約整列制度”が開始された。
◆
施術をしながら、私はふと違和感に気づく。
(昨日より……皆の肌の調子が、上がっている?)
オイルの効果がだんだん浸透しているようで、
ひび割れや赤みが減っている人が多い。
嬉しい反面――
気がかりな症状もあった。
「……あれ? ちょっと赤くなっていますね」
昨日施術した、若い母親の右手。
軽く赤くなっている部分がある。
「痛みや痒みは?」
「いえ、大丈夫ですよ。ちょっとむずむずするくらいで」
(軽度の反応……これ以上悪くなる可能性もある)
私は慎重にオイルの量を調整し、
赤みのある部分は避けて塗布した。
「しばらくは、この量で様子を見てください。
もし赤みが広がったら、絶対に私かミーナに知らせて」
「はい、お嬢様!」
(よし……早期に気づけた)
美容の施術をするなら、“トラブル対応”も大事。
こうして信頼を積むことで、
美容は本物として根づくはずだ。
◆
昼過ぎ。
施術を終えたミーナが、外から駆け込んできた。
「お嬢様!村に商人が来ています!」
「商人?」
「ええ、旅の商人じゃなくて……ちゃんとした商会の人らしくて……
“アルトシアの美容を見たい”って」
私はぴたりと動きを止めた。
(もう……領外にまで広まってしまったの?)
昨日の今日で、他の商会の耳に入り、
しかも興味を持って来るなんて――
村の誰かが、道中で噂を広めたのだろう。
王国は広い、だが噂はが広まるスピードは早い。
(……これは、いいことでもあり、悪いことでもある)
◆
王都のモランボン商会──
偽の美容液を作らせていた悪徳商家たち──
美容にかかわる者たちが、東方に芽生える新しい美容を見逃すはずがない。
(まだ直接動いてきていない……でも、確実に噂は届く)
胸に緊張が走る。
だが同時に、燃えるような決意が湧いた。
(来るなら来なさい。
東方の美容は、偽物より強い。
……本物なんだから)
◆
夕方、施術がすべて終わったあと。
私は研究所の机に座り、小魔蜂の蜜の瓶を見つめた。
「……髪色……まつげ……どれからやるべきかしら」
将来、美容サロンを名乗りたい以上、
“次の一手”が必要だ。
思い浮かんだのは――
前世で大好きだった美容院でしてもらっていた、まつげカール。
(まつげ……いけるかもしれない。
植物の粘性と熱……巻き方さえ工夫すれば……)
胸が高鳴り、指が震える。
「お嬢様、また“なにか思いついた顔”をしていますね?」
ミーナがじと目でこちらを見ていた。
「・・・してないわよ」
「してます!」
「してない」
「してますってば!」
騒ぎながらも私は笑っていた。
◆
その夜。
机の上に一通の手紙がそっと置かれていた。
水色の封筒、優しい香り。
差出人はもちろん――
『親愛なるレイへ』
読み始めて、胸が熱くなる。
『レイが毎日してくれた施術のおかげで、
鏡を見るのが怖くなくなったわ。
あなたの“美容”は、
わたしの心まで救ってくれたの。誇りをもって。
それと……これからも文通を続けてもよいかしら?
わたくし、もっとレイとお話ししたいわ。東方の未来について一緒に考えましょう!
追伸:研究の材料を見つけたらまた送るわね。』
(……また送る、って……絶対大量に送ってくる気がする……)
苦笑しつつも、
手紙を胸に抱きしめた。
(エリお姉様……本当に、ありがとう)
こうして、
レイフィーネとエリシアの“文通友達”としての日々が始まった。
そして同時に――
東方で美容革命の次の波が、静かに動き始める。
何度書き直しても後で読んだら、こう書いたらよかった・・・ってなるの、やめたいです・・・




