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社畜OL、貧乏伯爵家に転生したので美容知識で成り上がります!  作者: あけはる


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第6話 その2

◆幼い日の茶会の記憶


 ふと、脳裏に“あの日の光景”がよみがえった。


 まだ私たちが五、六歳の頃。

 王妃陛下が主催の、“貴族子弟招待茶会”。


 子どもと言っても、立派な王国貴族。

 礼儀作法も、言葉遣いも、立ち居振る舞いも、

 すべて厳しく見られる場だった。


(あのときの私は、本当に……ひどい有様だった)


 周りの子どもたちは、

 王都仕込みの立派な服を着て、完璧な笑顔を貼り付けていた。


 私はといえば、

 緊張しすぎて手が震え、

 ついには――


 あろうことか、第2王女 ユーリア殿下の目の前で、

 紅茶のカップをひっくり返してしまったのだ。


 純白のテーブルクロスに、紅茶のシミが広がっていく。

 あたりが一瞬で静まり返る。


(ああ……やってしまった……)


 幼心にも、それがどれだけの失態か分かった。

 母の顔が青ざめ、

 側にいた侍女たちの表情も固まる。


 なんとかしないと、そう思ってもあり得ない失態に、体が固まって思うように動かない…

 

 レイフィーネは、震えながらうつむくしかなかった。

 このままでは、アルトシア家の名に、傷が――


 その時。


 すっと前へ進み出て、その背に私をかばいつつ、

 王女殿下へ、完璧な淑女の礼を見せた、美しい、少女。


「失礼いたしました、殿下。

 わたくしがテーブルクロスの端を引いてしまいましたの」


 鈴を転がしたような、澄んだ声が、耳に柔らかく届く。


 皇女殿下は少しだけ戸惑った顔をして少女を見、

 それから、ふっと微笑んだ。


「・・・・・・そう、わかったわ。以後、気を付けるように。それから・・・


 いいのよ、少しくらいの失敗は。……可愛いわね、二人とも」


 ユーリア王女の一言で、場の空気がふわりと緩んだ。


 母も、侍女も、周りの大人たちも、

 それ以上は何も言わなかった。

 

 そうして、テーブルにいた他の令嬢たちにも声をかけながら、

 ユーリア王女殿下はゆっくりと隣のテーブルへ移って行かれた。


 私へのお咎めは、なかった―――


 殿下が去ったあと、

「お顔をおあげなさって? もう大丈夫よ」

 優しい声に顔を上げると、そこには・・・


 アメジストのように輝く瞳を柔らかく細めた、金髪の美しい少女が、微笑んでいた。


「ドレスにはかかってないかしら? 良かったらこれをお使いになって?」

 そう続けて、繊細なレースのハンカチを、レイフィーネに差し出している。


 この方―――


 ヴァルティエル公爵家が長女 エリシア・ヴァルティエル。


 容姿端麗、文武両道、東方一の令嬢と呼ばれ、

 王家から求められたことで、若干10歳で第三王子と婚約した、才女。


 同じ東方の出身ということ以外、縁もゆかりもないレイフィーネを、

 あの緊迫した場で、自らを“盾”にし、守ってくれたのだ。


 いくらユーリア殿下が穏やかなかたといえ、王族の前でのあの失態。

 一歩間違えれば、もっと大事になってもおかしくなかった。

 

 レイフィーネはエリシアに感謝してもしきれなかった。


 「た、助けてくださって、本当に、、、あ、ああ、ありがどうございましたぁぁ」と、

 恐ろしさと安堵の入り混じった涙をながしながら、お礼を述べることしかできなかったのだが。

 

 茶会が一段落してから、

 エリシア様はこっそり、庭園の片隅で私に声をかけてくれた。


「さっきは、ごめんなさいね。勝手に庇ってしまって」


「い、!いえ!絶体絶命のピンチを助けていただき、何度感謝してもしきれないです・・・!」


 これまた緊張してうまく言葉が出てこない私に、

 彼女はふわりと微笑んだ。


「東方の子どもが、王都で萎縮するなんて、なんだか悔しいでしょう?」


「え……?」


「あなたが付けているその髪飾り、東方地方伝統のモチーフね。一目見て、同じ東方出身だとわかったわ。」

「そう、だったのですね・・・!」


「王都では立場が低いけれど、わたくしは、東方が大好きなのです。

 山も、森も、風も、そこに住む人々も。

 だから、東方の子には、胸を張っていてほしいの」


 その瞳は、幼いのに真っ直ぐで、

 どこか、大人びていた。


「……わたくしは、エリシア・ヴァルティエル。ヴァルティエル公爵家の長女よ。あなたのお名前は?」


「アルトシア伯爵家の長女、レイフィーネ・アルトシア、です」


「まあ、アルトシア家の!

 レイフィーネ様、またいつか、東方でお会いできると嬉しいですわ」


 そう微笑んで、瞳と同じアメジスト色のドレスをなびかせて、

 颯爽と去って行かれたエリシア様。


 あれから、実際に会う機会は数えるほどもなかった。

 けれど――


 私の中で、エリシア様はずっと

 “東方で一番、格好良いお嬢様”だった。



だからこそ、半年前にとびんできたニュースが、信じられなかった。


『号外―――!!第三王子とヴァルティエル公爵家の才媛、婚約破棄!!』

『第三王子が婚約破棄をつきつけた! 東方の才女、その心中やいかに―――!?』

『東方一の令嬢、傷心にて王都を離れる!――』

 





◆現在──


 

(エリシア様が、今――アルトシアに)


 門番の報告を聞きながら、

 現実をいまだ信じられず、胸の奥がざわざわと落ち着かない。


「……レイフィーネ様?」


 門番が不安そうにこちらを見た。


「すぐに支度します。お母様には?」


「すでにお知らせしております。

 ただ……奥様は今日は持病の具合が悪く……」


「そう……」


 母の体調不良は本当だろうし、

 “急な公爵家来訪”に怯えている部分もあるのだろう。


 貧乏伯爵家が、東方随一の公爵家を迎える。

 たとえ婚約破棄のことがあっても大貴族であることは変わらない。


 緊張するなと言うほうが無理だ。


「ひとまず、玄関ホールでお迎えしましょう」


 私は、簡単に身なりを整えた。

 と言っても、豪奢なドレスなど、この家にはない。


 少しだけましな生地のワンピースを選び、

 髪をリタに急いで整えてもらう。


「お嬢様……緊張しておられます?」


「……少しね」


 鏡に映る自分の顔を見つめながら、

 心臓の鼓動をなだめるように深呼吸した。


(あの頃の、誰よりも凛としていたエリシア様が……

 “婚約破棄された令嬢”となって、ここに来る)


 どんな顔で、

 どんな声で、

 どんな言葉を紡げばよいのだろう。


 どんなご用事でこられたのだろう―――


「リタ、行きましょう」


「はい、お嬢様」


 


 


 表門へ向かう廊下は、

 いつもより長く感じた。


 ところどころ壁が剥がれているのが目に入る。

 貧乏伯爵家の現実が、

 今さらながら恥ずかしくも感じる。


(でも、それが今のアルトシア家。

 取り繕っても仕方がない)


 門の前に出ると、

 そこには白銀の馬車が静かに停まっていた。


 雪の気配を孕んだ寒空の下で、

 ヴァルティエル公爵家の紋章が鈍く光っている。


 御者が恭しく一礼し、扉の取っ手に手をかけた。


「ヴァルティエル公爵家よりの客人にございます」


 ゆっくりと扉が開いていく。


 中からまず、一人の侍女が降り立った。

 次いで、淡い水色の外套の裾が見える。


 心臓が、ひときわ強く脈打った。


 そして――


 外套のフードを深くかぶった少女が、

 ゆっくりと地面へ降り立つ。


「レイフィーネ……様、で……いらっしゃいます、か……?」


 か細く震える声。


 私は息を呑んだ。


 顔を上げたその人は、

 たしかにエリシア様だった。


 けれど。


 血色の良かった丸い頬は無残にこけ、目は泣きはらしたように赤くはれている。

 上質な絹のようだった肌は、柔らかさを失い、乾燥し、光り輝いていたはずの金髪は、艶が消え、細く、勢いを失っている。

 


 自信に満ちていたはずのアメジストをたたえた瞳は、

 迷いを宿して暗く不安げに揺れていた。


「エリシア……様」


 思わず名前が漏れた。


 エリシアは、はっとしたように目を瞬き、

 ほんのわずかに微笑もうとした。


 けれど、その笑みは途中で折れてしまう。


「ご迷惑を……承知の上で参りました……。

 ……わたくしなどが、お目通りを願うのはおこがましいと、

 何度も思ったのですが……」


 鈴がなるようだった美しい声は、伸びやかさを失っており、途中で掠れる。


「“婚約破棄された令嬢”などに、

 会う理由はない……と、きっと、そう、思われるでしょう……。

 それでも……それでも……」


 その骨ばかりに痩せたてしまった両肩は、

 あの日、王女殿下の前で堂々とふるまっていた少女とは別人のように、

 今にも折れそうなほど、震えていた。


(……こんなに、自信を失って……)


 胸が痛んだ。


 私は一歩前に出る。


「ようこそ、アルトシア領へ。

 ヴァルティエル公爵家令嬢、エリシア様」


 できるだけ、はっきりと。


 かつて彼女が、

 萎縮していた私を“同じ東方の子”として扱ってくれたように。


「もう一度、お会いできて、光栄ですわ」


 エリシアの瞳が、大きく揺れた。


 侍女の一人が、そっと彼女の背を支える。


「レイフィーネ……様……。

 ……覚えて、いて……くださったのですね……」


「忘れるわけがありません。

 王妃陛下の茶会で、お茶をひっくり返した私を、

 庇ってくださった方ですもの」


「……っ」


 エリシアの目元が、かすかに赤くなる。


「東方の子どもが王都で萎縮するなんて、悔しい──

 ……私にそう教えてくれたのは、エリシア様です」


 あの時の言葉を、そのまま返す。


 エリシアは唇を震わせ、

 かろうじて笑みの形を作ろうとした。


「……今は、わたくしのほうが……

 萎縮してしまっているようですわね……」


「でしたら――」


 私はそっと手を差し出した。


「今度は、私におまかせください。

 東方いちのご令嬢がうつむいているなんて、もったいないです」


 エリシア様は、驚いたように私の手を見つめ、


「今の私に、そんなふうに言っていただく資格はないのです・・・・・でも・・・」


 震えながら、恐る恐る、レイフィーネの手を取った。


 こんなにも細くなり、力強さを失ってしまった、冷たい指先。


(この手を、あたたかな手に戻したい)


 美容だけではない、心ごと。


「さあ、中で温まりましょう。

 お話を伺わせてください。

 ……そして、もしよろしければ――」


 私は、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「私の自慢の美容オイル、試して行かれませんか?」


 エリシアの喉が小さく震え、

 やがて、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。


「婚約を破棄されてしまった、駄目なわたくしに・・・・そんなふうに……言っていただけるとは………!」

「エリシア様、ゆっくり自信を取り戻しましょう」

 震える声は、少しずつだが、わずかに、希望を持ち始めていた。


 かつて王都の場で私を支えてくれた気高い少女が、羽を折られ、

 今、東方の辺境で、私の助けを求めている。


(大丈夫。今度は、私が支える、恩返しの時よ)


 そう固く心に誓いながら、

 私はエリシアの手を、しっかりと握り返した。



レイフィーネは、傷心のエリシアを癒せるか―――?

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