父さんの天体望遠鏡
父さんは、いつもちょっと変わっていた。夏休みの朝、僕はまだ寝ぼけまなこでいると、父さんはもう庭のデッキに座り、コーヒーを飲みながら、天体望遠鏡を組み立てていた。
「おい、ミツル。起きろ、起きろ。夜は忙しくなるぞ」
父さんは、にやにや笑いながら僕に言った。僕が小学生になってから、父さんの宇宙熱はどんどんエスカレートしていった。昔は、ただ星を眺めるだけだったのが、今では高価な天体望遠鏡や分厚い天文学の本が、リビングのあちこちに積み上げられている。
「また、望遠鏡かよ。学校の自由研究、もう終わったんだけど」
僕がぼやくと、父さんは「馬鹿者! 宇宙のロマンに終わりはないんだ!」と、まるでSF映画の主人公みたいに大袈裟に言った。僕がそんな父さんを少し冷めた目で見るのが、いつもの夏の風景だった。
その年の夏は、特に暑かった。父さんと僕は、毎日、汗だくになりながら、庭で望遠鏡を覗いた。
火星の赤い砂漠、木星の縞模様、土星の輪。父さんは、一つ一つ、まるで自分の友達を紹介するかのように、熱心に説明してくれた。
「ほら、ミツル。あれが土星だ。この輪っか、何でできてるか知ってるか?」
父さんの興奮が、僕にも少しずつ伝わってきた。僕たちが住んでいる街の光も、父さんが教えてくれる宇宙の不思議の前では、まるでちっぽけなものに思えた。
「氷と岩のつぶて、らしいよ」
僕がそう答えると、父さんは「正解!」と叫び、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
ある夜、父さんは僕に、とっておきの話をしてくれた。それは、僕が生まれる前の話だった。
「お前が生まれる前、父さんはなぁ、宇宙飛行士になりたかったんだ」
父さんは、はにかむように笑った。
高校生の時、図書室で借りてきた宇宙の本を読んでから、宇宙の虜になったらしい。
父さんのロマンは、いつしか僕に伝染していった。
その夜、父さんは僕に言った。
「なあ、ミツル。宇宙って、すごく大きなものだろ? でも、もっと大きなものがあるんだ」
僕は首をかしげた。
「え? もっと大きなものって何?」
父さんは、そっと僕の肩を抱き寄せた。
「それはな、父さんがお前を愛している気持ちだ」
父さんの言葉に、僕は少し照れくさかった。
その夜、僕は父さんと一緒に、天体望遠鏡を覗いた。
満天の星が、まるで宝石のように輝いている。
僕の目には、一つ一つの星が、父さんのロマンのように見えた。
そして、そのロマンは、いつしか僕の心の中で、大切な宝物になっていた。
夏休みが終わり、新学期が始まった。
父さんは、またいつものように、朝から庭でコーヒーを飲んでいた。
僕は、父さんの横に座り、父さんと同じ空を見上げた。
「父さん、僕、大きくなったら、宇宙飛行士になる」
僕の言葉に、父さんは驚いたように目を見開き、そして、嬉しそうに笑った。
「そうか。じゃあ、父さんも、もう一度、宇宙飛行士を目指すかな」
そう言って、父さんは僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
その瞬間、僕は、父さんが教えてくれた宇宙のロマンが、僕の心の中で、永遠に輝き続けることを知った。
僕たちのロマンは、父と子の絆のように、これからもずっと、宇宙の果てまで続いていく。




