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傭兵娘は伯爵夫人の夢を見るか?  作者: 白武士道
第四章 決着をつける傭兵娘
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第36話 エレーヌを追って

 先ほどの場所から少し離れたところに、まるで見つけてくれと言わんばかりに、馬車が乗り捨てられていた。


 イングリッドが客室を中を確認するともぬけの殻だった。エレーヌは刺客たちに捕らえられたと見て間違いない。


(無事だと良いけれど……)


 連中は職業的殺人者、いわゆる殺し屋だ。そこいらの野盗やごろつきと違う。せっかくの人質をいたずらに傷つけるような真似はしないだろう。あくまで駆け引きの道具として機能する限りは、丁重に扱うはずだ。


 周囲を見回すと、すぐそばには大きめの廃屋があった。もともとは商家の倉庫か何かだったのだろう。長年使われていないのか、扉は朽ち果て、壁にはよくわからない植物の蔦が蔓延っている。


 気配を探りながら、イングリッドは倉庫の中に入った。


 屋根のところどころに穴が開いて陽光が注いでいるため、薄暗くはあるものの視界は通る。室内のあちこちには木箱が無造作に積まれており、隠れて襲撃を行うにはもってこいの場所だ。


 地面には埃が積もっており、真新しい足跡がくっきりと残っていた。現場に足跡を残すなど暗殺者らしからぬ振る舞いだが、予想外の状況でなりふり構っていられなかったのだろう。それでも、歩幅や方向を無秩序にすることで、すんなりと跡を辿れないように偽装してある。


「……エレーヌ様!」


 侵入して間もなく、イングリッドはエレーヌを発見した。倉庫の最奥。崩れかけた屋根の隙間から注ぐ陽光に照らされ、背中を向けて佇んでいる。縄などで拘束された様子もない。


「エレーヌ様! ご無事で!」


 自分の選択に心の底から安堵する。もし、自分が追わなければ、今頃、彼女がどんな目に遭わされていたことか。無傷であることが何よりも嬉しかった。


 今にも走り出したい気持ちを必死に抑え、それでもイングリッドは慎重に歩を重ねる。敵はどこに潜んでいるかわからないからだ。うっかり気持ちが先走ったところを狙ってこないとも限らない。


「……追ってきてくれたのですね。本当に優しい子。すでに伯爵家での役目を終えたわたくしなど、捨て置く選択肢もあったでしょうに」


 エレーヌは振り返らぬまま、静かに呟いた。


「馬鹿を言わないでください! 家とか役目とか関係ありません! わたしがエレーヌ様を放っておけなかったんです!」


「……本当に良い子ね。それに、強くて、気高い。だからこそ、わたくしは本当に要らない存在になったんだわ」


 その瞬間、風切り音が聞こえた。毒針の投擲だ。


 薄暗い倉庫の中、艶消しの針を視認することは困難である。しかし、イングリッドは慌てずに大太刀を振るった。


 どれだけ鋭かろうと針は針。直に刺すならいざ知らず、投擲では軽すぎて物理的な威力が小さい。服の上を貫通できる場所は限られているため、狙いを読むことは容易。加えて、大太刀で空間を薙げば、風圧で簡単に軌道が狂わせることができる。手の内さえ明らかなら、いくらでも対処可能だ。


「うおお……!」


 針を無力化したイングリッドは、咆哮を上げながら風切り音が聞こえた方向――積み上げられた木箱に向かって駆けた。


「せいっ!」


 大太刀のリーチの長さを活かし、木箱ごと袈裟懸けに斬りつける。


 木箱を粉砕しながら走る切っ先が、そこに隠れていた刺客の左鎖骨に食い込んだ。骨を砕き、皮と筋肉を断ちながら右の脇腹まで斬り抜ける。


 噴水のように血を吹き出しながら、刺客は埃だらけの地面に倒れこんだ。


(さすが〈宵鷺〉……! なんて威力……!)


 さすがは銘を頂くだけの業物。ウルスラの愛刀の切れ味は絶大だった。


(くそう。アルバローズさえあれば、最初から遅れなんて取らなかったのに……!)


 戦場で『たられば』など通用しない。それでも、イングリッドはそう思わずにはいられなかった。もし、自分が完全武装であれば、御者のトーマスも、グレタも傷つくことはなかったのに。


 木箱の残骸が轟音とともに叩きつけられ、もわっと土埃が空気中に舞い上がった。


 それに紛れるようにイングリッドが体を低くして移動する。そして、エレーヌに向かって大声で叫んだ。


「エレーヌ様! 走ってここから逃げてください!」


 今は、エレーヌを逃がすほうが先決だ。一人は倒したもの、あと何人刺客が潜んでいるかわからない状態で、彼女を守りながら戦うのはいかにイングリッドでも厳しい。


 だが、エレーヌは動かなかった。


 聞こえなかったのだろうか。それとも、殺し合いに巻き込まれて恐怖で動けなくなったのだろうか。もう一度、イングリッドは叫ぶ。


「エレーヌ様、恐くても動いてください! わたしが奴らを引き付けます! 奴らの狙いはわたしですから!」


「……いいえ。それは違うわ、イングリッド。奴らではなく――()()()()()()()()()()()()


 そんな言葉とともに、エレーヌがゆっくりと振り返る。


 それに合わせて刺客たちが姿を現した。その数、六名。その全員がエレーヌを守るように前に立っている。


 これではまるで、エレーヌが刺客たちを率いているようではないか。


「……ど、どういうこと、ですか……?」


 驚愕するイングリッドに、エレーヌは心底残念そうな表情で宣言した。


「見ての通りよ、イングリッド・ノルダール。残念だけど、貴女にはここで死んでもらうわ」


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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※次回の更新は5月31日21時を予定しています。

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