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傭兵娘は伯爵夫人の夢を見るか?  作者: 白武士道
第三章 洗礼を受ける傭兵娘
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第28話 お待ちなさい

 正午を過ぎ、屋敷の中がにわかに慌ただしくなってきた。


 エレーヌに招かれたお茶会の来賓が少しずつ到着し始め、使用人たちはその対応に追われている。


 イングリッドもハンナに促され、身支度を開始した。


「さあさ、こちらをお召しください」


 ハンナが用意された濃紺のドレスを見たイングリッドが眉を顰める。


「どうされました?」


「いや、その……どのドレスも事前に試着したものと違うので……」


 イングリッドはグレタにより、事前に衣装の段取りを行っていた。天候によっては開催場所を変更する可能性もあったため、屋内外、それぞれのシチュエーションに相応しい衣装をあらかじめ試着し、確認している。


 だが、ハンナが用意した衣装はそのどれでもない。イングリッドの戸惑うのも当然だった。


「グレタ侍従長より、これらをお召しになるよう引き継ぎを受けております」


「そうですか……」


 表面上は応じつつも、イングリッドは得心していなかった。


 あのグレタが土壇場で予定を覆すとは思えない。


 仮に、何らかの都合で予定を変えなくてはならなかったとしても、そんな大きな変更があれば必ず自分に報告するはずだ。日常的に厳しいことも言われているが、それはグレタが誰よりも己の職務に誇りを持っているからこそ。そんな彼女が、自分の仕事の格を下げるようなことをするとはとても信じられなかった。


 とはいえ……。


(ハンナさんが嘘をついていると決めつけるというのも……第一、そんなことをして彼女にどんな得が?)


 その瞬間、イングリッドの脳裏に一つの情景が再生された。


 今から少し前。屋敷に来たばかりの頃。薔薇の花壇を手入れした道具を片付けようと納屋に向かう途中、屋敷の二階から花瓶が落ちてきたことがある。


 清掃中の使用人が誤って落としてしまったという風に聞かされた。だが、もし、あれがただの事故などではなく、故意だとしたら。イングリッドに対する何らかの害意を持つ者がいるということになる。


(今感じている違和感の正体はそれなのでは? いや、だからと言って、目の前のハンナさんが? それこそ何の根拠もない……)


 ぐるぐると思考が廻る。


「イングリッド様。急ぎませんと、お茶会に遅れます」


 一向に袖を通そうとしないイングリッドに、ハンナが困り顔で急かした。


「……そうですね」


 抱いた違和感は残ったままだ。だが、時間が無いのも事実だった。意を決したイングリッドはハンナの手を借りて、濃紺のドレスに身を包んだ。


「よくお似合いです」


「ありがとうございます」


 準備を終えたイングリッドはハンナを連れだって廊下に出た。そのままお茶会の会場である西棟のテラスへ向かう。


 ……すると。


「――お待ちなさい」


 背中から声が欠けられる。振り向くと、そこにグレタが立っていた。用事から戻って来たばかりなのだろう、いつもの侍女服ではなく、外着のままだった。


 今、一番会いたかった人物の帰還に、イングリッドが安堵の表情を浮かべる。


「グレタさん。おかえりなさい。早かったです……ね」


 思わず語尾が揺らぐ。それほどまでにグレタの顔は険しかった。


「……イングリッド様。そのお召し物はどうされました?」


「え、いや、あの」


 鋭い眼光に、しどろもどろになる。


「イングリッド様のご意思ですか?」


「あ、いえ、これを着るようにハンナさんから……」


「……どういうつもりです?」


 グレタの問いにハンナは答えない。ただ、顔を青くして、肩を震わせるだけだ。


「……そうですか。残念です。イングリッド様。今しばらくのお時間を」


「え、ですが、もう時間が……」


「すぐに終わります」


 有無を言わせぬ迫力にイングリッドはびっくりしたが、何も言わずにグレタについてそのまま自室へ戻った。


 ちらり、と背後を振り返る。ハンナは廊下に立ち尽くしていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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※次回の更新は5月23日21時を予定しています。

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