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傭兵娘は伯爵夫人の夢を見るか?  作者: 白武士道
第三章 洗礼を受ける傭兵娘
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第27話 お茶会当日

 エレーヌと約束したお茶会の当日の朝。部屋に近づいてくる感じ慣れない気配と足音に、まだ眠っているはずのイングリッドの神経が反応した。


 傭兵の戦いは何も正々堂々と正面の戦いばかりではない。むしろ、その逆で、寝込みを襲われたり、不意打ちをしかけられたりする方が多い。そのため、いつでも即応できるよう熟睡していても神経の一部は必ず覚醒するように鍛えられており、とりわけ、いつもと違う環境要因に対しては過敏な反応を見せる。


(なんだっけな……)


 思考を巡らせながらも、イングリッドは寝台からむくりと体を起こす。違和感の正体は掴めずとも、まずは体を動かせる状態にしておくことが鉄則だ。彼女の身体はそれを半自動的に行う。もはや癖だ。いくら淑女教育を受けようと、命の遣り取りという濃密な日常の中で染みついた習慣はなかなか抜けなかった。


 控えめなノックの後、客間の扉が開いた。


「おはようございます、イングリッド様。……すでにお目覚めでしたか」


「……おはようございます。ハンナさん」


 イングリッドは入室してきた年嵩の侍女に微笑みかけながら、内心で「思い出した」と何度も繰り返す。


(……そういえば、グレタさんは昨日から急用で屋敷にいないんでしたっけ)


 それが違和感の正体だった。


『――申し訳ありません。私にしか対応できない事案のようです』


 グレタは今ではイングリッド付きの女中のように振る舞っているが、本来の役目は侍従長。使用人たちを統括する立場だ。主人の世話係以外にもやることが山ほどある。


『衣装も含め、お茶会の諸々は別の者に引き継いでおりますので、どうかご安心を』


 実際、イングリッドの世話もグレタが毎日、単身でこなしているわけではなかった。数名の使用人と交代制を取っており、ハンナもその一人だ。


 ハンナが窓かけを開ける。新鮮な朝陽が部屋の中を照らし、その眩しさにイングリッドは思わず目を細めた。


「本日のご予定は、午後よりエレーヌ様が催されるお茶会への同席となっております。大変お日柄も良く、絶好の茶会日和でございます」


 ハンナが粛々と今日の予定を告げる。


(今日の夕方には戻ってくると言っていましたが……)


 人生で初めての参加する他家との会合にグレタが不在なのは心細かったが、イングリッドとて今日まで幾度となく予行演習している。たまには独力で何とかせよ、ということなのかもしれない。


「……マルクス様のご予定は?」


「税の搬入の陣頭指揮を執られる予定です。国家予算集会への出発準備もいよいよ大詰めでございますから」


「……いよいよか」


 秋の暮れに王都で開催される国家予算集会。その場で国王と謁見し、報告することでマルクスとイングリッドの関係は公式なものとなる。融和政策の最初の区切りだ。


 正式な婚約者としての立場になれば、本格的に社交界に参加しなくてはならない。その前段階として、お茶会はちょうどいい腕試しだろう。


 着替えを済ませて朝食を摂るために廊下を歩いていると、侍女を引き連れたエレーヌとばったり出くわした。


「あら、イングリッド。おはよう」


「おはようございます。エレーヌ様」


 恭しく頭を垂れるイングリッドに、エレーヌが微笑む。


「すっかり淑女らしくなったわね。その調子で、今日はよろしくお願いするわ」


「はい。微力ながら、お手伝いさせていただきます」


「頼もしいわ。……ああ、そうそう。今朝、庭師がね、中庭で蜂の巣が見つけたそうなの。何と言ったかしら。コウギョク……」


「ああ、コウギョクジバチですか」


 イングリッドが口にしたのは地中に巣を作る蜂の名だ。ハナ蜂を専門に狩るハンターで、構造色の体表は金属光沢の赤色をしているため紅玉の名を冠している。攻撃性の高い蜂で、その針から滴る毒は人間をも容易く死に至らしめるほど毒性が強い。


「そうそう。よく知っているわね。蜂の巣は朝のうちに撤去したそうだけど、庭師が言うには、巣を駆除しても一日は安心しちゃいけないんですって」


(戻り蜂か)


 巣の撤去の際に、駆除しきれなかった蜂がいる場合、それらが巣のあった場所に戻ってくることがある。それが戻り蜂だ。


「晴天の場合は中庭でお茶会を催す手筈だったけど、それでお客様が刺されたら大変でしょ? だから予定を変更して、室内で開くことにするわ」


 蜂たちは夜から朝方にかけてはまだ活動が活発でないため大部分は巣にいたと考えられるが、撤去時に逃げ出した個体もたくさんいるだろう。時間経過とともにそれらがかつての我が家があった場所に集まって来るのは目に見えている。エレーヌの判断は妥当なものだとイングリッドは思った。


「ハンナ。グレタがいないから、変更に伴う細々した部分の対応は任せたわよ?」


「かしこまりました」


 深々と頭を下げるハンナ。そこで、はたとイングリッドが何かに気づいたような顔をする。


「撤去した蜂の巣はどうされました?」


「……なんでそんなこと聞くの?」


「いえ。もし、蜂の子が採れたのなら食べたいなと思って」


「た、食べ……!?」


「美味しいんですよ。そのまま食べても滋養強壮、乾燥させれば長寿の薬になるといいますし。それに蜂の巣は庶民の間では子孫繁栄の縁起物としても――」


 イングリッドの発言に、エレーヌとハンナの表情がどんどん青ざめていった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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※次回の更新は5月22日21時を予定しています。

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