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傭兵娘は伯爵夫人の夢を見るか?  作者: 白武士道
第三章 洗礼を受ける傭兵娘
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第25話 二人で巡る収穫祭(1)

 こっそりと屋敷を抜け出したイングリッドとマルクスは、収穫祭で賑わう〈シルネオ〉の街まで降りてきた。


 大通りの柱にたくさんかかった提灯が街路を煌々と照らし、まるで昼間のように明るかった。


 街路には屋台、露天商が所狭しと店を開いている。少し開けた場所では大道芸人が曲芸を披露している。部屋まで聞こえてきた太鼓もそこで叩いているようだ。道行く客層も老若男女。中には、この日ばかりは夜更かしを許された子供の姿もあった。


 二人が肩を並べて賑やかな大通りを歩いていると、香ばしい焼けた脂のいい匂いが漂ってきた。街路の一角で店を構えている、串屋台からだ。


「マルクス様! 串焼き売っていますよ!」


 イングリッドが大はしゃぎで屋台を指さした。グレタなら睨みつけてきそうな、はしたない仕草。だが、マルクスは何も言わず、むしろ、優しい目つきをしている。


「祭りの醍醐味だな。店主、二本くれ」


「あいよ!」


 マルクスは銅貨数枚を屋台の縁に置くと、間髪入れずに、威勢のいい笑顔で店主が串を差し出してくる。


 提灯の明かりで串に刺さった肉の表面の脂がなまめかしく照り、真っ直ぐ立ち昇る湯気ができたてを証明していた。


「あ、わたしが払います!」


「馬鹿を言え。女に払わせるやつがいるか。……ふむ。美味い」


 がぶり、と大口を開けて齧り付くマルクス。普段は見ることのない豪快な食べ方だ。いや、それを言うならそもそも買い食い、食べ歩き自体が屋敷では縁がない。ついこの間までは当たり前の仕草だったのに。


「……美味いぞ?」


 促され、イングリッドも熱々、ぷいぷりの鶏肉を一口齧る。口の中で肉汁が弾け、鼻腔から炭火の香ばしい薫りが抜けていく。塩っ気も上々。いやはや、これはもう――


「お酒欲しぃー」


「あっちで麦酒、出しているよ」


 あまりにも物欲しそうな顔をしていたのか、串屋の店主が大通りを差した。一ヵ所、人が群がっている場所がある。きっとそこだ。


「本当ですか!? ありがとうございます! じゃあ、マルクス様、行きましょう!」


「そうだな。酒がなくては始まらんな」


 マルクスの手を引いて、イングリッドが小走りに駆け出した。二人は麦酒を求め、大通りをさらに進む。


「それにしても、美味しいですねぇ」


 歩きながら、がぶりと二口目。品がないのは百も承知だが、これが美味い食べ方なのだった。


「なくならないうちに、酒を手に入れないとな」


「あ、マルクス様。口元に脂が」


 イングリッドは懐からハンカチを取り出すと、マルクスの口元を優しく拭った。


(背、高いなぁ)


 マルクスの視線は、イングリッドよりも頭一つ分はゆうに高い位置にある。口元を拭こうと思えば、結構な角度で腕を上げなくてはならない。


「すまん。助かった。しかし、屋敷の料理番には悪いが、騎士団勤めだった身としては、こういう気取らない食い物のほうが好みだな」


「騎士団では、どんなものをお召し上がりになるんですか?」


「そうだな。騎士団時代の思い出の食い物と言えば、芋だな」


「芋」


「行軍中に、たまたま芋が手に入ってな。松の枝を削って、それに芋を刺して焼いて食べたんだが、同僚が乾酪チーズを分けてくれてな、芋と一緒に乗せて炙ると塩っ気とコクが足されて、なかなか美味いんだ」


「え、なにそれ。美味しそう」


「あとは締めの汁かけ飯。冷や飯に熱々の出汁をかけて、その上に卵と、薬味をたっぷり乗せてな、こう、掻き込むんだ。酒の後には、これが美味くてなぁ」


 マルクスの食語りは、聞いているだけで生唾が溢れてくる。それだけ鮮明に覚えているのだろう。輝かしい騎士団時代を。


 よく考えれば、マルクスもイングリッドと同じく、大義のために古巣を去った人間だ。歯車が一つ違えば、未だに騎士団に在籍し、誇らしい仲間と共に戦場を駆け抜け、更なる躍進を遂げていたことだろう。だが、そんな未来はもう来ない。


 いざともなれば離縁して、傭兵団に戻る選択肢もあるイングリッドと違って、マルクスは伯爵だ。二度とあの頃に戻れない。だからこそ、余計に美化されて記憶に刻まれているのだろう。


「ただ、冷や飯じゃないとあの食感にならなくてな。領主になってからも食べたくなって、炊き立ての飯をわざわざ冷やそうとして、グレタにめちゃくちゃ怒られた」


「でしょうね。そもそも汁かけ飯自体が品がないですし。美味しいんですけどね」


「まあ、確かに()も立場を弁えていなかったと思うが、それはそれとしてグレタのやつは、なんであんなに怒ると怖いんだろうな。〈王国最強〉とか言われるようになったものの、未だにグレタにだけは勝てない気がするよ」


「あはは」


 叱られた時のことを思い出したのか、思わず嘆息するマルクスに、イングリッドは笑った。まったくもって共感できる話だ。


「……マルクス様って、時々、『俺』って言いますよね」


「ん? そうか?」


「はい。普段は『私』なのに」


 指摘され、マルクスは口を押えた。


「……すまない。少年の頃は、自分のことを俺と呼んでいた。だが、騎士になり、部隊長を仰せつかったからには、やんちゃ坊主のような自称ではいかんと、私呼びを努めていたのだが」


「別に謝らなくても。ただ、ちょっと気になっただけですから」


「しかし、これまで指摘されたことがなかったんだ。定着したと思っていたが、まだまだだな。あるいは、君の前だからかもしれないな」


 マルクスはそう言って、少年のように笑った。


(……かわいい)


 イングリッドは自然にそういう感想を抱いた。


 初めて会った時は真面目で堅物そうな印象だったが、こうしてみると意外と表情が細やかだ。彼が言うように、あれは意識的に威厳を出そうとしていた結果であり、本当の彼はこっちなのかもしれない。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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※次回の更新は5月20日21時を予定しています。

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