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傭兵娘は伯爵夫人の夢を見るか?  作者: 白武士道
第二章 婚約した傭兵娘
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第11話 今後の流れ

「では、ノルダール卿。今後の流れについてですが」


 腕試しを終えた後、応接室に戻ったイングリッドとマルクスは、ノルダール卿を交えて婚約の段取りを確認した。


「これから私は領地へ戻り、婚約を締結する書類を用意いたします。その時に結納の品も合わせてお届けいたします。できるだけ急ぎますが、順調に行って一ヶ月後くらいでしょうか」


「ええ、それで構いません」


 ノルダール卿は得心したように頷いた。


 結婚ではなく婚約としているのは、現在、ベルイマン伯爵家は先代当主の喪中であるからだ。


 政治的、行政的な空白を避けるため、すでにマルクスが当代伯爵として活動しているものの、それでも慶事は喪が明けるまでは控えなくてはならない。現時点では、婚約に留めるのが妥当だろう。


(そっかぁ。このわたしが結婚するのかぁ。人生、何があるかわかりませんねぇ)


 その隣で、イングリッドは心ここにあらずといった感じで座っていた。


 無理もないことである。一度は諦めていた結婚が、何の前触れもなく転がって来たのだから。どうしても気持ちを整理するには時間がかかる。


(しかも、お相手がベルイマン伯爵閣下と来たもんだ。誰もが羨む玉の輿。こんなに理想的な配偶者が現れるなんて、まるで絵物語ですね)


 これ以上ないほど強く。地位も、名誉も、資産も全て揃った傑物。改めてマルクスのスペックを思い返すと、夢ではないかと勘繰ってしまいそうだ。


(とは言っても、まだまだわたしはマルクス閣下のことを何も知らない。これから知っていかねばなりませんね)


 平民の結婚観から言えば、恋愛感情の伴わない結婚など抵抗がありそうだが、もともとは貴族の女として教育を受けているイングリッドにとって、そのあたりはさほど気にならない。たとえ、愛情がゼロから始まったとしても、愛は時間とともに育まれていくと信じている。あの嫌味なニガートですら、何とかやっていけると思っていたくらいだ。このあたりの善性は両親譲りなのだろう。


(しっかしまあ、さっきはちょっと色眼鏡が入っていましたけど、改めて見てみても美形ですよねぇ)


 イングリッドは朗々と説明をしているマルクスをまじまじと見る。短く刈り込まれたきらめく金髪に、切れ長の翡翠色の瞳。目鼻立ちも相まって、彫刻のように美しい男だった。


(これが真正の〈貴顕の美〉ってやつかぁ)


 長い歴史を積み重ねた王族、貴族に発現する美しさの呪い。本人の意思に関わらず美男美女に成ってしまう品種改良じみた体質の成せる業だ。


 その意味では、同じく古い貴族の末裔であるイングリッドにもその素養がある。傭兵仕事における囮作戦で、彼女がやたら敵を引きつけてしまうのは、その発露の一端と言えるだろう。


 だが、マルクスのそれとは質も量もまったく違った。二人の間には、例えるなら、トカゲと竜くらいの差がある。


 こんな傑物が自分を必要としてくれているという事実に、イングリッドは少なからず多幸感を覚えた。浅ましいとは理解しつつも、彼女とてやはり一人の女。見てくれや財産がすべてではないにしても、優れたオスから求婚されれば嬉しく感じてしまうのは生き物としての本能だ。


「……イングリッド。閣下の話を聞いているのか?」


「え、あ、はい。聞いていますよ。どうぞ続けてください」


 意識が現実に戻って来た。イングリッドは取り繕うように、おほほ、と笑う。ノルダール卿が呆れたように溜め息を吐き、マルクスが苦笑しながら説明を再開する。


「――ですが、イングリッド嬢には、喪が明けるより早く、ベルイマンの屋敷に来てほしいと考えています。なので、結納を済ませた後、彼女にはそのまま馬車に乗って、輿入れしていただきたい」


「……それはまた、どうして?」


「先ほども少しお話ししましたが、現状、伯爵家には自分しか当主直系の血を引いた人間がいないからです」


 マルクスの兄である先代当主は、正妻との間に子供ができなかった。だからこそ、継承権は次男である彼に巡ってきたのである。有事の際の予備として期待される次男以降が立派に機能したケースではあるが、それでもマルクスが未婚であり、子供がいない現状では危機的状況の回避したに過ぎず、後がないのは変わらない。


「もし、私の身に何かがあれば直系筋は途絶える。その場合は、傍系筋から新しい当主を見繕い、家の存続を図らなければなりませんが……そういう脆弱性を抱えている時が、最も人心が乱れる時です。親族を信じたいところではありますが、権力欲しさに乱心し、謀反を企てないとも限らない」


 お家騒動というものは、家に権力と財産があるからこそ起こり得るもの。継承順位は明確に定められているもの、ベルイマン伯爵家の権威や資産を考えれば、わずかにでもチャンスがちらついてしまえば、容易に骨肉の争いに発展してしまうのだろう。


「それに、私が推進する〈紅〉と〈白〉の融和政策は、若い世代はともかく、傍系の年寄りどもには受けが悪い。一族総出で取り組めるよう内部改革したつもりだが、もし、私の没後に据えられる次期当主が、年寄りどもの息がかかっている者の場合、政策は引き継がれないまま頓挫する可能性がある。私の治世を盤石にするためにも、可及的速やかに、私の血を引く跡継ぎを用意しなくてはなりません」


「……なるほど」


 話を聞いていたノルダール卿が、顎髭を撫でながら言った。


「つまり、結婚は待ってほしいが、子作りは今すぐ始めたい……と」


「お父様、言い方」


 実の父親のデリカシーのない要約に、イングリッドの頬が赤くなる。


 娘の前でそういう生々しい話をしないでほしいと思いつつも、マルクスの主張はあながち間違ってはいないとイングリッドは認識している。


 子供というものは、そうポンポン用意できるものではない。行為に及んだからといって必ず妊娠するわけではないし、無事に子を宿したとしても出産までには十月十日かかる。生まれたとしても病気や怪我で早逝しないとも限らない。後継者作りとは、それほど時間と根気を要する作業なのである。


 言い換えれば、それだけの長い期間、伯爵家は直系の後継者不在という不安定な状態が続くことを意味する。長引けば長引くほど、内部改革で排除されたであろう反乱分子が、息を吹き返す可能性もあった。


 その状況を一日でも早く脱するためには、単純だが、一日でも早く子作りを始めるしかない。


「不道徳なのは重々承知。ですが、火急の事態故、お許し願いたい。無論、喪が明けましたら、すぐにでも婚姻の儀を執り行う所存です」


「……まあ、娘がいいのでしたら」


 ちらり、とノルダール卿は娘を見る。イングリッドはしばし黙考し、ため息とともに言った。


「わたしは構いませんよ。結婚する以上、そういったことは妻の務めですから。遅いか早いかの違いです。婚前交渉でも何でもやってやりますよ。……でも、ヤリ捨てなんてしたら、真面目にどんな手を使ってでも殺しに行きますからね」


 イングリッドがじろりと睨みつけ、マルクスが目をぱちくりさせる。


「娘よ、言い方」


 ノルダール卿がやれやれと言わんばかりに、額を抑えた。


「じゃあ、お迎えは一週間後ですね。その間に、わたしも身辺整理を行います。傭兵団のみんなに事情を説明しないといけませんし――あ」


 はた、とイングリッドが何かに気づいたように大口を開けた。


 そして、えへへ、と愛想笑いを浮かべる。


「あのう、閣下。婚前交渉を了承する代わりに、一つ、お願いがあるのですが……」


「何か?」


 イングリッドは自身を包む鎧を指さした。


「……実は、わたし、この鎧を作るために結構な借金しているんですけど……結納金に上乗せしてもらっちゃったりできませんかね?」


 それは、ものすごく浅ましいお願いだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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※次回の更新は5月6日21時を予定しています。

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