ハーデンベルギア
午前11時40分。
麗らかな春の日、雲一つない空
僕は彼女と出会った。
「君、大丈夫?」
「あぁ大丈夫です!ありがとうございます」
「ねぇよかったら一緒に頂上まで行かない?」
「…え?」
桜を見になんてことはない山道を歩いてたら、木の根に突っかかって盛大にこけてしまった。後ろから人が来ていたらしく声をかけられた。かなり恥ずかしい。そんなこんなで彼女と頂上まで一緒に行くことになった。
「桜綺麗だね」
「綺麗ですね……あ、先ほどはありがとうございました!」
桜も綺麗だが正直彼女の方が綺麗だと思う。優しく穏やかな目。腰にまで届きそうな長い黒髪も風でなびいて、細部までよく手入れされているのが分かる。背丈も僕と同じくらいありそうだ。立っているだけで凛々しさが伝わってくる。
「今度は気を付けなよー!あ、私は桜ケ丘優衣だよ!君の名前は?」
「栢山雪月です」
「栢山君か!よろしくね!栢山君は高校生?学校はどこ通ってるの?」
「鮎ヶ原高校の二年生です。」
「え!本当に?!私も鮎ヶ原だよ!鮎高の三年生」
「じゃあ桜ケ丘先輩ですね」
同じ学校にこんなに綺麗な先輩がいたなんて知りもしなかった。
「栢山君、知ってるかい?ここに来る途中にあった展望台から見える景色綺麗なんだよ!」
彼女は誇らしげに言う。ややニヤニヤしてるのが気になるがまぁいいだろう。
「そうなんですか?知らなかったです。あんまりこっちのほう来ないんですよ」
僕は高校進学と同時にこっちに引っ越してきたのであまりこの辺の地理を知らない。今日もここは桜が綺麗と友達に聞いたて初めて来たばかりだ。
「じゃあ今から展望台行こ?ここから20分くらいだからさ」
「いいですね、行きましょう!」
彼女はかなりおしゃべりだ。本当にありがたい。なんだかんだ言って30分はかかったが、彼女のおかげで展望台まで気まずくならずに済んだ。
「早く!早く!早くいこ!」
「まっ、待ってください…………桜ケ丘先輩……最後にこんなに階段あるの…聞いてないですって……」
「ほらっ行くよ!」
展望台には着いたものの最後に展望デッキまでの70段近い階段を上った。一段一段の高さが低いとはいえさすがに疲れ、息を切らす。高校生になってからろくに運動しなかったことをここで後悔するとは思いもしなかった。多分彼女なら20分で来れるのだろう。そんな僕を余所に彼女は、笑顔で僕の手を引いて螺旋階段を駆け上がる。そんな笑顔を見て僕は自然と元気が出てきた。
「着いたよ栢山君!どう、いい眺めでしょ!?」
「すごいですね。あ、東京スカイツリー見えますよ!」
「ふふふ…あっちには、ランドマークタワーや江の島、大島だって見えるんだよっ栢山君!」
彼女は自分のもののように誇らしげにしている。しかし、その表情はこの空のように澄み渡り、無垢な子供のように明るい笑顔だった。僕は思わず笑ってしまう。
「なんだよー栢山君。酷いじゃないか笑うなんて!」
「すいませんすいません。でもほんとすごいですね、ここからなら夢の国も見えそうですね」
「んー、肉眼じゃちょっと厳しいかなぁ。望遠鏡とかあれば見れたかも」
でも本当にすごい景色だ。副都心や湘南平までよく見える。横浜の奥に見えるのは房総半島だろうか。今度来るときは望遠鏡を持ってきてもいいかもしれない。
「ここ結構高いですね、下見るとゾッとします」
「そうだね、それに結構風も吹くし余計怖いよね」
展望デッキ部分は周りの木よりも高く風の影響を受けやすい。春というのもあるだろうか?
「あ、この後時間ある?」
「ありますけど…どうかしましたか?」
「お腹すいてない?一緒に食べに行かない?」
「言われてみれば結構お腹すいてるんで行きましょうか」
「じゃあファミレスに行かない?山降りて少し歩いたとこにあるんだけど」
「いいですね、食べに行きましょ」
楽しいと時が過ぎるのが早いというのは本当らしく、時計の針は2時を指していた。ここからファミレスまで30分はかかるだろうか。着く頃には2時半を過ぎていそうだ。人も少なくなっていて欲しい。
そんなことはなかった。
「結構混んでますね…でも、2組待ちなんでわりとすぐに呼ばれそうですね」
「そうねぇ……まぁ気長に待ちましょ」
15分くらい待ったら席に案内された。彼女は、席に着くなりメニューを広げ一瞬で食べるものを決めた。
「やっぱここと言えば、チーズインハンバーグよね?あ、山盛りポテトも忘れちゃだめよね」
「いいですね。じゃあ自分は、マルゲリータピザを一つお願いします」
「あいよー」
そういうと彼女は、素早くタブレットを操作する。
一番初めに山盛りポテトが運ばれてきた。
「あ、ポテトすきに食べていいからね」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて一つ」
「どう?おいしい?」
「おいしいです、ありがとうございます」
そういうと彼女は笑った。彼女は本当によく笑う。
「お待たせいたしました。チーズインハンバーグとマルゲリータピザになります」
「「ありがとうございます」」
料理が目の前に運ばれてきた瞬間彼女の眼の色が変わった。
「見てみて!中からチーズ出てきたよ!?」
「そりゃそうですよ、チーズインハンバーグなんですから」
彼女は天然なのだろうか?だがものすごく嬉々としているので僕は声をだして笑う。
「そーだけどさ見てこの肉汁!じゅわわぁだよ?おいしい!」
「いやまだ食べてないじゃないですか!」
「あ、ばれた?」
僕の言葉に彼女はうわははっと豪快に笑う。
「でもほんと久しぶりに来ましたがおいしいですね」
「そーだね、あ、これ一口あげるね、ほらっ!」
「だ、大丈夫ですって」
僕が遠慮すると彼女は、頬を膨らませながら僕の皿の空いているスペースに一口サイズのハンバーグを置いた。
(あ、置いちゃったよお肉……)
「ほら食べておいしいから!」
「あ、ありがとうございます」
間接キスとかではないのになぜかものすごく緊張して、その一口を食べきるのに時間がかかった。でも今まで食べたハンバーグの中で一番おいしい。何とも言えない感覚になった。
「お、おいしいです」
「よろしい!」
彼女は、満足げに笑う。
「ねぇ栢山君、連絡先交換しない?」
「いいですけど…?」
「ありがと!また栢山君と話したいからよかったよ!」
「え、あ、こちらこそありがとうございます」
彼女はなかなか恥ずかしいことを言う。しかし彼女との関係がこれきりなのは寂しかったし、仲良くなりたかったから僕はたまらなく嬉しかった。
「桜ケ丘先輩のアイコン、これ何の花ですか?」
「これはね、スノードロップだよ!」
「スノードロップですか…白くて下向いているのが可愛いですね」
「でしょ!私この花好きなんだ」
「桜ケ丘先輩が育てたんですか?」
「そうだよー、花育てるの好きなんだ!」
僕も植物が好きなので花の話ができて嬉しかった。また花の話とかしたいと思う。話題作りのために花でも育てようかな。
「あ、花言葉はね、【希望】【ありがとう】だよ」
「【希望】ですか素敵ですね」
「でも裏の花言葉もあるんだ」
「どんな花言葉ですか?」
「【あなたの死を望みます】だよ」
「希望の裏に死を望んでるのって結構怖いですね」
「そうだね。まぁイギリスの言い伝えによるものなんだけどね。でも、他人の死を望むことが希望なのってどんなことだろうね」
「…なんでしょうね」
「まぁ日本では【希望】って意味のほうが浸透してるから今のは忘れていいかな!」
彼女は優しく微笑んだ。
「じゃあそろそろ桜ケ丘先輩帰りましょうか?」
「そうだねそろそろ帰ろうか」
すでに窓の外の太陽も山に隠れ、西の空は赤紫色に染まっていた。
「あ!まって!まだパフェ食べてない!」
「いやどんだけ食べる気ですか?!もう帰りますよ」
「えーけちー!」
彼女はハンバーグを食べ終わった後も僕のピザを半分食べ、そのあとにケーキを2つ平らげていた。意外と彼女は大食いなのかもしれない。
「じゃっまた学校でね」
「はいまた学校で!」
「バイバーイ!」
「ば、ばいばーい」
彼女が向かう東の空は群青色に染まり、月が昇り始めていた。
‐その夜‐
彼女から一通の連絡があった。
「明日から学校始まるね!放課後会えないかな?」