プロローグ
約30年前に、突如として異形の「怪人」が現れた。
その怪人は、今までの歴史を覆すような圧倒的力で破壊の限りを尽くし
世界に絶望を与えた。
軍や自衛隊でも全く歯が立たず、人々が諦めようとしていた・・・
その時、一人の女性が立ち上がった。
彼女は自分を妖精の加護を受けた魔法少女だと名乗り、
怪人を不思議な力で消し去った。世界は彼女に称賛の限りを尽くした。
しかし、安心したのも束の間、また世界各国で怪人が現れる。
その怪人に対応すべく、彼女は世界に妖精を放った。
妖精の加護を受け、怪人に対抗できる魔法少女は、
数十年で憧れの仕事として民事を得た。
実績に伴い、下から「魔法少女」「魔法使い」「魔女」と段階付けられ、
より早い怪人の対応をする為、いくつもの「魔法事務所」も設立される。
このお話はそんな世界で勇猛果敢に戦う少女たちの、
生と死を賭けた戦いの物語…
「今月で魔法少女辞めようと思ってます」
十畳にも満たない魔法事務所での
横尾成美28歳独身。職業・魔法少女。一世一代の決断だ。
「え?」
18歳の頃から二人三脚で一緒に活動してきた
私の担当妖精のサクライは、絹のような声をこぼした。
「ちょうど10年。節目でもあるかなぁって思うし?あと28でこの髪型はシンプルにきつい。
あと、怪人と戦う時に着替えるこの服も。魔法少女の規則なのは分かるけど…」
引退を決めた理由が主にコレだ。
なんでこんな規則があるのか謎なんだけど…
魔法少女はツインテール、魔法使いはポニーテール。魔女は髪型自由。
激しい格差と、変態的趣味を感じるこの規則。もちろん、10年も活動して
魔法使いにも昇格出来ていない自分のせいではあるけど。
「いや~、最近若くて凄い子いっぱい出てきたじゃん!
それこそウチの雪なんて、まだ21歳なのにもう魔法少女じゃなくて、
魔法使いに昇格したわけだし!あの子が居れば事務所としても安泰でしょ?
サクライとは10年の付き合いになるから寂しいけど…
まぁ、辞めても遊びに来るし!加奈子もたまに遊びに来るじゃん?そんな感じ~」
カッコ悪いなぁ、私。友人や後輩まで巻き添えにして…
サクライの顔が見れない。悲しんでるかな?怒ってるかな?
泣いてたりしたらどうしよう。
「お疲れ様でした」
サクライは笑顔で言った。
「え?」
サクライとは対照的に馬鹿みたいな声を漏らしてしまった。
「怒ると思ってました?」
サクライはにこやかにそう言った。
正直、意外な反応だった。10年一緒に居るが、サクライが私に
怒った事なんか一度もない。だからこそ怖かった。
魔法少女と妖精の関係はあくまで上司と部下。上司に怒られるのは、
どんな職業でも嫌なものだ。
「どれだけ成美さんを見てきたと思ってるんですか。
そもそも、成美さんを魔法少女にしたのは私ですよ?
成美さんが引退を考えてる事なんてだいぶ前から分かってましたよ」
「ばれてたんだ…」
「昔から本当に噓が下手ですよね。成美さんって」
「なにそれ…」
「褒めてるんですよ?」
「ありがと」
いつものサクライだ。丁寧な口調で、ちょっと生意気。
「本当にここまでお疲れ様でした」
でも、とっても優しい。
「ありがとうございます」
心からの感謝の言葉。
サクライが担当妖精だったから、
私は10年、魔法少女を続ける事が出来た。
「では。引退手続き諸々の準備に各関係者に挨拶まわりの
手配とかもありますから…あ、成美さん転職先とか考えてます?」
切り替えが早い。
サクライはタブレットを出して、テキパキ作業を始めた。
「転職先はこれから考えようかなって。でも、やりたいことは色々ある」
「分かりました。では、成美さんはご友人に引退の報告しておいてください」
「え、それわざわざ言う必要あるのかな?
これからも頑張っていく人達に『私、辞めます』って…
なんか引き留めて欲しい人に見えない?
立つ鳥跡を濁さずが良いんだけど」
「10年もやってるんですよ?成美さんの跡は既に濁りきってますから」
酷いことを担当妖精に言われた。
「葵さんにも何も言わず辞めるつもりですか?」
痛い所を担当妖精に突かれた。
「ね?」
私を見透かしたような顔でサクライは言う。
田村葵。私と同期で、親友の…魔女。
魔法少女でデビューしてから一年で魔法使いに昇格し、
三年で魔女に昇格した天才。
「でも、時間取れるのかな?葵、今めちゃくちゃ忙しいでしょ?
昨日もテレビで『デビューから最速で魔女になった、田村葵!』
って特集組まれてたもん!」
言いたくない。結果を出してる親友にツインテールが嫌だから
引退する…なんて報告をするなんて、惨めだ。
「お忙しいと思いますが、理由が理由ですから時間は作ってくれますよ。
私から葵さんの担当妖精のミミさんに、連絡しておきます」
サクライは本当にしっかりしてる。
やっぱり、彼女には敵わない。
「お願いします」
腹をくくるしかない。
私が覚悟を決めた時、二人の後輩が事務所に入ってきた。
「お疲れ様でーす!」
「お疲れ様です」
一ノ瀬雪、有栖夢子。二人とも頼りになる大切な後輩だ。
「じゃあ、挨拶回り第一弾としてお二人に報告しましょうか」
サクライは言う。
「…うん」
横尾成美28歳独身。職業・魔法少女。一世一代の決断だった。
―――これは『辞める』という決断ができた人を応援するだけの物語である
【登場人物】
横尾 成美(28)…魔法少女。10年魔法少女をやっている
サクライ(さくらい)(??)…成美を魔法少女にした妖精。サクライ事務所社長
一ノ瀬 雪(21)…成美の後輩。魔法少女の一つ上の階級の魔法使い。サクライ事務所所属
有栖 夢子(19)・・・成美の後輩。魔法少女。成美に憧れて魔法少女になった。サクライ事務所所属
田村 葵(28)・・・成美の同期。魔法使いの更に上の階級、魔女。ミミ事務所所属