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その恋の見る先は

「私と付き合ってみない?」

「は?」


ファミレスのテーブル席で俺の向かい側に座るそいつは、携帯を弄りながら唐突にそんな事を言い出した。

こいつとは家が隣だった事もあり、物心ついたころから中学まで、それでも飽き足らずに高校まで一緒になってしまった。

いわゆる腐れ縁というやつだ。

気が向いた時には、連絡もせずに互いの部屋に入って行ったりするくらいの関係値。

家に帰るとリビングで先に寝てるこいつを横目に自分の部屋に行くことすらある。

中学生も後半になる頃には、同じ部屋に居たとしても互いに話したい事がない時には無言だし、

まったく話さずに一日が終わる時さえあった。

今こうしてファミレスに二人でいるのも、ただ互いに暇だったからでしかなかった。

はずだった。


「いあ、なんかいっつも一緒にいるなと思って。」

「なんだそれ。そんなん考えた事もなかったわ。」


確かに、考えてみれば日中は学校で会い。

気分によってはこうして学校終わりにも一緒にいる。

土日だって互いの家に勝手に行くこともある。

下手をすれば家族より一緒にいる時間は多かった。

こんな状況でも俺は心が揺れる事もなく、普段通り携帯でSNSを巡りながら会話を続けていく。


「お前、学校に好きなやつくらい居んじゃないの?」

「それが今まったく居ないんだ。これが。あんた居んの?」

「まぁ居ないな。」

「なんかお互い枯れてんね。」


恋人になるならないの話のはずなのに、互いに雑談をしている感覚で会話が進んでいく。

傍から見ても暇でテキトウに話だした話題。そんな風に感じるだろう。


「お互い今更そんな風に見れないだろ。」

「私はそんなことないよ。」


淡々と返事をするそいつの声は携帯に当たってから俺に聞こえてくる。

どう考えたってテキトウな返事だろう。

悪ノリの一環にしか聞こえなかった。


「は?またテキトウ言ってんな。」

「テキトウじゃないよ。割と本気。」

「割とってなんだよ。さっき好きなやついないって言ってんじゃん。」


SNSには真新しい面白そうな話題も見つからなかった事もあるが、

悪ノリにしては長くないか。と思い出していた俺はそれを続けるそいつにふと目をやった。


「これから好きになってみようかと思って。」


・・・えっ?

そいつはいつの間にか携帯ではなく俺に向かって声をぶつけていた。

それはテキトウな言葉には見えなかった。

少なくとも俺には。

思い返すこともできないくらい、いつ振りかの視線。

一滴のしずくが心に波紋を立てて、俺に唾を飲んだ。


「いあいあ。ちょ、ちょっと待ってよ。混乱してきた。」


俺は理解の追いつかない頭を掻き、その拍子にそいつから目線を外してしまった。

「ダメなん?好きな人いないんでしょ?」

そんな事を意に介さないそいつの質問は、アップデートの進まない俺の頭をエラーへと進ませた。


「あれだろ。友達との遊びに俺を使ってんだろ。」


それはたぶん間違っている。

他人の話なら絶対にわかるだろう程に間違った言葉は、質問への回答すらできていない。


「そんなんせんわ。」


それでも俺を茶化す事もなく、低いトーンのまま返してくる。

ようやくアップデート50%の俺は言葉を見つけられない。


「私、ドリンクバー行ってくるわ。あんたなんかいる?」

「あーじゃあコーラで。」

「ういー。」


狙ったのかはわからないが、言葉を考える猶予が与えられた。

これはあいつが気を利かせた助け舟なんだろうか。

実際、俺は助けられた。


それにしても意味が分からない。

俺とこいつの関係が変わる時があるとしたら通う学校が変わるとか、お互いのどちらかに恋人ができるとかだと思っていた。

そんな未来、想像したことも無かった。

まさか俺とあいつが恋人になる?

デートしたりするってことか?

俺が?あいつと?

いやいやいや。


この与えられた一人の時間は状況整理だけにはとどまらなかった。

否定する事は考えているのと同義だった。

俺はそんな未来を想像してしまった。

あいつと恋人になった時の事を。


恋人になってからの登校。

恋人になってからの学校。

恋人になってからの放課後。

恋人になってからの休日。

そしてそれは過去の風景に当てはめられて具体的になっていく。

二人で向かう学校。

同じクラスに居たあの時。

俺の家のソファーでくつろいでいたあいつ。

無言で過ぎていった二人きりの自室。


今。



「ほい。コーラ。」


整理がついてきたせいでリアルになっていく。

コッっという小さな音をきっかけに俺の血液が顔に集まっていくのがわかる。


「なんか、耳赤くなってない?」

「そっ・・・そうか?」


目の前から聞こえる一つ一つの言葉が、恋人からの言葉に聞こえてくる。


「大丈夫ならいいんだけど。あぁ氷少なめにしてあるから。」


長い時間が互いの好みを把握し、癖を理解させ、


「ありがと。」

「めずらしっそんな事いうなんて。」

「そんなことないだろ。」


家族ではないことを忘れさせていた。


「ぁあ。今何考えてるか当てたげようか。」

「そんなんいいから。」

「フフっ。」


ニヤついた目の前の幼馴染に仕返ししてやりたくてどうしようも無くて、


「俺もお前の事好きになってみようかな。」


やぶれかぶれに発した声は、時間のかかった最初の質問への返事になった。


「えっ・・・」


小さな声と共に、あいつの持つコップは口元までたどり着けず、

ゆっくりとテーブルへと帰っていく。

カチッっという音を合図に解放された手たちが、今度は勢いよく俺の幼馴染の顔を隠した。


「えっ?えっ?えっ?待って待って待って!」

「なんだよいきなり。」

「本気で言ってんの!?」

「おんなじ事、言っただけじゃん。」

「そう・・・だけどさ。」


会話を続けるうち、あいつの顔を隠す手がテーブルのコップへとまた戻っていくと、


「おまっ!顔真っ赤じゃん!」

「・・・。」


見たことが無いほどに赤くなったあいつの顔がそこにはあった。

こちらを見ないように、一滴も減っていないカフェオレに向けられているが、

時折、視線だけがこちらを覗きこんでくる。


「なんだよ!さっきまで余裕かましてた癖に!」

「・・・っ。もう!しょうがないじゃん!」

「やっぱあれだろ!茶化しただけなんだろ!」

「茶化してないって!あんたから告白されると思わなかっただけ!」


・・・ん?

俺から告白された?


俺は、俺の顔はあっという間に茹で上がり、咄嗟に立ち上がった


「いやいやいや!お前から告白してきたんだろ!」

「10年来のあんたから告白される日が来るなんて・・・」

「おい!なんでそうなるんだよ!」

「あははははっ!」


紅潮したままテンパる俺をしり目に、同じ色の頬で、目の前のそいつは大笑いしている。

笑う前にこっちのぐちゃぐちゃになった頭をどうにかしてほしい。

今のこいつに俺の言葉は通じない。

そう感じた俺は、やり場のない気持ちをぶつけるように椅子に勢いよく座った。


「なんなんだよっ!」

「あははっ。はあぁ・・・おもろかった。」


時間がたつにつれ、そいつの笑いも、互いの顔色も落ち着いてくる。


「んで。どうすんだよ。」

「例えば、付き合ったとして、どうする?」

「どうするってなんだよ。」

「例えば一緒に登校する?」


互いに落ち着きを取り戻していた俺らは、いつも通りのテンションで、

もしもの想像をしていく。

いや、いつもよりは若干高いのかもしれない。


「いままでも何となく一緒に通ってたし、変えなくていいんじゃね。」

「どうせ方向一緒だしね。」

「お前来ないと寝坊した時、起こす奴いないし。」

「これまで通り、みぞおちパンチ食らわしてやるよ。」

「お手柔らかにたのんマース。」


どんどん、下がっていくテンション。低くなっていくトーン。


「手とか繋いじゃう?」

「それはパス。はずいし。」

「それはそう。てか周りに言う?」

「あぁー。バレたらでいいんじゃね?」

「私の周りにはすぐバレると思うわ。」


互いに携帯を見る余裕すらできてくる。

SNSに自分のそそられる話題がないかスライドしていく。

互いの言葉がまた携帯に跳ね返る。


「あれか。女の子はそういうの敏感ってやつ?」

「てか、あんた隠し事できなそう。」

「そうかもな。俺にこんなカワイイ彼女出来たらにやけちまうと思うわ。」

「キャーウレシイ。」


さっきまで顔を赤くしていた二人とは思えないほどにテキトウな会話が続いている。


「えっ・・・待って。あんたの母さんにもバレるってことか。」

「あぁー。バレ・・・るだろうね。」

「そっちの家行くのなんかハズっ・・・」

「たしかに。」


会話が止まる。

互いに視線が携帯から外れていき、

ゆっくりと互いに顔を合わせていく。


「まだ、辞めとこか。」

「そうだな。」



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