第二章 うぶ声
第二章 誕生
次の日、ムラは朝から騒がしかった。ムラの娘が産気づき、ムラ長の家は朝から忙しいのだ。
娘は二十歳を過ぎている。初めての出産ではないが、そばに居る者もそわそわと落ち着かない。
ほしひとつ つきひとつと おちぬれば
あまのかえりも おくれはしない
森のはずれに丘があって、ムラを見下ろせるようになっていた。そこには、シカやオオカミたちもときどき姿を見せていた。
ムラ長たちに不安が広がり始めた頃、森の奥ではうぶ声があがって居た。小さな生まれたての生き物たちの声。その中に一つ、大きなうぶ声を聞いた。
その声の周りには母親らしき姿も無く、声だけが響いている。その声の主は、人の子のようにも見えて、どこか違う様にも見える。その姿は、人の子が言うところの鬼にも見えて、そばには誰も居ない。忽然とそこに現れて生まれ出て居たよう。声はますます大きくなり、大地を震わせて居た。
生まれた子は鬼子だった。大きくなれば災いをもたらすと言う。けれど本人には何の罪は無いのだ。この子を縁にして罪を犯す者が現れると言うだけのもの。縁が呼び込むのだ。
のりとひめのみことは、青年アツシを読んだ。
そして、青年アツシに言う。
「赤子を探して来てください。」
青年アツシは声のする方へと歩み寄る。薄暗い森の中で、ひときわ明るく光る場所がある。そこから聞こえる声の主は、泣き叫んでいるようだった。
あたりを見回すと、ボーッと月明かりに照らされたその辺りには、何も生き物は居ない様だった。鳥も虫も寝静まって居るようで、月明かりだけが光る。
赤子は何かに気づいたように声を止める。そしてまた急に泣き出した。青年アツシは、そっと近づいて赤子の顔を覗き込んだ。赤子は泣き腫らした様に赤く頬づいて、懸命に手足を動かして居る。頭の方へ目を見やると、確かに鬼子のようでツノらしきものが見える。アツシ青年は、ゆっくりと赤子の背中に手を入れ、そっと持ち上げた。赤子はじっと泣き止んで、青年の目を見つめて居た。
岩屋へ戻ると巫女は静かに座って居た。幼い男児であるのりとひめは巫女の装束姿で待って居た。
そして月明かりに背を向け、水の流れに足を浸らせて居た。巫女は静かに降り立って、水の中を歩く。ざぶり、ざぶりと水の音がする。そして、振り返ると赤子を連れて来るよう促す身振りをする。青年アツシは読み込んだと言うように赤子を巫女の腕に差し出す。赤子は黙ったままだった。
巫女はじっと赤子を覗き込む。赤子も巫女を見つめ返すようだった。
時間は静かに流れ、巫女は身震いをした。赤子は腕に抱いたまま、水からそっと登り出る。
青年アツシは巫女の腕から赤子を譲り受ける。赤子はスヤスヤと眠ってしまったようだ。赤子を柔らかいものに包んで、そのまま寝かしつけた。
青年アツシは巫女に言う。
「この子のことは、いかがいたしましょうや。」
体の水を払いながら、巫女は、はっきりと申した。
「この子のことはムラ長には話さなければなりません。災いをもたらすことも。そして、その子には罪無きことを」
青年アツシは合点を得たと言わんばかりに、
「承知した。」
と言って、岩屋を出て行った。
巫女は一人、考える様だった。
連載のペースが遅いですが続きます。




