第一章の3
第一章の3になりました。
あしかび
何のことだろうか。
青年アツシは言う。
あしかびの ののじ
それでは、そのままでは何のことかわからない。
「あしかび」とは、あしの若芽。
青年アツシのような者。若者たちをさしている。
「ののじ」は、「野の花」。
「若者たちの栄える地」とでも言う様なこと。
「若者たちが伸びる地を与える」。
そのことに努めよとのお沙汰のようだ。
青年アツシは、このことばをたずさえてムラの長のもとへ行く。のりとひめは岩屋へ帰った。
岩屋には誰も居なかった。幼いのりとひめは、ここでどう過ごすのだろう。彼女(彼)の1日は、このようであった。
朝は、青年アツシが迎えに来る。そして、朝の禊を楽しむ。彼は口数が少なく、ほとんどしゃべることはない。まるで口がきけないようだが、はっきりとものを言うこともある。
彼は禊を終えると岩屋へ戻り、食事の準備をする。食事と言っても水だけだ。彼は水を供えて回る。彼にはいろいろとオトモダチがあるのだ。その一柱一柱に水を供える。水を供えた後で、彼もその水を頂く。彼が頂くその水は、一晩月の光にさらしたものだった。彼を養うのは、月の光であり、青年アツシが供えるところのもの。彼は水を飲み干すと、そのまま下へ降りて行く。岩屋の奥は、広い空間になっていて、天井には丸い穴が開いている。そこから光がふりそそぎ、天には空を見られるのだ。
幼きのりとひめ(彼)の仕事は、そこから天を仰ぎ見ること。雨の日も、月の日も、雪の日も、くもりの日も、晴れの日も、嵐の日も。ただそこから眺めている。
幼き彼は、退屈ではないのだろうか・・・と訝しむ者もあるだろうが、彼にはまったくそのような気配はない。むしろ、天に話しかけられているかのように、彼にはよろこびがあふれている。
「あまさま、けさのごようすはいかがですか?」
母親に話しかけるかのように、その幼子は話しかける。
天からは何も聞こえては来ないが、彼は満足そうに笑みをうかべる。そこからは、彼の世界だ。誰も居らず、何も言わずの世界の中で、淡々と過ごしている。彼の日常はいつもこのようで、満たされている。
夜になって、青年アツシがやって来る。彼はたくさんのごちそうをたずさえて来た。どうやらムラからの捧げ物らしい。彼はそれを岩のテーブルに置くと、のりとひめに声をかけた。
「ひめぎみは、きょうはいかがおすごしでしたでしょうか。」
幼子は答える。
「あい、しあわせでありました。」
青年アツシは聞く。
「どのようにしあわせでありましたか」
幼子は答える。
「アシヅチノミコトたまえり」
青年は笑って言う。
「それは、私もでござります。こうしてあなたさまにお会い出来て、しあわせでございます。」
幼子と青年は笑う。
「ムラで何かありましたか?」
幼子はたずねる。
青年アツシは少しの間、押し黙って、困った顔で答える。
「あのう・・・。それが・・・。よくわからないと言うのです。ムラには7人の長がおりますが、みな総じて健やかにおりましたところ、いつしか不安がよぎるようになったのだと。それが一人、また一人と、誰からともなく不安が生じるようになったとのことで、いまでは、理由も無く不安にあると。そこでムラ長7人が集まって、お互いの不安を聞き合ったそうです。ところがお互いに顔を見て聞き出してみると、それぞれに通じるところがあったようで、たちまちに消えて行くのだそうです。その不安が。それで安心して帰ってみると、また不安になりはじめて・・・と言った具合に、終わりが無いのだと申すのです。」
幼子は黙って聞いている。
「不安と一言で申されても、漠然とし過ぎて居て、お互いに何とも言えず、どうしたものかと・・・との相談でした。」
幼子は月を見上げている。
青年アツシは言う。
「ひめぎみは何か見られましたか?」
幼子は口を開いた。
「つくよみはなにもいわぬ」
そして、続けて言う。
「あしたには、おさまろう・・・」
ほしひとつ てんにひとつ かがやけば
ムラにもひとつ あかりとして
第一章がここまで。
次からは、第二章です。




