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第1話 全てを燃やす

 「もうダメだ……」

 

 アレックス・カサンドラニアは、帰宅するや否や、自宅の前で崩れ落ちた。


 「もう、誰も信じられない……」


 そう呟きながら、彼は、大粒の涙をボロボロと流した。彼は、玄関の前で蹲ると、そのまま売れない小麦粉の山へと突っ込んだ。


 (ボフンッ!)


 小麦粉が宙を舞い、彼は一言魔法を唱えた。


 「ア・ルシュラ(炎よ)」


 (ボゴドンッ!!)


 炎が起こり、空中を舞う小麦粉に引火した。

 音を立てて爆発が起こり、アレックスは軽くバウンドした。しかし、その爆発はアレックスの命を奪うには至らなかった。完全に、自殺失敗である。


 「ああ、チクショー……チクショー、チクショー」


 アレックスは、白い粉の山の中で、バタバタと踠いた。そして、そのまま力尽きると、パタンと脱力して寝てしまった。それほど、気力が無かったのである。

 



 この哀れな青年は、アレックス・カサンドラニア。村の丘に住む粉挽である。


 昨日までは、彼は自宅の風車小屋で小麦を轢いて、それを町に卸していた。しかし、今日からは町の商工会に睨まれ、小麦粉を町に卸せなくなった。つまり、事実上の廃業である。


 もしも町の商工ギルドに逆らえば、何があるかは分からない。放火をされるなら、まだマシな方……向こうは、町の代官を抱き込んでいるから、文字通り何でも出来てしまった。


 アレックスは、祖父の代から受け継いだ粉挽を辞めざる得なかった。

 これも、祖父が国王から賜った営業許可証を、町の富豪が略奪せんと策略したせいだ。正直、目をつけられた時点で、勝ち目は無い。



 そして、不幸はさらに続いた。

 アレックスの婚約者であるジェリーが、町の富豪と繋がっていたのだ。彼女は、落ち目のアレックスを捨てて、勝ち組の愛人になる道を選んだのだ。

しかも、婚約者として記録が、教会の手で丁寧に改竄されてすらいた。アレックスは怒鳴る気にもなれなかった。


 正直、彼女の持病のために薬を買い、今でもその借金が残っている。あと数ヶ月で完済できる見通しだったが、その収入も絶たれてしまった。



 だから……


 「うぅ……チクショー……何のための人生だったんだ……」


 アレックスは、もう生きる事すら嫌になった。






 翌朝、小麦粉だらけのアレックスは、日が昇り切った後に目覚めた。幸い風邪を引くことは無かったが、今のアレックスには、そんな事はどうでもいい。


 というか、日が昇り切ってから目覚めるのが変だった。


 いつもは、朝早くにお手伝いの婆さんが、風車にやって来る。だから、アレックスは朝寝坊をする事が無かった。

 しかし、この時間になっても彼女が現れないのが異常だった。別に、隙を出した覚えはないし、町で起きた事件が下の村に伝わっているとも思えなかった。


 「って事は、最初からアイツは間諜だったのか……」


 アレックスは、更なる事実に消沈した。


 正直、ここまで来ると、親父が蛇に噛まれて死んだのも怪しく思えてくる。婚約者のジェリーだって、商工ギルドの有力者と繋がっていた。


 「はぁ……もう誰も信じたくねぇ……」

 

 アレックスは、体の小麦粉をパンパンと払うと、とぼとぼと家の中に入っていった。家の中の家財道具は、全て薬代のために質屋に入れている。だから、残っているのは、数少ない家族の遺品だけだった。


 「やれやれ。全部まとめても、一抱え分にしかならないぞ」


 アレックスは、家に残っている道具を全て集めてみた。


 ・親父の背嚢

 ・母親のランプ

 ・裁縫の道具

 ・古い水筒

 ・祖父のナイフ

 ・仕事用の砥石

 ・小手と胴当て

 ・精巧な羅針盤


 「こんなものか……売っても大した額にならないな。というか、この羅針盤、どうして質に入れなかったんだ?」


 アレックスは、精巧な銀細工の付いた羅針盤をパカリと開いた。すると、蓋の裏には王家の紋章が付いていた。


 「ああ、そうか。お爺ちゃんの家宝だったか」


 アレックスは、遠い昔に死んだ祖父の事を思い出した。


 祖父は、村の代表として徴兵され、そこから王家直属の名誉騎士にまで出世した豪傑だ。戦場では数百人の敵を斬り倒し、王様からの信頼も厚かったという。

 この風車小屋だって、引退した祖父が褒賞金で建てたものだ。商工ギルドに狙われている営業許可証は、国王が祖父に引退祝いで書いたものだと聞く。


 「爺ちゃんは、立派だったんだなぁ……」


 アレックスは、風車の管理が下手くそだった祖父の事をしみじみと思い出した。アレックスが子供の頃は、風車の管理をほとんど父が行なっていて、祖父は粉挽ですらも引退させられていた。

 だから、隙を持て余した祖父は、よくアレックスに木剣を持たせて、剣術の修行を付けてくれたのだ。


 「そういえば、爺ちゃんの遺品がもう1つあったな」


 アレックスは、風車小屋の扉を開けて、内部の梯子を軽やかに登った。梯子の先端は、風車の回転部まで繋がっていて、動力を伝える歯車を点検できるようになっている。


 「確か、ここだったな……」


 アレックスは、伝達部の歯車を次々に外して、回転の軸を露出させた。そして、風車に直通する軸をガタンと外した。


 「これだ。あった、あった」


 アレックスが取り出したのは、ミスリルを合金した1本の剣であった。その剣は、しばらく使われていなかったのにも関わらず、光沢を失っていない。


 「そうだ。少し風が強くなると、風車の軸が壊れてたからね。爺ちゃんが、この剣を風車の軸にしちゃったんだ」


 アレックスは、剣を布で包みながら、祖父の言葉を思い出した。

 彼は「もうワシは、この国で戦う事はない。ワシに司令を出せる人は、もう居なくなったからな……」とよく溢していた。祖父は、そう言って、愛用の剣を風車の軸にしてしまったのだ。


 思えば、祖父が剣を手放した時期に、この国の貴族が国王を謀殺していた。祖父は、仕えた人の死を知って、剣を手放したのだろう。

 

 「爺さんも、国に裏切られたんだな……」


 アレックスは、爺さんの剣を自分のベルトに刺した。

 そして、やるべき事を心を決めた。


 「国王から貰った営業許可証……商工ギルドなんかに渡したら、貴族にどう使われるか分からねぇな!!」


 アレックスは、風車小屋の壁に打ち付けてある許可証を、バリッと勢いよく剥ぎ取った。そして、許可証に宿っている精霊に、1つの司令を出した。


 「ア・ルシュラ(炎よ)」


 (ボゴォォオオオ!!!)


 普通の魔法と比べて、桁違いの炎が吹き出した。

 アレックスは、燃え上がる許可証を小麦粉の山に投げ込んだ。


 (ボッ!)(ボボッ!!)


 精霊によって起こされた火は、次々とあちらこちらに引火して行った。風車小屋は、あっという間に炎に包まれ、営業許可証と共に燃えて行く。

 

 「ああ、これでここも終わりだな……」


 アレックスは、しばらく小屋を見上げると、そのまま丘を降りる事にした。


 「……あばよ」


 何はともあれ、もう戻る気は無かった。


 


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