落ちた天使
―――――なんで助けてくれなかったんだ
―――――すべて貴様のせいだ
―――――そこで見ていろ、我らの死にざまを
力がなかったから助けられなかった、弱かったから助けられなかった。…違うな、力はあったのに、助けられなかった。助けようとしなかった
あの一歩が踏み出せなくて、何十人をも命を失った。咎だ、永遠に消えぬ己が咎。そんな罪滅ぼしをしようとして、また間違えた。彼らを不死にしようと寄生虫の存在にまで堕としてしまった
それは救済でも、偽善でも、償いでもない。ただの独りよがりな孤独な芝居、巻き込まれたらたまったもんではないこの世に生まれたこと自体が間違いの寄生虫による汚染行為だ
だから彼らは蘇った際も絶望していたのだろう、そんなことを今更思う。とっくに手遅れなのに、愛しい人々を、彼らの最後を永遠に反芻する
この悪夢のなかで
***
「…また知らない森の中か」
木々に囲まれた森の中で再び目が覚めた。木漏れる日はさながらはちみつ色に染まっていて、周囲を明るく彩る。草花の匂いが優しく鼻についた
「ここはどこだ?…」
そもそもなんでこんな場所に来たのか思考する
そう、結論から言えば暗黒大陸の寄生虫どもを殲滅することはできなかった。元翼人の彼らやマキナが送り込んだ個体はすべて討滅し、そのまま暗黒大陸全体の浄化を行うとしたのだが、いかんせん数が多すぎた。スポナーが文字通り地面に埋まったり、大樹の中に潜伏して身を隠すようになったので、探知能力があっても完全なる位置の掌握はできなくなってしまったのである
そのくせ勝手にどこからか生えてくるので、加速度的に寄生虫の増殖は止まらない。大きすぎる枝を剪定するように危険な高ステージまで進化した個体は排除することはできるが、下の下、幼虫段階まではスポナーを丸ごと排除するしかないので日に日に沸いて出でる
そしてその高ステージ個体も、極めて厄介なのが現れた。ノーマークだった東側のジャングルに、奈落が権現したかのような巨大な触手の異形が突如出現したのである。魔王とでもいうべき全長100メートル越えのそれは瞬く間に周囲を黒く染め、ドームの領域のようなものを展開した。その領域の内部に降っている不浄の雨は幾多の寄生虫を食らってきた舞村の肉体でさえ瞬時に溶かし歯が立たないという有り様だ
それで暗黒大陸での完全な寄生虫の駆逐はあきらめて、一刻も早く対応すべきだったマキナによって拡散されたほかの寄生虫を殲滅するために大陸を移動して人族、のテリトリーであるアンドロメダ大陸まで移動してきたのである
(それで飛んでて…あっ!)
そういえば自身に休眠期間、活動停止機関を設けたことを舞村は思いだした、寄生虫を摂取できない環境でも長時間動けるように肉体を改造して不眠不休でいいという利点を手放したのである
(それで眠っちゃってここに墜ちたのか…、なんか最後に鉛玉みたいなものが見えたのは気のせいだったのか?)
あんな急に気絶のような形で活動停止に至ると思っていなかった。何時間ほど眠っていたのだろうか、記憶が曖昧でよく覚えていない
(なんか故郷に似てるな…ここは)
ふとそんなことを思ったが記憶喪失なため、具体的なイメージでは思いつかない。ただこんな穏やかな風景を一度見た気がした。木陰からちょこちょこ飛び出す子供も、デジャヴってやつだろうか
(ん?子供?)
舞村の様子を窺うように10歳ぐらいの3人の人族の子供が隠れながら舞村を見つめてきていた。「天使だ」「天使様だ」と騒ぎ立てている
(なんだなんだ、どういうことだ)
「おねぇちゃん、どこから来たの?」
どう声をかけようか迷っていたところ、あちらの聡明そうな少女から話しかけれらる。ナチュラルに性別を間違えられる舞村
「いや、まず最初におれはおねぇちゃんではないな」
「でも髪の長い男の人なんていないよ?」
「おれの故郷ではロン毛くらい普通だよ」
「そうなの?」
「そうだ」
ここで何か会話に違和感が感じ、ふと首元を見ると翻訳装置が外れていることに気付いた
(あれ?でも普通に会話できてる)
いつのまに解けていたのか、だが自然とこの世界の言語を扱うことができていた。もうすべて脳内にインプット済みらしい
(やはり天才か)
違う、翻訳装置のおかげである
「じゃあ…天使様なの?」
いきなりの会話の飛躍に舞村はついていけなかった。だからなんで天使なんだよと聞くと、空から落ちてきてすごい美人だから天使様だという、なわけあるかと言いたかったが子供なので舞村はぐっとこらえた
「ん?つまりおれが落ちてきたのを全員みたってことか?」
「そうだよ、最初は隕石が落ちてきたってパームズベリー村のみんな大騒ぎになって、裏山の方に墜ちたから私たちだけで見に来たの」
そうなのかと周囲にも促すとコクコクとうなずく子供たち。この少女をリーダー格に早くつくルートを知っているからと誰よりも早くここまで到達したらしい
相槌を打とうとしたタイミングであることに気づいて肝を潰しそうな悪寒が走った
「つまり…パームズベリー村とやらの、ほかの大人たちもここに向かっているってことか?」
「うん、魔物かもしれないから退治しようって話になってた。わたしはそんなものじゃないって思ってたけど」
非常にまずいことになった。逃げるにしても、変身したら騒ぎがさらに大きくなる。情けないことを承知で眼前のこの少女に頼み込むしかない
「悪いけど、匿ってくれないか?」
いいよと二つ返事だった。利発そうな少女と周りの無邪気な子供たちは新しい友達が増えたかのような嬉しそうな表情で自身の村に寄生虫を招き入れるのだった
***
案内された場所は小さな教会だった。入口には小さく聖バステン魔術教会とあり、中に入ると、静謐な空気に身を包まれる。折上天井から身廊に至るまで純白に彩られ、ステンドグラスが太陽の光で一層輝きを増している。壁にはゴシック調の緻密な彫刻もあり、狭いながらも重厚で華美な仕上がりになっていた
「ここがわたしたちが暮らしてる場所なの」
「ここでか?教会だけど」
「ここは普通の聖堂だけど孤児院でもあるの」
「あぁ…そうか」
大まかな事情は理解した。しばらく祭壇の前にあるあの椅子で休んでいよう。さきほどから再び急激な眠気がやってきて今すぐにでも目を閉じたい舞村なのであった
(体全体が悲鳴を上げている。それはそうか、寄生虫を貪るのは本能だ。半端な肉体改造じゃまだ適応するのに時間がかかる、もう少し眠れば…)
「じゃあここまででいいの?おねぇちゃん」
そういって離れていこうとしていく子供たち
「おねぇちゃんじゃないといっている。まぁ待て、案内してくれたお礼に良いものを見せてやるから」
自身の体躯だけで色々なことができる故、芸だけには自身があった
「ほれ見ろ人間楽団だ」
舞村の体内から音楽が流れ始める。ピアノの鍵盤をたたく音が、トランペットを吹くような空気のこすれた音が、半音階で下降するメロディーを奏で、極めつけは舞村とは全く声色が違う歌声が腹から独唱をはじめる
「ふふ、どうだすごいだろう」
この男、体内で蠢く寄生虫を巧みに操作してオペラ調の音楽を奏でてみせたのである。珍奇で気持ち悪いことこの上ない。腹から声出せとはよくいったものだが、まさか本当に“腹から出せ”とは誰も言っていない。当然子供たちの反応は一様である
「気持ち悪い」
「音楽はすごいけど、キモイ」
「見ろ、じゃなくて聞け、じゃないの?」
舞村のメンタルは折れた。ことさら限界だった肉体は身廊にある椅子に倒れこむようにして蹲り、舞村は再び意識を手放した
そして再度目が覚めると、すでに夜のとばりが落ちていて、修道服に身を包んだ明るいえんじ色をした短髪の女性と、艶のある金髪を腰まで伸ばした女性二人の修道女が、方や迷惑そうに、方や困惑したような表情で舞村に向かって立っていた