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異世界転移の寄生虫(パラサイト)  作者: 黄田田
第1章:寄生虫の世界 A cruel world
24/25

執行者たち

終焉の地、破局の閃光が閃いた



破壊と再生が繰り返され、黒煙と癪気が立ち上る黒き戦場。それが一瞬にして紫電に揺らぐ、生まれる夥しいほどの骸。大地は割れ、音も光も遍くすべてが置き去りにされた


狂気の蟲毒の結末、最後の勝利者は神の如き美貌を持った一人の青年だった


死と再生を繰り返し、その紫水晶と翡翠の双眼はさながら不死鳥のごとき烈火に輝き、月のような白皙と長い銀糸の髪はさらに純白に移ろい、神聖さを増す


つまり、寂滅(じゃくめつ)と覚悟の果てに青年は新たな進化を遂げたのだ。眼下に広がる死屍累々の闇と黎明の光の中、青年はある決意をした


『必ず見つけ出して、殺す』と


青年は記憶をなくした自分にとってかつての故郷だった里を悲しげに見つめると、飛び上がり不浄が具現化したような巨大な邪竜に変化して暗黒大陸を後にした


目的はたった一つである




***


甘野老(あまどころ)の月、カイニス暦第八の月。本来ならうだるような真夏の中7人の神の使途である執行者(イグゼキュター)たちは汗一つかくことなく円卓を囲んでいた


それもそのはず、この魔術教会の総本山たる『オルテュギア大聖堂』は教皇領が誇る霊山の頂上、地上4000メートルに聳え立っているのだから


銀世界の中で底冷えするような冷気がそこにはある。最も、彼らはその寒さすら意に介さないが


「ええぃさっさと会議を始めてしまおう」


中央にいる壮年の男が、震えながら立ち上がり会議の始まりを宣言する。誰もが寒いんだなと思ったが口にするのははばかられた


「スモーリング枢機卿、此度は何用で我々執行者を呼び出したのです。緊急徴集とかいって」


そう口にしたのは躑躅色の髪に黄金の瞳を持った女性。背中には4枚の白翼が展開されておりその崇高の様から執行者というものがどのような存在かうかがい知れるだろう


アンドロメダ大陸でもっとも盛んな魔術教において、この白亜の翼は神の使途としての絶対の意味を持つのだ


「―――先ほどヴォルク帝国の戦線が我々の勝利でおさまった。難攻不落と思われた帝国側のゼニス要塞が陥落したのだ。たった一人の者の手によってな」


ゼニス要塞、ヴァルクの険しい冬山に囲まれた天然の要害である。形式上はアナトリアに属している教皇領、人狼の国帝政ヴォルクとも当然敵対状態にあたる


「それがどうしたのいうのです?」

「なんだと?あそこを抑えるのがどれだけ戦略的意味があるのかわかっているのか!テレジア」


補給体制の安定化、次なる野戦への準備、地形上そこさえ取ってしまえば側背の心配がなくなるなどメリットは果てしないものであった


「そこが欲しいのであれば私に頼めばよかったじゃありませんか」

「お前が行けば敵味方関係なく殲滅してしまうだろうが…【純潔】らしく少しは節度を持て」


敵味方の都合も、戦利もどうでもいい。ただ大師父へ勝利を献上することができればそれでいいというこの女。とはいえ単騎で向かわせて勝つことができるほど人狼側も一枚岩ではない。“大逆者(オプレッサー)”を派遣してくる。ゆえに勝手に暴走し被害を増やすだけ増やす【純潔】テレジアは教皇庁にとっては最も度し難い人材だった


「そうですよ、テレジア。いくなら私たちみんなで行きましょう、今度予定があったときにね」


いまだ納得がいっていないような様子で憤るテレジアをなだめるのは魔術師といった容貌のインディゴのローブを纏った長身の女、【慈悲】のフォアローゼス。その神秘性を維持したままウインクしてみせた。同時に豊満なバストが揺れる


「しかしローゼス様、我々がこうも一同に会することなんて早々ないじゃありませんか、今からでもかのカラヤの地に全員で向かった方がいいと私は思います」


カラヤの地というのは、人族たちの住まう大陸、アンドロメダ大陸の隣にある人狼と魑魅魍魎が跋扈する大陸、セイファート大陸の別称だ


「そうは言っても私はすぐ戻らないといけないし、他の子たちも領地で聖務がある場合がほとんどでしょ?教皇直々の命でも出ない限り、諸侯たちは長期間の離脱を認めてくれないわよ」


教皇領を内包するアナトリア王国は、大国だが中央集権が強いとは言えない。王は各地の有力な封建貴族に褒美として教会領名義の領土と最強の兵たる執行者を与え、各地を平定しているのだ


「しかし与えられる聖務は、とても大師父のためになるとは思えません!やれ山賊が出たから退治しろだの、兵たちの練兵を手伝えだのくだらないものばかりで…」

「仕方ないわ。諸侯が内乱でも企てていないか、監視の一環でもあるんだもの。王は私たちみたいな抑止力がないと不安なのよ」


テレジアはそれを聞いて、何を思ったか無表情でうなずいたあとその後の会議では一切口を開かなかった


「それにさー、全員って言ってるけどまだリーダーと“あいつ”が来てなくな~い?」

「またさぼったの?【勤勉】のくせにあの女は、心底ムカつく」


やかましく騒ぎ始める双子は【忍耐】のアイナと【節制】のマリッカだ。全くおなじ髪質のカールしたロングヘアをしているが色は鶯色と水色と異なる


子ども染みた言動だが実際齢10にも満たない子供であり、両者落ち着きがなく常に翼で飛び回っている。多少精神年齢が上のマリッカでさえ口癖は「心底〇〇」ですぐに苛立ち始める


「ねーねーマリッカ。今度会ったらどんな嫌がらせしてやろうかなぁあいつに、やっぱ普通にシメちゃう方がいいよね?」

「ダメ、馬鹿アイナ。こういうのはねせーしん的に追い詰めるの。そっちの方がダメージが大きいってプロンプトが言ってたじゃない!」


彼女らが使えている諸侯プロンプトをまた意地の悪い性格をしていて、領民を虐めていたら最近一揆がおき双子二人に鎮圧させた始末である


「あいつ弱いくせにルールルールうるさくて粋がってたもんね。いっそのこと【勤勉】はここで殺しちゃおう!魔族みたいにブサイクだし臭いし生きててもめーわくかけるだけだよっ」

「ねぇあんた話聞いてた?せーしん的に、って言ったよね?殺るんならやつの家族を殺すわよ」


こう見えても双子は征服行の聖伐のさいに数多くの魔族を葬っている折り紙付きの実力者なので、軍事遠征の際すべての戦いに勝利することから常勝の双子天使ともよばれているほどだ。そんな彼女らに目をつけられては【勤勉】もたまったもんではないだろう。だが…


「その話なんだが…」


スモーリング枢機卿がやっと本題に入れるような表情でその紫に染まった唇をプルプルさせながら話し始めた


「【勤勉】のマリアンヌは殉教したぞ。ゼニス要塞でな」


瞬間、永久凍土のような室内がさらに冷え切った剣呑さを放ち始める


「殉教した…マリアンヌが…?」


ここで初めて口を開いた男がいた。アイスブルーの瞳を持った機械のように冷ややかな黒髪の男だ


「やったーーー!!」

「やったーーー!!」


だが二人の姦しい双子の声にかき消される。高すぎる声はもう人というより鳴き声に近い


「ゼニス要塞ってことは、やっぱ戦争でしんだんだよね?誰に殺されたの?【怠惰】?【嫉妬】?それとも【憤怒】のやつ?」

「待ってアイナその三人だけとは限らない、前行ったときは【色欲】もいた。奴が一番戦って厄介だったからあいつのはずよ、心底腹立つわ。あいつに獲物を先取りされるなんて」


勝手にどの大逆者(オプレッサー)が下手人か予想し始める双子。そんな様子の双子に男はあきれながらもスモーリングに質問する


「死んだと言わずに殉教したといった。つまり“役目を終えた”ということだな?なら敵地であるゼニス要塞で“儀式”が行われることはない。つまり…」


「マリアンヌは殺されたあと、別の人物が【勤勉】を継いだんだな?」

「…よくわかったな」


スモーリングを目を丸くして驚いたあと、どこか投げやりな表情でことの顛末を説明し始める


「当初ゼニス攻略戦は【勤勉】の彼女単独ではなくモデスト卿も参戦する予定だったのだが、途中で妨害を食らってな」

「妨害?」

「あぁ連中も此度の戦にかける情熱は高かったようで、大逆者3人かけて襲撃をしかけてきたよ。それで【嫉妬】の術中にはまり見事分断されて…といった感じだ」

「…それでマリアンヌは【嫉妬】に殺されたのか?」

「いや、違う。ゼニス要塞は陥落したといったろう。この戦自体は我々は勝利しているんだ、大逆者二人も仕留めた。ただその際の“災害”の余波に彼女が引っかかってしまっただけで」


【謙虚】と分断され危機に陥ったマリアンヌ率いる王国軍は瞬く間に【嫉妬】と【暴食】の大逆者二人より半ば壊滅させられ、もはやこれまでかと皆思ったタイミングで落ちてきたらしい


星の光が


流星のごとき光輝く破滅の高エネルギー体は、要塞の中心に炸裂すると烈しい衝撃波をもって周囲を吹き飛ばし、あたり一面を焼き払った。


「それで彼女は…」

「……」


「あははははははっ!よわっ」

「前々から雑魚だとは思ってたけどここまでだとみじめねー。衝撃波でぽっくりいっちゃうなんて」

「お前ら…」


男、ロストは本格的にこの害悪双子を処刑したくなってきた。彼の背負う美徳【寛容】に背いてはいるが、この悪意の具現化のような女子二人は【節制】【忍耐】とこうもふさわしくない内容である。少しぐらい戒律を破っても何の問題もなさそうに思えた


「なに?不機嫌そうな顔しちゃって?もしかしてあの女が馬鹿にされて怒っちゃったの?」

「しっアイナ。このロストとかいう陰キャラはあの眼鏡女にお熱だったんだよ。言ってあげるな」


とうとう我慢の限界がきて、肩にかけたライフルを取り出そうとするロスト。それに反応してアイナは大鎌を、マリッカは魔方陣を展開した。一触即発の雰囲気、誰も両者を止めようとせず、よくあることのように無視する。一応立場が上なスモーリングですらわが身可愛さに何も言えなかった


一瞬の静寂が訪れ、両者一斉に攻撃し始める、戦いの火ぶたが切って降ろされた。ライフルの撃鉄が、魔力の力場が、周囲に轟音と共にその熱を伝える


だが、弾丸を見切ってアイナが大鎌をロストの首元にとどけようとしたタイミング。それは現れた


オルテュギア大聖堂、つまりこの霊峰アイギスの真上、星輝のごとき輝く蒼と、隕石のように燃え盛る紅蓮が弧を描きながら向かってきていた


「なによあれ…」


驚きのあまりアイナもその手を止める。もう少しで首を掻き切れたというのにやはり子供らしく爪が甘かった


「そこまでだ二人とも」


落ち着いた、だが非常に凛としていてよく通る声。紅蓮の炎と、星輝のエネルギーは着弾して爆発することはなく。そのまま聖堂の中へ侵入するとまるで自然現象が人の形をとるように炎から、光から、見目麗しい二人の女性へと権現した


「上空から見ていたが、あれは完全に【忍耐】【節制】の貴方方二人が悪い。大師父の使途である自覚があるなら、少しはふるまいを改めろ」

「…なんで上空から会話の内容がわかるのよ」


この世の害悪をすべて集めたような醜悪な性格をしている双子、なんとか言い返したかったがさすがに相手が悪かった


なにせこの炎の佳人こそ、最強の執行者でありリーダーでもある【謙虚】のモデストなのだから。すべての不純物を焼き尽くしたように肌はシミ一つなく、空色の瞳と純白の髪は選ばれし者としての気迫をより一層感じさせる


そして涅槃に入ったかような覚悟きわまった表情から執行者たちに命を下すのだ


「…今回は前代の【勤勉】が責務を終え、新たな執行者(イグゼキュター)が加わったことを報告するためにあなた方を招集しました」


モデストはアイナに向けていたその身にはあまりにも大きすぎる大剣を軽々と背中にかけなおすと、ある人物にこちらに向かうことを許す


【寛容】のロストは一瞬覚悟した、こいつがマリアンヌを殺した輩かと


そうして近寄ってきた麗人もまた、浮世離れした、いや幽世の存在のような隔絶したオーラを纏っていた


輝くプラチナブロンドにエメラルドとアメジストのような色彩のヘテロクロミア。聖女のような厳かな佇まい、そして何より目立つのは手に握られた絶え間なく輝く黄金の槍


執行者の翼は4枚でさながら蝶のような形で華麗に舞い、優雅で凛凛しい


女は生死の狭間を揺蕩うような虚無的な表情でこう言った


「妾はマキナ、デウス・マキナだ」



そのあまりの威圧感と“この世の”ものとは思えないただならぬ気配に臆して誰も何も言えないでいるとモデストが口を開く


「彼女にはまだ所属させる諸侯は決まっていませんが、主に天領の自治かこの教皇領の警ら、セイファート大陸での聖伐に加わってもらいます。事情が事情なので軋轢はあるかもしれませんが、我らは生まれながらにして大師父に選ばれた御子。私情にとらわれず速やかに連携してください」


「すべての魔族を殲滅するために」


そういうとモデストはマントを広げて、大聖堂を後にし、そのまま炎の翼を広げてまたどこかへ飛んで行った


「おい」

「……」


その様子をどこか呆然と見つめていたマキナ。ロストがすかさず敵意のままに声をかけるが答えはなかった


「……」

「…お前は執行者に選ばれたんじゃない、彼女から奪い取ったんだ。“儀式”の性質上そうせざるを得なかっただけで、お前など塵芥にも劣る殺人者のクズだ。いつか必ず殺してやる」

「……」

「背後には気を付けることだな、いつでもこの眼がお前を見張っているぞ」


女はすべてに興味がないといった表情で完全に沈黙を貫いている。周囲はというとあの双子ですら一日に一言二言あるかないか程度しか言葉を発さないロストが激情のまま怒り狂っていることに驚いている


だが唐突に女、マキナは空を指さし、呟く


「そんなに“眼”に自信があるならあの彗星を落として見せろ」


女が指さした先にあったものは明らかに彗星ではなかった


目障りな、呪われたような漆黒と、紫紺に輝く光が混ざった謎の飛行物体だった


「…あぁいいだろう。いつか貴様の眉間にぶち込む弾丸ということを忘れるな」


ロストは背中にかけたライフルではなく、何やら詠唱をすると虚空から巨大な狙撃銃を取り出すと、姿勢制御をとりその漆黒の物体に標準を合わせ、スコープで対象を拡大する


「なっ…!!」


そうして“視えた”ものにロストは驚愕した。なぜならそれは物体なんてものではなく、彗星や隕石が可愛らしく思えてしまうほど悍ましい代物だった


それは生物だった。悪魔のような翼と、長い手足を持った凶相の邪竜が、漆黒の鱗に紫紺の光を宿しながら、この世すべてを憎んでいるような怨嗟の様態で飛んでいた


一刻も早くこの何かを駆除しなくては!とロストは、なにか己の本能がそう囁くのを直感し、すぐさま引き金を引いた


最悪な予感とは裏腹に、弾丸がその大すぎる体躯に直撃したのか邪竜はあっけなく墜落していった


「なんだったんだ今のは、”弾が当たる前に墜ちたように見えたが”…この距離だとレスター王国の方にいったか?」


恐怖と驚嘆のまま狙撃銃をしまおうとするロストだったがふと横のマキナの方を見て、再び恐慌に駆られることになる


マキナの表情は先ほどの無表情とは裏腹に、不気味なほどの笑顔できわまっていた


「…そうか。来たか」


―――――マキナが翼人の里を滅ぼして、暗黒大陸を離れてからもう2か月はたっている


今年の甘野老の月は魔獣の月(ブラッドムーン)である。人外の夜は始まったばかりだ


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