cruel world
死とはそう複雑なものではない
生命活動を停止する、ただそれだけだ。寄生虫にとってはなじみが深いものだろう、何度舞村もその存在を果てたことか、だが一般的な生命との違いは寄生虫は一度死んでも蘇るということだ
心の臓を破壊されても、脳髄を啜られても、本体さえ存命ならばどこからか細胞を持ってきて再生する
根本的に通常の定命とは道理が違うのだ。その証拠に寄生虫は栄養を摂取する必要がなく、呼吸もしないし、老廃物の排泄もしておらず、つまり生命の特徴である代謝を一切行っていない
ただ同種を食らってその存在を維持し、進化させるだけでいいという特異性はもはや、無生物といってもいい領域だ
そんな存在が通常の人間と肩を合わせて初めから生きるなど不可能だったのだ。
「なんで…そんな、人には勝手に死に行くなとか言っておいて」
「…ははすまんな、どうしてもこの技以外で倒す術が見つからなかったんだ」
舞村の目の前には変わり果てた様相のセツナがいた。血にまみれ、今にもこと切れそうなほど虫の息で、体は一ミリも動かせず、かつて美しかった赤銅色の髪は真っ白に染まり、失った部位は数えきれないほどであった
「そんな悲しい顔をするな…せっかく美しい顔をしているんだから」
なんで、どうして、と泣き嘆く舞村にセツナはかろうじて動く残った左手だけをそっと当ててやり、涙をぬぐってやる
「あぁ…今思うと一目惚れだったのかもしれない。お前が砂漠に現れた時から、その異形の変身を解いたときから私はお前に魅入られていたんだ」
遺言のように言葉を紡ぎ続けるセツナ、舞村はそのセツナの様子にどうしても納得がいかなかった
「ほかに方法はあったかもしれないだろ!…お前ひとりが犠牲になるやり方じゃなくて!なんで命が有限なお前がこんなことを」
「…別に自爆技というわけでもないんだ、極彩色・零は。相手を必ず葬る必殺の技なんだが力量が同程度か上手だった場合膨大な反動か来るってだけで」
単純に私の力不足だと力なく笑った、舞村はどうしてもやるせなくなって何か助けられる方法はないかと精一杯考える
「そうだ!寄生虫の本体をお前に埋め込めば!」
いつかやったか本体を取り込み、内部でコントロール下において移植したら操られることなく寄生虫と化せるのではないかという考え。それを実行するときが来たと思った、だが
「…やめてくれ、私はお前のことを愛しているがお前に支配されてまで、世話になってまであさましく生きるつもりはないよ」
「でも…っ!」
「それを実行するのなら私ではなく、村で今も苦しんでいる寄生被害者の彼らにやってくれ。そのためにこの遠征が行われたといっても過言ではないんだから」
そういうとセツナは黒い珠、蝙蝠型の本体を取り出し、舞村の口元にあてがった
「これはお前が食うんだマイムラ、食って、力に変えるんだ」
「そんなことしても意味がない!!!」
「意味はある。私もお前も、翼人という種族も、弱かったから淘汰された。この残酷な世界で弱さは罪だ、誰よりも強くなれマイムラ、寄生虫という種族の運命のように」
その言葉はだれよりも残酷で誰よりも優しかった。彼女は、寄生虫としての舞村を愛してくれている。だからこそ真価を、寄生虫としての進化を遂げないといけなかった
「…強くなる、、、」
「あぁそうだ、その強さで、罪人たちを守ってあげてくれ…」
セツナの健康的だった褐色の肌色がどんどんと青白くなっていく、一つの命が終わってしまう
「違うんだセツナ、弱いことは罪なんかじゃないんだ。おれが元居た世界では誰にでも平等で、万人に生きる権利があって安全で…」
「そうか…この世界に住むものとしては天国のような存在かもな。でも私はこの世界で、この死に方で満足しているよ」
舞村はまだセツナに言いたいことが山ほどあったが、セツナの方は限界らしく頬を撫で続けたその手すら力なく落ちる
「この世界だったからこそ私は思うがままに剣を振るえた。この世界だったからこそ、私は守ることの尊さをしれた。なによりこの世界で、寄生虫としてのマイムラクオンに会えた。それだけで、十分だ…」
セツナは最後の力を振り絞って起き上がると舞村に柔らかいキスをした。その一瞬は永遠に思えた
「えへへ、ファーストキスだったんだぞ」
「セツナ…」
舞村は流れる涙で朧げになる視界でありながらも必死でセツナの顔を見続けようとした、生きている彼女の顔をもっとよく見たくて
「マイムラ、この世で一番お前を愛している…」
そうしてセツナは舞村の腕の中で息を引き取った
***
舞村は泣いた、泣くことしかできなかった。冷たくなった彼女の骸を抱きしめながら、己のふがいなさを嘆いた
「なんで、お前にはまだ言ってなかったことがいっぱいあったのに…!おれは記憶がないんだ!記憶喪失なんだよ!おれもお前が好きだった!だからおれの一生で始めて惚れた相手だったのに!それすらも伝えられなかった」
なぜ命などチップより安い己より、彼女が犠牲にならなければならないのか、なぜあの自爆で仕留められなかったのか、それらすべての不条理は自分が弱かったからで片付けられた
弱肉強食、優勝劣敗、適者生存
自然界の掟ともいえるそれが呪いのように重く舞村にのしかかる。弱い、弱い、弱い、弱い
(弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、 弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い)
弱い、それすなわち罪。そんな罪びとを、守る
舞村は蝙蝠型の本体を手に取ると瞬く間に捕食し、そのまま変貌を遂げると、寄生虫が闊歩する夜のジャングルにそのまま消えていった
***
いつからだろう、この世界に来たのは、舞村はそんなことすら曖昧になってきていた。家族の、友人の記憶もない。そんな白紙のような状態でこの世界に迷い込んだのだから当然か
センパイ…最後に早川涼という人物と居酒屋に行ったことは覚えている、顔はよく覚えていないが眼鏡をかけていたはずだ。もう現代社会で生活していたことが信じられないが知識だけはあった
間違いなく令和の日本という国に、舞村久遠という名前で生活していたはずだ。なぜだなぜ記憶が抜けている?
(そういえばセツナの名前もセツナの師匠、ハルゾウも日本人っぽい名前だったな)
翼人たちの中にも一部日本人らしきというのもおかしいが日本でもいてもおかしくない名前の奴は複数存在した、この世界には天狗という存在がいるらしいが彼らに合えば元の世界に戻る…否、なにかこの世界に来てしまったきっかけ、自身の記憶すらもヒントとなって取り戻せるかもしれない
『■■ちゃん、こんな夜中にどこに行ってたの?』
(っつ!!!)
また頭痛が舞村を襲った。記憶という巨大なジグソーパズルの中致命的な何かが抜けている気がする
(彼女がいないならどんな世界でもどうでもいいが、記憶だけは何とかしたい…)
舞村は今、ひたすら新しい肉体のままスポナーや沸く寄生虫たちを驚異的なスピードで駆除し続けていた
念願ではあった空を飛ぶ手段…、憎き蝙蝠型の悪魔のような翼を窶してまさに邪竜とかしたその体躯で強襲し、ちぎっては投げ、毟ってはそぎ、いたぶっては殺し、本体を露出させそのまま捕食した
全長が20メートルぐらいになったのできわまったときにはどんなに巨大なスポナーだろうとステージ4の寄生虫だろうと、“丸ごと”捕食した
(この作業が終わったら早くあの洞窟に戻って、残された唯一の翼人たちを里に戻してあげないと…)
最後の戦いまで残った翼人はたったの6名、そううちの3名が蝙蝠型との闘いでなくなった
残された三人は絶対に守る、そう固く誓っていた。だからこそ洞窟周辺の、いやこの西側ジャングル全体の寄生虫をすべて狩る勢いで飛翔している
新たに得た能力…『超音波ソナー』の探知能力も偉大だ、どんなに深い緑の中、遮蔽物に隠されていてもこのソナーがあればあぶり出せる
そして殺さず支配下に置いた寄生虫の本体はどんどんと舞村の中で増えていき、朝になるころには500を超えた、舞村はそれらすべての本体を一点に集め巨大な核とし、その核に完全な肉体操作のまま強固な外殻を形成していく
そして西側ジャングルの寄生虫をすべて狩りつくし肉体は正真正銘すべての生きるスポナーとなった
これで何度本体をえぐられても、“核”を爆破でもされない限り生きながらえる。死ぬことなど許されない、絶望してでもゴキブルのように意地汚く生き続ける、機構が完成した
「このまますべての寄生虫を駆逐してやる!!」
舞村は洞窟に戻り、人型に戻ると体内から新たに生息させている百足型を取り出すと残された眠っている翼人…蝙蝠型との戦闘で軽くない負傷を負っている彼らの口元に這わせると、問答無用で寄生虫の本体を捕食させていく
「ガッ…!ガハァ!!!」
「ガァァァァ!!!!!」
「息が、できない…ああああああああ!!!!」
そしてしばらくすると彼らの瞳は紫紺に輝き、生命力の奔流を放ち始める。その過程でストックした本体を何度も移植して彼らを半不死にした
(これでもう犠牲は出ない…人死にはもう十分だ)
月だけがその行動の歪さ、狂気を讃えていた
「ではこれより帰還します、マイムラ隊長」
命令できる人間が軒並み死んだため、形だけ外部の者でありながら部隊長まで繰り上がった舞村、極めて不本意だったがこの体制のまま翼人の里に戻ることにした
寄生虫とかしたことには当人たちにはまだ伝えていない、伝える必要がなかった
そして、また長い旅が始めると思っていた残り僅かな翼人たちだったが、ステージ5となり翼も手に入れ、以前とは比べ物にならないほどの速度と移動能力を手に入れた舞村によって帰還はものの数時間で終わった
だが数時間後、彼らと舞村の目に映ったのは赤い、なによりも赤い空と、火山のように燃ゆる炎、焼け落ちる里の姿だった