おれは鉢巻だ
旋風を巻き上げながら空中へ踊りでたセツナ。その腕には自身の肉体を操作して子供程度のサイズに若返った舞村が所詮だっこされていた
「頼むぞ、あの脚の隙間から覗いてる胴体に入れてくれ。空爆がある分厳しいと思うがある程度近くまで接近したらおれが変身して突っ込むからそれまでに!」
蠅の長所は発達した翅を活かした敏捷な飛行能力だが、蠅型のこの図体じゃできるわけもなく完全に空中でホバリングしたまま停止している。空爆の点さえ除けば絶好の攻撃のチャンスであった
「わかった、しかし体内に侵入したあとはどうするんだ?本体を破壊するとは言っていたが本丸がどこにあるのか見当がつくのか」
「いやまだ急所の特定には至ってない。寄生虫にはおれの毒がきかない以上なんとしてでもすぐに本体を破壊する必要がある、まず頭部に向かうかな」
これ以上被害が広まる前に空爆を速攻やめさせなきゃいけない都合上、最悪脳を破壊して一度殺し、再生の直前にカマキリに憑りつくハリガネムシが如くタンパク質を注入して自分が蠅型の神経を乗っ取ればいいと舞村は考えていた。もちろんこんなこと普通の生物であるセツナに言うはずもないが
「確かにこんな自分の体を操作できるお前なら体内でも超速で動けるだろうが…、にしてもこれ本当にすごいな。あの長身だったマイムラが今は軽く手を捻られるサイズに、あぁなんで子どもっていうのは自然な甘い香りがするんだ?くせになりそうだ」
「お前はずいぶん余裕そうだな…」
当のセツナは子供形態の舞村の姿を堪能しており、あまり緊張感がないが。最もこの子供形態の舞村に夢中になってしまうのは第三者から見れば至極当然と思えてしまうほど可愛らしい容貌だったが
『■■ちゃんの子供のころってほんとにかわいいね。天使さまみたい』
「っ!!」
「どうかしたか?」
「いや何でもない。それより空爆に当たらないようにしてくれ、そろそろ近づいてきた」
この距離なら舞村であれば胴体の皺の数まで数えることができる。そろそろ突入できる頃合いだ。硫黄の臭いが濃くなり、巨大な複数の脚の間を駆け抜けて、漸く巨大な蠅型の腹部までたどり着くことに成功する
「じゃぁいってくる。服を預かっておいてくれ」
「あ、あぁ気を付けるんだぞ」
瞬間早着替えを成功させた舞村はそのぐだぐだになった服を預けるとセツナの腕から大きく飛び上がると強烈な紫電を煌めかせ、4つ眼の恐竜に変化した
そのまま両手足の爪を大きく外殻に食い込ませ安定すると、そのまま牙を使ってガツガツと蠅型の肉を捕食しながらドリルのように内容物をかき分けながら進んでいく。その様子をセツナはかたずをのんで見守った
体内へと侵入した舞村はまずとにかく本体を探すべき五感のすべてをフル解放した。何か体内で蠢いているものはないか、そんな小さな情報も見逃さずべくひたすらに食らったがやはりこの巨体。聞こえてくるのは真下で行われる空爆の音のみ
(思ったより“軽い”な)
食感はもっとブリブリしていて道中も進退きわまるものだと思っていたが意外なことにサクサクとまるでおがくずを啄むように進める。この様子なら全身食い尽くすのも簡単そうだったがいかんせん時間に余裕がないのでこのおがくずの海のような蠅型の体内からたった一匹の寄生虫を見つけ出す必要がある
(とにかく頭の方へ向かおう、どこから寄生虫を摂取したのかわからないが大かた捕食のはずだ)
蠅なのにそれより大きいサイズの寄生虫に狙われるかとは思ったがこの世界の蠅のサイズが地球のそれとは大きく異なる可能性がありあの怪鳥やダブルヘッドスコーピオンの例を見れば地球の常識が通じないのは火を見るよりも明らかだった
(ダブルヘッドスコーピオンは魔獣ってやつだったか…)
ならばこの蠅型ももとは普通の蠅の魔獣だった?魔獣が普通というのもおかしな話だが
ひたすら黒い虫肉を食らいながら進む。己の胃の無尽蔵さに驚きながら脳を胃を目指すこと1分、何か振動と共に音が伝わってきた。ついに本体を見つけたかと喜ぶ舞村だったがよく聞くと音が一定的すぎる、外の翅の音だろう。この振動だって筋膜の動きだと気づいてしまった
(違うか、にしてもこいつ体中を食い荒らされてるのによく何の反応もないな。図体がでかいと鈍るのか?それとも虫って痛みを感じないんだっけ?)
当然のごとく虫には痛覚はない。再生のたびに激痛が伴う寄生虫にとってこの特性は非常に適していると言えるだろう
(おれも痛覚なくしてーなー)
そんなことを考えるうちに頭部周辺までたどりつくことができた
(ここはでかい一対の何かはパルプってやつか?…つまり口吻基部が近くにあるはず、口吻から寄生虫を摂取したはずだからそこの周辺に)
一歩間違えれば食い破って外に出てしまう。慎重に進むべき方向を考えながら貪り進んでいく、上方へ上方へ、下方へ下方へひたすら頭部の中の本体を探す。だがどこにも、口吻にも複眼の中にも本体は存在していなかった
(くまなく探したつもりだったのに、もう頭部にはないってことか?仕方ない奥の手だったがやつの脳を操作して…)
しかし、ここであることに気づく。さきほどから何も聞こえてこないことに。翅の振動音も、空爆の音も何も聞こえない
気のせいかと思って下の部位を食い破って、外を見てみても空爆は止んでいた
どういうことだと思い、しばし硬直した瞬間。またある事態に気付いた。“内部”から謎の音が迫ってくることに
(なんで、なんで、すでに蠅型が死んでいるんだ!?)
瞬間、舞村に伝わるすさまじい衝撃。接近してきた何かが邪竜の肉体を直撃し、抑え込まれる。目の前の下手人は全身を黒く塗られた大百足だった
「ギャァァァァ!!!!」
蠅型の死体にこだまする絶叫。強力無比な痺れが舞村の全身を駆け巡った
(麻痺毒っ!!)
大百足は凶悪な顎肢で舞村の肉をとらえるとそのままがっちりと挟み込み、引き剝がそうとするほど猛毒と激烈な痛みが体を迸るようにした。これにはひとたまりもなく舞村は何もできず硬直してしまった
(体が…動かせない。こいつ、いままで何匹食ってやがる!)
寄生虫由来の毒は効かない舞村でさえ痺れさせる麻痺毒、別の生物の毒とのカクテルだろう。つまり百足型は今までステージ3以上の寄生虫を少なくとも一匹は殺して食らっているということだ
いや一匹どころではない舞村の神経、血管、臓器、すべてを破壊しそうなこの猛毒は一匹程度の毒虫ではとても足りない。何匹の高ステージの仲間を食らってこその、まさに寄生虫の本質である蟲毒を体現したのような劇物だった
「ギシャァァァァ!!!!」
何とか引き剥がそうとするが関節の至るとこさえ動かせない。蠅型の体内の絶対なる暗闇の中、孤立無援の状況で絶体絶命の窮地に立たされた
(しかもこいつっ…!)
どんどんデカくなってないか?舞村が抱いた疑問。顎肢を突き刺され全身に巻き付かれている状況だが大百足の占める体積と圧力がどんどんとデカくなっている気がする。その実感はまさに正しかった
蠅型が本体をどこかでこの百足型に食われた以上、持ち前の共食いで相手の特性を吸収する寄生虫独自の能力が働くはず。して食われた蠅型の特性とは?
空爆?否、悪臭?否、機動力?否、否、否
蠅型寄生虫の特性はその“デカさ”である
(まずいっ!!!!)
どんどんと死骸の中で肥大化していく百足型、このままでは舞村が丸っとおいしく頂かれるのは時間の問題だ
(何とか、何とかしないと)
だが爪一本動かせない状況だ、しなる頸も頑強な顎も、極悪の牙もそのことごとく無意味。かろうじて動かせるのは舌先だけだった
どんどんと身体が衰弱していくのを感じる、本体が破壊されない以上死にはしないだろうがもし本体までこの毒が浸透すれば一発で地獄行きだ。舞村はもがいている気でいながらその実何も動かせず壊死していく自身の肉体を見て、祐逸動くその蛇のように長い舌を最後のあがきというばかりに暴れさせながら狂死した
***
「マイムラっマイムラ!!!どこだ、どこにいるんだ!」
…どこからか聞こえてくる見知った友人の声
(…セツナか)
どれくらいこうしてきたのだろう。舞村は途方もない時間眠っていた感覚だったが、実際のところ一分もたっていない。寄生虫の再生は一瞬だ。一度彼岸に言っても本体が生きている限り即座に蘇える
だが毒が浸透している今、ただ生き返っただけで状況は何も好転していない。何かあったのかと察知したセツナが蠅型の肉体に潜って声をかけているが、当然こちらが助けを求められるはずがない
(また、意識が…)
次の絶命も早い。苦しく、声も出せず、巨大な亡骸の中で死んでいく
ふさわしい虫生だと思った。弱肉強食、優勝劣敗、そんなもの寄生虫でなくても自然界であれば当然の掟だろう、ただ自分が驕っていただけなのだと
本体が死んだあとは百足型に骨まで食い尽くされるのだろう、そしてこの力はまた継承される。それでいい、それがいいんだ
…ただ、もう少し生きたかった。舞村、四ツ目の邪竜はその生命活動をすべて停止させる前、そんなことを思った
「マイムラっ!!!何か理由があってうごけないんだな?ならお前の体に括り付けたこれを起動する!」
本体がある厚い外殻を神経ごと通ってその猛毒が…ピチュン!!!
凄まじい爆発、蠅型の頭部が吹き飛んだ。それと同時に中から三つの物体が飛び出してくる。無傷で飛翔するセツナ、当然のことで引き剥がされた百足型、全身の肉体を破壊され、むき出しの本体だけの肉塊になった舞村
だがそれがいい、それが最善手。寄生虫は再生の際、元手がほとんどない場合その肉体ごと一新する!
「ギャァァァァァ!!!」
一瞬で空から噴き立つ極黒の煙は邪竜の完全なる再誕を意味する。地獄の底のような痛みの中舞村は完全なる復活を果たした
「カンシャスルゾセツナァァァァ!!!」
ドドーンと両者地上へ激突すると、雄たけびをあげ百足型に突っ込む舞村。蠅型を食らってことで肥大化した百足型のすがたはさしも大妖怪のような見た目になっていたがまだ恐竜の姿をとる舞村の方が少しばかり大きい
だから、こんな作戦が取れる
(貴様は!貴様だけは許さん!本体とかもうどうでもいい、頭からまるごとボリボリと捕食してくれる!)
両者とびかかるが接戦を制したのは舞村の方だった。百足型の方がリーチが長いなら、蛇のそれよりはるかに長い自慢の舌で攻撃すればいい
(くらえっ!ニトログリセリンとおれの毒性唾液とでミックスした特級劇物!!)
またしても顎肢による挟撃を食らわせようとしてきたその百足型の頭部に舌による刺突をお見舞いする
「!!!!!????」
未知の毒物に混乱したか動きが止まる百足型。そのすきを見過す舞村ではない
「ギシャァァァァ!!!!」
ガブっと頭から齧り付く。体節を咀嚼で砕きながらヘビのように食道を限界まで広げて丸のみにしていく。今までの恨みを晴らすがべく執拗に、執拗に、唾液を分泌しながらその百脚の悍ましい虫を飲み込んでいく
(あぁ、うまい)
丸ごと完食する際には、周りに空爆による被害を逃れた翼人たちによる観客ができていた
***
「いやーうまくいった、うまくいった」
「何とかなったな…」
百足型を食らった後、セツナと再び邂逅を果たした舞村。翼人たちも蠅型の残骸を片付けながら周囲にいる
「あの時、蠅型の翅が停止して、暫くしてもマイムラが出てこないから何かあったと思ったら、まさか内部でもセランガに襲われてるなんてな」
「マジで死ぬ寸前だったぞ、セツナが助けてくれなきゃ」
舞村は横の巨大な虫の屍を見ながら言う、セツナいわく蠅型が死んで自由落下したあたりのタイミングで爆破が行われたらしい。本当に奇跡的なタイミングだ
「念のためマイムラに着けていた爆弾が、こんなことに役立つとはな」
「念のためでつけるなよ…、いつの間にやったんだ?」
「マイムラが恐竜に変身したときだな、背中につけておいた。起爆装置つきでこれでいつ勝手に脱走しても爆破できる」
「人間に戻ったときに気付くからな。あと無駄に高度な技術使うんじゃない」
そんなかんやで蠅型の残骸の始末も終わり、セツナも立ち上がって遠征再開のための統率をとろうとすると舞村の腹の虫が鳴き始めた
『ギしギしギしぎしギしギしギしギしギしギしギし』
比喩表現ではない、本当に鳴いた
「なんだ?その怪しい音は、お前の体内から聞こえたような気がしたが」
「あぁこの百足型、体内で飼うことにしたんだ」
さらっととんでもないこと言う。全くの偶然なのだが、百足型を完全に体内に取り込んだ際やつの本体はまだ生きていた。だが肥大化は停止し、まったく抵抗をしなくなった、なぜかというと
「ほら、おれ言ったじゃん。寄生されたけど体内の寄生虫を完全にコントロールできてるって、それが今回も適用できたみたいでさ」
「つまり、お前は何でも生きたセランガの本体を取り込めばそれを完全に支配下におけるということか?」
「あぁ、それで本体だけじゃなく奴の肉体はまるごとのみこんだから図体はかなり小さくなったが百足型そのものを意のままに操作できるな」
そう言って舞村が口を開けると、喉の奥から漆黒の百足がひょこっと頭を出した、ぞくぞくっとセツナの脳髄を巡る衝撃
「す、すごいじゃないか。これなら寄生された村の連中も本体ごと取り出してマイムラに食わせてしまえば…」
「いやそこまではわからないな。おれの支配下に置いてもダメだし、本人たちを完全に開放する必要がある。だが手段としてはアリだから色々ほかの寄生虫でも試してみるつもりだ」
あぁそうしてくれと言い、指揮に戻ろうとしたセツナだったが先ほどの衝撃が頭から離れない。舞村ほどの美青年が艶めかしそうにその小さな口を開け、中にいる異形を披露する様はいつの日かみた舞村の本体を見た時以上にぐっとくるものがある。特に下腹部に…、セツナという女、なかなかに濃い性癖を持っていた
「な、なぁ、さっきの百足、もう一回見せてくれないか?」
「?あぁ、いいぞ」
すると舞村の右手の動脈を突き抜けて百足型が飛び出してきた、ほとばしる血
「そっちじゃない、その…さっきみたいに口を開けて見せてくれ」
「?どっちでもよくないか」
だが見せてはくれる。麗しい女性的な顔立ちで、あーと口を開いてグロテスクな異物をのぞかせるその姿は実に煽情的で、セツナは口元にむしゃぶりつきたくなった
「あぁ、ありがとう。もういいぞ(最高だった…)」
「あ、あぁ?じゃぁ行くか」
舞村は何をされたのかよくわからなかったがそれよりも次に来る困難の方を考えた方がいいと思った
何故ならば、これから向かう先は得体のしれない気配を感じ、舞村があれほど恐れていた白山の向こう。西側ジャングル最奥地なのだから