行軍遠征
灼熱の砂漠。そんな困難きわまる道中も、舞村の【模倣】を使えばわけがない
双頭のスコーピオン、ダブルヘッドスコーピオンの姿に変身してその無駄にでかい図体を使えば食料やら武器やら火薬やらなんやらもすぐに運ぶことができる
翼人たちは空を飛んで移動できるがどうしても積み荷問題は付きまとうのでそういう意味でも舞村の移動能力は革新的だった
(くそっあいつらは悠々自適に飛んでいきやがって…)
兵站を運ぶのはいい、だが自分たちは先に行って自分だけ現地集合というのはどうなんだと愚痴を言いたくなる舞村。口がないので内心で思うだけだが
(勝手に先行して寄生虫に襲われたらどうすんだって話だよな)
現在早朝なので寄生虫の出現はあの恐竜型のようなイレギュラーを含めない限りありえないがそれでも納得いかなかった
「まぁそう憤るなマイムラ、砂漠を抜けて恐竜たちのいる森に入るまでは我らにとっても見知った場所。ある程度自由に動いても問題ないだろう」
ひょこと首を出すセツナ。当然のように内心を読んできているが舞村はもう突っ込まないことにしている
「アルフたちも一緒だったらよかったんだが、奴がそれだけは絶対に嫌だと言ったからな、
無理強いはできん」
「私はいますよ!今にも吐きそうなくらい酔ってますが…」
そんなわけで舞村と同舟しているのは大量の爆薬と武器、セツナとティコの二人であった。吐きそうな人もいるし、正直今すぐ降ろしたかったが
爆薬、これで各地のスポナーを破壊しつつ、セランガ…寄生虫のサンプルを得て、持ち帰り仕組みをより詳しく研究することで変異体の治療法の確保につなげる。それが今回の遠征の目的だ
日が出ているときは寄生虫は出現しないので今は絶好の討滅の機会というわけでそこそこ急を要する、舞村は不満をこぼしつつも何キロもある大量の兵站を運ぶのだった
***
「来たか、遅いぞ」
蒸し暑い空気、あちこちから聞こえてくる奇怪な鳴き声や奇妙な植生。砂漠を抜け平原を抜け、やっとこさ舞村たちはジャングルの入り口まで行くことができた。そこには兵士長のガエリアがおり3人を待っていた様子
現在はまたしても早朝、丸二日かけてここに来たわけであるが、これでも前回よりは大幅な短縮である
「こんな近いルートがあったなんてな。初めてあの砂漠を抜けたときは何日もかかったのに」
「それは東側から来たからだろう。あの周辺は特にセランガが多く、生命が軒並み食い尽くされたのかという勢いでジャングルも、地の緑も切れるのが早い」
西側から移動すればジャングルに入るだけならたいした移動距離を進まなくても済むという話だった、それでも舞村の速度で二日はかかってるいるしここから恐竜たちが生息する領域に入るまではもう少し進まないといけないが
「移動する際セランガの襲撃にはあったか?こっちは何匹かの飛行型に襲われたが」
「我々もホーネットには襲われたが連中の主戦場が空中な以上、敵ではないが地上から迫ってくる個体がな…」
ホーネット、空飛ぶ棺桶のような異質な外見の毒針を飛ばしてくる寄生虫。とにかく攻撃されない安全圏からちくちく刺してくるのが強みだが翼人相手には当然通用しない、だが手長足長や恐竜型、猟犬型のようなすさまじい膂力と“狂気”で生物が空中にいようと襲い掛かってくるステージ3、4の連中にはそれなりに苦労させられたらしい
「物はしっかりと持ってきたか?」
「あぁそこにおいてあるよ、まったく危険物を運ぶ身にもなってくれ」
包紙に包まれたいくつかの爆薬。珪藻土を用いたシンプルな形状のダイナマイトだが威力は折り紙つきだ
「これは本土から輸入したからたかかったんだぞ」
「本土っていうのはお前ら翼人をここまで追いやった人族の住む大陸のことか?」
前々から疑問に思っていたことを言う
「あぁそうだ人族の住むアンドロメダ大陸のうちの国の一つ、アナトリアから輸入したものだ。この場合アナトリアではなく本国というべきが正しいがな」
「本国?どういうことだ」
「属国なんだよ、アナトリアのな。このナギド村は正式な名称があってそれをカナト侯国。笑える話だ、こんな少数の村なのに国だなんて、連中は私たちを合法的に追放するために長老を侯爵の爵位に授けてここを事実上の属国にしたんだ」
輸入にも高くつき、貿易も必ず本国を経由しなければならない。おまけに暗黒大陸近辺の海は荒れているからといって空を飛べる翼人側に何千キロもある距離の商品を受け取りに来させる。これはまたひどい待遇だった
(なぜここまでひどい待遇を受けているんだ?天狗と同列に扱われることをひどく嫌がっていたがそれとなにか関係があるのか)
天狗は人族たちの住む領域アンドロメダ大陸とは違う大陸にすんでいるらしいがデリケートな問題だろうからこれ以上この手の質問はしない方がいいだろうと舞村は考えた
「ようやくつきましたね~疲れましたよもう」
「あぁもう着いたのか」
セツナとティコの両者も起き上がり会話に参加し始める、とっくに降ろしていたが大蠍の背中の上でこうも熟睡できるのはすさまじい胆力だろう
「おい貴様らも起きろ!!朝の点呼を始める」
ガレリアが怒鳴り声と共にその翼を大きくはためかせ風切り音を挙げると警吏のため空にいた幾人かを除いた、樹の上でキャンプ地をはり野営していた何十人もの翼人たちが一斉に起き始めた
(キャンプ地を設営するなら樹の上がいいって忠告は聞いていてくれたみたいだな)
「よしこれから小隊ごとに分かれて行動を開始する!各自ダイナマイトを装備しセランガを産みだす“黒い木”を破壊すること!夜の恐ろしさは身に知ったな?迅速に動け!」
「はっ!!」
日は真正面から輝いて正午。それなりに巣爆破作戦は順調だった
***
スポナーが隠れていることでなかなか見つからないといったトラブルはあったものの舞村が持ち前の空腹感による嗅覚で次々と発見し解決。翼人たちも特徴をつかんだのかあったのに見過ごすといったこともなくなり順調に破壊を進めることができた
「それにしても爆破が効いてよかったなぁ」
「あはは…有効かどうか半信半疑でしたもんね」
「それよりティコおまえもやるじゃないか7基も発見するなんて。どっやってあんな見つかりづらい場所に隠れてたやつ見つけられたんだ?」
「ふふーん勘ですよ、勘」
「この作戦のせいで鼓膜が破れそうなんだが…」
一応小隊のリーダーであるアルフもスポナーを2基ほど発見していた。彼はこの爆破計画には不満そうだが
「文句なら長老たちに言え」
アルフを適当にいなしながら舞村は今後のことについて考える。この調子でいけば夜までにはここら一帯の新生する寄生虫は大幅に抑えられるだろう。ジャングル全域となれば途方もない時間がかかりそうだが希望は見えてきた
(あとは寄生虫どもの研究だな…やつらがいかにして生物に寄生し乗っ取るさまを見てそこから変異体治療の足がかりをつかもう)
舞村は手に握ったスポナーが防衛本能で生み出したくつかの低ステージの寄生虫を見る。幼虫型、蜘蛛型とあるが舞村が寄生されたのは幼虫型で口内から寄生された。して蜘蛛型は?蜘蛛型に限らずどのように寄生し、変異していくのかステージ3が少ない関係上まだわからずじまいだ
だが人手が足りている現状じっくりと腰を据えて研究すれば必ず解明できるはず、そう信じていこう
(希望はあるはずだ…)
そんな臭い科白を脳内でのたまううちに別の小隊の一人に声をかけられる。何やら奇妙なスポナーを発見したから見に来てほしいとのこと
妙かどうかなんてどうせ爆破するんだから関係なくねと思った舞村だったがぐっとこらえて案内された場所に進む。そこにあった奇妙なスポナーとは実に大変おどろおどろしい見た目をしていた
「これは…腕?」
外見だけ見れば大腕の彫刻のように見えるが、実際はいろいろな触角や凹凸がのぞいたまさにスポナーそのものの特徴であり所々から瘴気が洩れている。間違いなくスポナーだろう、それにしても
(でけぇ…)
「隣の大木と同程度のサイズです、これでは通常の爆破が行えません。どうしましょう」
確かにこうもデカくては数倍の量の爆薬がいる。まだ残弾はあるが大量に消費しては予定の西側ジャングルの完全な清浄まで行えなくなってしまう
(まいったな…おれがやるしかないかスポナー相手に全力出すのってのもなれねぇけど)
「わかった、じゃあおれがやってみる。みんなは離れてほかの作業を継続してくれ」
そう言って舞村が脱ぎ始めると周囲から一斉にストップがかかった
「なんでだよ!」
「なんでって周り見ればわかるだろ!女性の兵士もいるんだぞ!ただでさえ誤解されやすい見た目してるんだから脱ぐなら陰でやってくれ」
隊員の一人にそう突っ込まれる舞村。この舞村久遠という男、こと容姿に関しては絶対の天稟があり、プラチナブロンドの髪を結ったその端正な顔立ちと寄生虫特有のどこか浮世離れした佇まいは男女問わず魅了してしまう
そんな人物が周囲の目がある状態で全裸になるなど、いくら舞村が男でも目に毒な話だった
「ちっ、じゃあ向こうで着替えてくる」
木陰に移動し、服を脱ぎ終わるとその場に強烈に輝く紫色の閃光。いつもの邪竜へと変化した舞村は咆哮をあげながら例のスポナーに向かって突撃する
「ギシャァァァァァァァ!!!」
爪はスポナーの幹に深く突き刺さり、暴れる牙はその樹肉の部分をえぐり取っていく。食欲のままに解体を続ける舞村のその姿で、このスポナーの破壊もすぐおわるかのように思われたが
唐突に何かの声を聞き、舞村は何か強烈な恐怖が迫ってくる感覚をとらえた
(なんだこりゃ…頭が割れる!)
心臓が早鐘をうち、脳みそが圧力によりつぶれそうになるほどの恐怖感。舞村はその恐ろしさを数秒後身をもって知ることになる
(まぶし…)
その瞬間そのスポナーが紫電に輝いた!
凄まじい爆発音。黒煙が立ち上り爆発による炎上で周囲はまさに地獄絵図という様相になっていた
(寄生虫の最後のあがき、再生前の炸裂…まさかスポナーのこいつらも持っていたとは)
不覚をとった。幸い舞村が変身するとのことで十分に離れていた翼人たちに被害はなかったが、直撃を受けた舞村はただの肉片になってしまった
だがそこは不死、ちらばった脳漿をほかの肉片が拾いながらダメになった部分は新しく再生し祐逸無事だった硬化した部分の寄生虫を内包していた臓器を中心に再生していく。その様はまるで分裂した細胞がもとに戻るかのようだった
(やってくれたなぁこうもでかくて長寿だと蓄えたエネルギーも格段ってか?ただのスポナーのくせになめやがって)
恨み言を胸の内で吐きながら舞村が再生を完了するとあるもう一つの脅威に気づく。さっきまでカンカン照りだったのに頭上に暗雲が立ち込めていることに
「あれ、なんでこんな暗いん…だ…」
「総員、戦闘態勢に着け!!」
翼人たちが頭上の何かを見て焦っている。何も見ているんだと舞村も上を見上げた時、真の脅威を発見した
蠅が、巨大な蠅がそこにはいた
たちこめる怪虫から発生した硫黄じみた匂い、竜脚類なみにデカいその図体は切り立った丘のように、舞村たちに巨大な影を落とす
「なんなんだこいつは!マイムラ」
セツナがそう聞くが舞村はこの寄生虫に関してはまったくの初見だった。いや寄生虫かどうかさえわからない。わかるのはとにかくサイズが大きいということだけだ
「スポナーが生んだのか?にしてもデカすぎるだろ!」
スポナーの方を見るが、再生したこと以外は何もわかっていない。おそらくあいつが抵抗として生んだのだろう、理不尽の権化だった
今思えば寄生虫は質量保存の法則を何だと思っているのか、再生した際に虚空から持ってくる肉体といいスポナーが巨大だったとはいえ明らかにサイズ感がおかしい蠅型を生むことといい。どうなっているんだ
しかしそんな考え事をしている余裕はないほど状況は切羽つまっている。なぜなら巨大蠅はその不吉な黄土色の発達した両翅を揺らしながら何か腹から落としてきているのだから
「なんだこりゃ…うわぁ!」
「これ爆発するぞ、逃げろ!」
巨大蠅がその腹部から落としてきたものはなにか奇妙な緑の塊のような物体。地面に触れた瞬間。それらは派手に炸裂した
「くせぇし、こりゃここら一帯を焦土にするつもりだぞ!」
射撃による攻撃もすぐさま再生していってしまう。刀もあの膨大な肉の塊に通用するわけがない、うつ手無しの状況に統率もになしにパニックのまま逃げ回る翼人たち、はぐれた隊員から空爆の餌食になっていった
「あぁくそ、どうするか」
だが考えている余裕はない、今すぐこの空爆を止めなくては!
「セツナ!」
「なんだ!あれを早く駆除しないと」
「おれをあの蠅の懐まで飛んで連れていってくれ!奴の体内に侵入して内部から本体を破壊してやる!」