まっさらな砂漠をいこう
どこまでも続く砂の大地、目も眩むほど照り付ける太陽…
ジリジリと熱せられた空気が陽炎で揺れる…。舞村は今砂漠に立っていた
(いつのまにかこんなところに来てしまった…)
脱出を心ざし、北上を始めてから幾日か、夜になりたび寄生虫どもの襲撃に耐えながらひたすら進むと、いつのまにか恐竜たちの姿が消えていた
生息エリアから離れたのか、とにかく一匹も見ない。悠々と飛んでいた翼竜すらいなくなっている
というか生物がほとんどいない、まれに見かけるサンドワームくらいだ。サンドワームはまれにはいないが
(今おれはどれくらい移動したんだ?)
このあまりにも広すぎる大地、移動中はあまりものを考えないようにしていたため正確な移動距離がわからない
(ちょっと前は所々緑化した場所を見かけた気もするんだが…)
今は前も後ろも永遠に続くかのような砂丘があるだけである
(まぁここから戻るわけにもいかないし、このまま進むだけだがな。方角はわかるし)
この風景にはけだるさを覚えもするが、命の危険がないならいい。この寄生虫の世界で舞村の思考回路は現代人のそれとは剥離した、より原始的なものとなっていた
北へ、北へ、また移動する。恐ろしい夜がやってきても、この砂漠、幸運なことに寄生虫の姿も全く見ないので移動に集中することができた
恐竜の姿でとにかくかける、できるだけ何も考えずに。昼と夜がさながらタイムラプス撮影のように移り変わっていく
空腹も、水への渇望も何もない。望みはただ「ここからでる」ことだけある
太陽が幾度しずみ、何回か再び昇ったとき舞村はある疑問を覚えた
してここは「熱い」のではないかと。ついに生命の一つも見なくなったこの死の大地、もしかして相当気温が高いのでないだろうか
気づかない。たとえフライパンのように熱された環境でもこの恐竜の厚い皮膚を通しては何も感じられないのだ
ステージ4の手長足長を捕食してから舞村は完全に人外に成り果てていた。舞村が異形と呼びおそれるステージ4~5の寄生虫の肉体に、姿形こそ変化していなくとももうすでになっているのである
よほどの熱でも与えれない限りもう「熱い」という感情も抱けないだろう。が、その分久方に感じる痛み苦しみは何倍も強く感じるのだから難儀な生き物だ
そしてまた月が幾度沈み、太陽が顔を出したとき舞村は奇妙な生物を見かけた
尾に口がついた蠍?のような生物。地球サイズじゃないことにもう突っ込まないとしても、本来毒針があるべき場所に大口があるのはむしろ弱体化している気もした
色はそのまま砂の色を引っ張ってきたような薄茶色で、寄生虫じゃないのはハッキリしている
寄生虫はみなタールでも塗りたくったのかのようなどす黒い色だ
こちらに敵意を持っているのか、時々キシィーという鳴き声を上げながらその尾についた口を向けている
(あぁなるほど)
舞村は感心した。その尾の口には突起があり、よく見るとそれが牙だとわかった。そこから時々汁がしたたり落ちているのでそれがおそらく毒だ
毒蛇のようにそれで噛みついて仕留めるのだろう、それで弱った獲物をそのまま頂けるというわけだ
ヘビのようにわざわざ頭部という弱点で攻撃するわけでもない。最初はその強欲な姿にあきれもしたが、かなり機能的かもしれない
舞村はその双頭の尾が欲しくなった。これがあれば相手をけん制しつつ、毒で仕留めることもできる
だが相手は寄生虫ではなく、捕食して能力を得ることはできない。そうと決まればやることは一つだ
まるで最初から知っていたかのようにあることを決心した舞村は瞬時に双頭の蠍の背後に回り込むと
『竜爪』
尾を切断して破壊した。裂けた尾は地面に落ちるとビチビチと暴れはじめるがすかさず抑え、その肉を食らう
「キシャァァァァ!!」
怒り狂った本体が鋏で攻撃してくるが回避しておかまいなく捕食を続ける
すると舞村の体から黒い煙が出始め、みるみるとその姿を変貌させていく。爬虫類のそれから節足動物の体節の繰り返しからなる体に。4対の脚に暴力的な鋏がついた触肢、そして何より強欲に開く口がついた尾
【模倣】。特殊能力を持った手長足長から奪った力。遺伝子情報を抜き取るだけでその対象に変身できるふざけた代物
黒煙が晴れると、双頭の蠍と全く同じ体格、容貌をした舞村が現れた
オリジナルは一瞬かなり困惑しているような様子を見せたが、やはり本能から「こいつは敵」と認識したのか仲間と同じ姿をとる舞村に容赦なくとびかかる
だが、毒針も毒牙もない蠍など敵ではない。哀れオリジナルは瞬く間にパクられた自慢の大口で捕食されてしまった
身体能力はコピー元によるとはいえ、高ステージの寄生虫と、たかが蠍では生命としての格が違いすぎた
蜘蛛型、寄生虫由来の猛毒も持った舞村の強化された毒牙により、じわじわと身体を腐食されながら息絶えた
そしてかじられている最中、本人はこの体なら砂漠の移動がさらに便利になるなんて考えていたのだからひどいものである
***
いつまでたっても果ての見えない砂漠の水平線に向かってまた何日か、ようやくポツポツと緑が生えてきた
脱出を心ざして北上を始めてからもう一週間ほどたっただろうか。舞村はすでに脱出の予感を感じ始めていた
(海のにおい…)
どこまでも続く灼熱の征服化で、ほんのわずかな、それこそ人外でもないと気づけないほどのわずかな磯の香り
海がある、つまりこの大陸の果て。悪夢からの解放を願う舞村にとってこれほどの希望はなかった
そして、異形になるのは嫌だとか言っておいて完全に化け物と化した舞村だが本人が人間に会いたいと思っている気持ちも本物だ
海があるのなら河口もあるのではないか、もし川があれば、水がある。水があれば文明がある!
この化け物しかいない大陸に人なんて住んでるはずがないという予想はついていたものの、もしかしたらという淡い期待を抱いていつにもまして舞村は早く駆ける
そしてまた太陽が沈み、幾度の砂丘を超え、地の緑の比率が砂を超え、太陽が再び顔を出したとき、舞村はついに、なんとあれほど待ちわびていた文明を発見した
緑が確認さえてから存在していた山脈
そのふもとに、岩丘に寄り添ったような形で要塞都市が顔を出したのである
朝焼けとその日干し煉瓦で作られた神秘に満ちた家々の外観から、小さな集落ながら誰の目にも見ても幻想的に映るだろう
そんな文明を見つけ、しばらく狂喜乱舞していた舞村だが
彼は数時間後、薄暗い牢屋にいた