かまってちゃんの王太子殿下は、婚約を破棄されても「ふーん」としか返さない婚約者の気を引きたいらしい
「君との婚約は解消だ!」
「ふーん」
婚約者のトリクシーからの素っ気ない返事に、王太子は凍り付いた。
今は舞踏会の最中だ。自分の婚約者に衝撃の知らせを告げるべく、前々から計画を練っていた王太子は、まさかの展開に動揺する。
「こういう時は普通、『何で!?』とか『嫌です!』とか言うだろう! 『ふーん』って何だ!『ふーん』って!」
「何だ、と言われましても……。原因とか、あまり興味がありませんので。それに殿下の口調からするに、もう決定事項だから今さらジタバタしても無駄と思いまして」
普段から冷静沈着……もとい、色々なものに無関心と言われている彼女だが、こんな時までそうなのかと王太子は冷や汗をかかずにはいられない。舞踏会に出席していた貴族たちも、王太子を見てヒソヒソと何やら話をしている。
「そ、それは確かに決定事項だが……。だ、だが、何も知らないままは哀れだから、特別に教えてやろう。僕は真実の愛を見つけたのだ!」
そう言って、王太子は一人の美しい娘を手招きした。
「どうだ、驚いたか! 君の妹だぞ!」
今度こそ王太子は勝ち誇ったように宣言した。しかし、トリクシーの返事は変わらない。
「ふーん。そうですか」
「な、何だと!」
王太子は目を見開いた。妹がキャンキャンと吠える。
「お姉様、強がらなくてもいいのよ! 少しは悔しそうな顔しなさい!」
「そう言われても……。私よりあなたの方が可愛いから、まあ仕方ないでしょう」
トリクシーはまったく関心がなさそうだ。王太子は歯ぎしりしながら、八つ当たりのようにトリクシーの妹を向こうへ追いやる。
「あっちへ行け! お前なんか遊びに決まってるだろう!」
「で、殿下!? わたくしと一緒にお姉様をいびるのでは……」
「うるさい! ちょっと顔がいいからって傍若無人に振る舞う高慢ちきめ! お前なんか大嫌いだ!」
王太子のあまりの剣幕に、「真実の愛じゃなかったのか」とツッコむ勇気のある者は周りには誰もいなかった。
衛兵に浮気相手を取り押さえさせた王太子が、鼻を鳴らしながらトリクシーに向き直る。
「いいか、僕が君の妹を捨てたからって、勝ったと思うなよ。君との婚約を破棄する正当な理由がこっちにはあるんだ!」
王太子は芝居がかった仕草で両手を天高く掲げた。
「なんと、君の本当の両親は貴族ではないのだ!」
まさかの発言に周囲はざわつく。王太子は得意になって続けた。
「子どもを死産したことにショックを受けたある貴族の女性が、こっそりと孤児院から赤子を引き取った。それが君だ。つまり、君は貴族どころかどこの馬の骨とも分からない娘なのだ。そんな者が王太子の妻にはなれん! そして、君は今まで我々を騙していた罰として死刑になるのだ!」
どうだ、とばかりに王太子は胸を張る。しかし、トリクシーはまた「ふーん」と言っただけだ。王太子は唖然となる。
「死刑だぞ、死刑! 君は死ぬんだぞ! この世に別れを告げる前に、家族や恋人に一言残すとか、命乞いをするとか、何かあるだろう!」
「命あるものはいつか皆死ぬでしょう。それに、私は孤児だったと先ほど殿下が言いました。しかも、婚約も解消されています。つまり、家族も恋人……と言うより婚約者もいません」
「ぐぬぬぬ……」
完全に墓穴を掘ってしまったことに気が付いた王太子は唸る。しかし、まだ諦める気にはなれなかったようで、最後の爆弾を投げつけた。
「そ、それなら、冥土の土産に教えてやろう! 実は僕は王族の血を引いていないんだ! 母が下働きの平民との間に作った子だ!」
「ふーん」
皆は狼狽え始めたが、トリクシーは平静だった。
「別に私には関係のないことです」
トリクシーは背を向ける。王太子は愕然としながら、「どこへ行く!?」と叫んだ。
「どこも何も……。私は死刑なのでしょう? そんな罪人が公の場をうろついているのはよくないではありませんか」
トリクシーは広間から出て行こうとする。王太子はそんな彼女を慌てて呼び止めた。
「う、嘘だよ、皆嘘だ!」
王太子はトリクシーの手を取った。
「婚約の破棄も、君の出自も、死刑にするって言ったのも、僕の秘密も、全部嘘だ! 君がいつもあんまりにも冷静沈着だから、少し驚かせたくなって……! だから僕を捨てないでくれ!」
王太子は泣きじゃくる。トリクシーは肩を竦めた。
「殿下がそう言うのなら……」
ただの戯れと分かり、周りの貴族たちはちょっとほっとしたような顔になる。
けれどその中で一人、納得できない顔をしている娘がいた。未だに衛兵に取り押さえられているトリクシーの妹だ。
「殿下、これはどういうことなのですか! わたくしを王妃にしてくださるというお約束は!? 全部嘘って何なんですか! しかも、そんなブスに『捨てないで』と縋るなんて……」
甲高い声で妹は王太子を責め立てる。すると、王太子は辟易したように「実は全部嘘というわけではない」と言った。
「トリクシーの母が死んだ娘の代わりを孤児院から引き取ったという話は本当だ。……君だよ」
王太子はトリクシーの妹を指差す。妹は「何ですって!?」と顔を引きつらせた。
「何かの間違いです! わ、わたくしが、そんな卑しい血を引いているなんて……!」
妹は狼狽した。その反応に王太子は口角を上げる。
「そういえば、君は僕の婚約者を侮辱したな」
妹はぎくりと身を竦ませる。
「未来の王妃にそんなことが許されると思うのか! 牢獄へぶち込んでおけ!」
衛兵たちが妹を連行しようとした。彼女は悲鳴を上げる。
「そ、そんな! 殿下、どうかご慈悲を! ……お姉様、お願いです! わたくし、少し悪ふざけが過ぎただけなのよ! 本当はお姉様のこと、とっても尊敬してるの!」
「……だそうだ、トリクシー。何か一言言ってやったらどうだ?」
澄まし顔をする王太子の言葉に、トリクシーが「ふーん」としか答えなかったことなど、わざわざ言うまでもないだろう。